風鈴勝負の開始です。

藤泉都理

風鈴勝負の開始です。




 越後姫という名前は、「可憐でみずみずしい新潟のお姫様のようだ」という特徴から命名された。

 その名の通り、鮮やかな赤色で光沢のある果実は、均整の取れた美しい外観をしている。

 味わいは甘味が強く芳醇で、酸味の少ない上品な後味を残す。

 また、越後姫の果肉はいちごの中でも特に柔らかく、頬張ると口の中でとろけるような触感を楽しめる。




 修行を終えたのちに、執事である雪男の宗史しゅうじと共に散策していた烏天狗の姫である千湖ちこは、涼やかな風鈴の音色に誘われるままに風鈴工房へと足を向けてみれば。


「俺の南部鉄器の風鈴の音色の方が素晴らしいっ!」

「いいえ、私の江戸風鈴の音色の方が素晴らしいですよ」


 手拭いで頭を覆い作務衣を身に着けている男性二人が、対峙していたのである。

 うわ暑苦しい絶対に関わりたくない。

 刹那に弾き出した感想のままに、宗史は千湖にそろそろ帰りましょうと言葉をかけようとするよりも早く、千湖が二人の男性との距離を一気に縮めてしまったのだ。


 早く帰りたいだが執事だから姫を放って帰れない説得は無理だあんな目をギラギラに煮え滾らせているんだどうせ私がどちらの音色が素晴らしいか決めてやろうとか言うんだろうそうに違いない勝敗を決めなければ絶対に帰らない。

 つまり。


(説得するという無駄な労力を使うよりも、私は傍観に徹しよう)


 宗史は口出しを一切しないで千湖を見守る事に決めたのであった。


(まったく、首を突っ込みたがりで勝負好きの姫様には困ったものです)


 早く大きくなって独り立ちしてほしいそうすれば執事から解放される。


(ああ。早く帰って、凍らせた越後姫を削って作る超贅沢ないちごかき氷を食べたい)






 南部鉄器の風鈴を作っていた男性の名は、航也こうや

 江戸風鈴を作っていた男性の名は、佳南かなん

 彼らの祖父母が同じ土地にそれぞれ南部鉄器の風鈴工房と江戸風鈴工房を造り、彼らの祖父母と両親は仲睦まじく、互いの風鈴を褒め合い盛り立てていたのだが、何故か航也と佳南は自分の風鈴の方が素晴らしいと言って喧嘩ばかりしているとの事。


「よしよく分かった! わたくし、烏天狗の姫、千湖がその勝負の判定人を務めよう! さあ。聴かせるがよい!」


 暑さに負けない元気満々の偉そうなお子様が来た。

 航也と佳南はニヤリと笑った。

 こんなお子様に勝敗を決められてなるものか。など、見下すのは愚の骨頂。老若男女あらゆる人種に涼んでほしい、癒されてほしいのだああ是非ともお子様にも勝敗を決めてもらおう、それと。


「付添人の兄さんにも判定をしてもらおうか」

「ええ、是非ともよろしくお願いします」

「よしっ! 宗史も勝負の判定人だっ! さっさとこっちに来い!」

「はい」


 面倒事に巻き込まれてしまった折角木陰に身を忍ばせていたというのにどれだけ勝敗を決したいんだ断りたい勝敗を決めたらどちらかの恨みを買うだろう嫌だ面倒臭いだが姫の命には逆らえない。

 宗史は特殊な日傘を持ったまま、渋々木陰から出て灼熱の日光が暴力的に注がれる空間へと足を踏み出した。


(どちらも素晴らしい音色ですよ、お互いに高め合いましょう。で、いいではないですか。と、私は考えているのですけどね。姫様は違うのですよね。勝敗をきっちり決めたいのですよね。ええええ、知っています。そういう御方だと言うのは重々承知ですよ)


 無風の中、宗史が千湖の隣に立つと、航也が桔梗の花の形をした南部鉄器の風鈴を取っては手で動かし音色を響かせ、次に佳南が鬼灯の咢が絵付けされた江戸風鈴を手にとっては手で動かし音色を響かせた。

 うむ。

 腕を組んで目を瞑っていた千湖は、やおら目を開けると隣に立つ宗史を見上げた。

 宗史が小さく頷くと、千湖は、では判定結果を言うぞと口にした。


「航也の南部鉄器の風鈴が勝ちだと、私は判定を下すぞっ!」

「私は佳南殿の江戸風鈴が勝ちだという判定を下します」

「「理由は?」」


 勝敗が決まらなかった航也と佳南は千湖と宗史へと顔を近づけて問いかけると、千湖も宗史も胸を張って答えた。


「鉄が好きだからだっ!」

「硝子が好きだからです」

「音色を聴く前から決まってるじゃないか!!!」

「音色を聴く前から決まっているじゃないですか!!!」


 航也と佳南が叫んだ瞬間、烈風が吹き付けては、南部鉄器の風鈴と江戸風鈴が一斉に鳴り響いたのであった。











「よし。今度は別の者を連れて行って、きちんと勝敗を決してやろうっ!」

「分かりました」


 邸に戻って越後姫の贅沢かき氷を口にしながら宣言する千湖に、どうあっても勝敗を決めたいのかと面倒がる宗史もまた、越後姫の贅沢かき氷を口にしては、相好を崩したのであった。


「とろけてしまいます」

「あ。宗史、また溶けかかっているぞ。おまえは越後姫の贅沢かき氷を口にするといつもそうなるなっ! まあ、気持ちは分かるがなっ!」


(………姫様の暑苦しさを少しでも和らげる策を早急に講じなければ、年々上昇し続ける姫様の暑苦しさによって、いつか私は溶かされて消滅してしまうのではないでしょうか?)


 半ば冗談、半ば本気で危機感を抱く宗史であった。











(2025.7.10)



【越後姫に関する参考文献 : JA新潟かがやき「2025.2.18 越後姫とはどんないちご?特徴や購入方法をご紹介!」】





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