三題噺

雨月 紫

「帽子」「地下」「ピアノ」

 そのお屋敷の地下に遊びに行ったのは、半年くらい前のことだった。

 父の仕事で引っ越してきた新しい街の中で、私は数軒先にあるお屋敷の庭が綺麗で良く立ち止まっていた。これは薔薇であれはクレマチス、なんて眺めて日々の癒しを勝手にもらって。そんなある日にお屋敷に住むおじいさんのお孫さんが遊びに来ていて、何も知らない私はいつものように秋の花を楽しんでいた。

 お孫さんと言っても私よりもずっと年上だった。ちょうどカレッジに通っているお兄ちゃんと同じくらいの年齢で、初めて会った日に、彼はベレー帽を被っていた。絵を描く人みたいだねと言ったら、何か可笑しかったのか声を上げて笑って頭を撫でられた。

 孫のお兄ちゃんはその日から数日間、お屋敷のおじいちゃんの手伝いをしていた。庭の手入れをしたり、おじいちゃんと散歩をしたり、家の中にあったいらないものをたくさん家の前に売りに出していた。帽子もたくさんあって、私は孫のお兄ちゃんが持っていたようなベレー帽を探したけれど、見つからなかった。宝探しに失敗した私は今度、お母さんにベレー帽を見に行きたいと頼んでみようと決意した。

 家の前の枯葉がたくさんあって、私もお手伝いをした木漏れ日の中のおやつ時に、孫のお兄ちゃんは風にかき消されるように小さな声でポツポツと話してくれた。あのベレー帽は軍隊のもので、もうすぐ自分はまた戦場に行くのだと言っていた。行くべき場所が決まっていることは、良くない気持ちになる時もあるのだと初めて知った。

彼の母はピアニストだったけれど、自分が成人する前に亡くなったそう。地下室にピアノが置いてあって、孫のお兄ちゃんもたまに弾くけれど、もうきっと弾く機会は少ないから良ければもらってくれないか、と言われた。

 木枯らしが心に吹き込んだようで、その提案に納得は出来なかった。代わりに、おじいちゃんとたまに庭の手入れをするから、地下室でピアノを弾かせて欲しいと頼んだ。だって、孫のお兄ちゃんはまた帰ってくるかもしれないから。

 その時はきっと、連弾をしようねと約束した。彼の指にはマメが出来ていて、かさついていたけれど、温かかった。

 そして半年が経った今日。同じベレー帽を被って、ちょっと傷のある指で、変わらない笑顔で、お兄さんと連弾をするんだ。

 地下室へ伸びる階段が少し、煌めいていた。

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