あの日夢見た15年

水無月 碧葉

あの日夢見た15年

◇「  」


あの願いを最初に抱いたのはいつだっただろう。

自分の思いを最後に言葉にしたのは何歳の頃だっただろう。


賑やかに見えてその実空っぽだった短い自分の歴史を思い返すと,いつも

叶うはずのない願いと願いが起こした奇跡ばかりが溢れていた。


だから僕はあの日,「────」と願ってしまった。


思えばその願いこそがあの話の始まりで,全ての終わりだったのだろう,と。

しかし,もう踏みとどまることはできない。後戻りすることは許されない。


もし過去の自分に願いを伝えられるならば,同じ過ちを犯さないようこう願おう,

「×××××ように」と。



◇あの空間で


目が覚めるとそこは虚無だった。あたり一面が驚くほど何もない空白に覆われ,光源なんてないのに影ひとつないその空間は空虚な自分の心の底を映し出しているようだった。


鉛のように重い体を引きずり,コツコツとガラスのような静かな足音だけが反響する空間を行くあてもなく彷徨った末に辿り着いたそこには人がいた。


その空間の一部として最初からそこにあったかのように不自然さを感じさせない2脚の椅子の片割れ。そこに少年はこちらとは反対向きに座っていた。

僕の足音に気づいたのだろうか。こちらを振り返った少年は僕に座るように促してきた。


「どうぞ」


どこか中性的な優しい声音に促されるまま,真っ白なもう片方の椅子に腰掛ける。

その様子を見つめる少年は、整った顔立ちをしていた。表情を出さない不気味さがあって、穏やかで、どこか懐かしさを感じさせる彼を見て,いくつか疑問が浮かび上がってきた。

何故考えつかなかったのか,と思うほどに単純な疑問が。

疑問は焦りとなり、僕は捲し立てるように彼に質問攻めをした。


「僕はなぜこんなところにいるんだ?君は誰だ?それに…」

「落ち着いて」


絶え間なく投げかけた質問は彼が静かに発した言葉に遮られる。

慌てて顔を上げると、彼は先程までと同じように僕を見つめていた。

しかし、先程まではなかった感情が判別のつかないほど微かに表情に表れていた──ように見えた。


「ごめん」


それを見た僕はやってしまった、と思い反射的に謝った。


「別にいいよ、君が焦る気持ちもわかるから。それで、何を聞きたいの?」


彼は怒っているのではないか。そう思ったが、案外そうでもないらしい。

彼の度量の大きさに感謝しつつ、改めて質問を投げかける。


「ここがどこなのか、君は何者なのか。それを教えてくれ」

「分かった。ここはね──」


少々難解だった彼の話を要約すると、ここは現世と別の世界を隔てるはざまのような場所で、この世界の観測地点ということらしい。そして、僕は理由があってここに呼ばれようだ。

突然飛び込んできた情報の連続に目眩のような感覚を覚えながら質問する。


「待って、ということは僕は死んだのか?だとするならば何故?それに、呼ばれたってことは何か事情があるんだろう?」

「…そうだね、君は死んだ。そして、君がここにいるのは君の願いを叶えるためだ。けど、その様子だとその願いが何かは覚えていないようだね」


「ああ。だから、僕が死んだ時何が起きたのか教えてくれないか?それを知れば僕の叶えたかった願いが何か思い出せるはずだ」

「もちろん。ただ,少し長くなるかもしれないけど、それでもいいかい?」


さっきまでとは違い、真面目な顔をする彼を見て、これはきっと複雑で、簡単な話ではないのだと悟る。

だが,断る理由はない。自分の願いを知るためにも、覚悟を決めるしかないようだ。


「頼んだ」

「それじゃあ,始めようか。過去への追想を──」


こうして,少し長く苦しい運命を巡る旅が始まった。



◇喪失。願いの果ての追憶


天暦1485年。とある国の辺境の村に一人の少年が生まれた。


少年は魔法、剣、兵法の才を持ち、更には政治や歴史、経済への理解を持つ"天才"だった。


1000年に1人生まれるかどうかの才覚を持つ上に非の打ち所がない人格者である少年は

"dawn of salvation"《救世の黎明》と呼ばれ、国の未来を担う者として期待されていた。


その少年の名は──


「キュリアス、それが君の名前だよね?」

「...ああ、そうだ」


生まれてからずっと使い続け、そしてもう2度と聞くことのないと思っていた自分の名前。

こちらに隙を見せない、素性の知れない彼がまさか本当に僕の事を知っているとは。

彼は果たして何者だろうか。


「君は一体──」

「キュリアス、まずは君が亡くなった時のことを話そう」


だが、踏み込んでみても上手く躱される。

あくまで自分については言わないつもりなのだろうか。

追及は無理だと悟り、彼の言葉を待つことにした。


「1499年、700日。その年350回目の宵日を迎えるその日、世界の東側を支配する帝国との戦争が始まった。

技術の発展が停滞していた両国にとっては絶好の機会だったのだろう。戦争は30日間続き、1500年1日、最初の陽日が始まる瞬間まで続いく激しい戦争となった」

「じゃあ──」

「そう。君はその戦争に参加し、命を落とした」


自分は戦争の最中で殺されたのだ。信じたくなかったが、まさか本当に知っていたとは。

何故、と聞こうとしたが喉がカラカラに乾いて声が出ない。

そんな僕の様子を見ていた彼がなんでも無いような表情で口を開いた。


「さて、前置きは終わりだね。ちょっと長かったけど本題に入ろう」


「え、」


何が、と問おうとして気付いてしまった。

彼が今話したことは「僕が何故死んだか」の説明に過ぎないのだ。


「えっと、どう話そうか…よし」


と、そんな僕を横目に呑気に話す内容を決めようとしているらしい彼。

そして、次の瞬間──景色が変わった。


そこは先ほどまでの空白ではなく戦場だった。山のように積み重なった人だったもの、四方八方で響き渡る悲鳴と怒号、最早武器として使えなくなった鉄屑。

そこには2度と見ることはないと思っていた──否、見たくなかった光景が広がっていた。

いるだけで恐怖の波に飲み込まれそうな地獄がないかのように立つ彼に恐怖を感じる。


「なん、のつもり、だ。元の場所に戻してくれ」

「これは説明に必要なんだ。少しだけ我慢してくれ」


申し訳なさそうな顔をしながら、それでも彼は話し続けることをやめない。


「この戦争に君は“救世の黎明“として参加し、命を落とした。どこかおかしい部分があると思わないかい?」

「いや、何も…」

「本当に?じゃあ、どうして

「……なんのことだ?」

「だって君、最初知りたいことある?って聞いた時に自分のこと何も聞かなかったでしょ。

ずっと自分が死んだときのことと僕が何者かしか聞いてこないなんてこと、本当に記憶がないならありえないもんね」


なんだ、バレていたのか。


「ああ、そうだ。記憶がないのは嘘だ」

「それだけじゃないでしょ?少なくとももう一個、隠してることがあるでしょ。例えば、とか」


……こいつは一体どこまで。全身の毛が逆立つほどの底知れない恐怖を彼に感じる


「信じられない。どうやってそれを見抜いたんだ」

「そうだな…難しいけど、強いて言語化するなら勘だね」

「…お前には敵わないな」

「これで閑話休題だね。さて、君は何で死んだ──正確には誰に殺されたか覚えているかい?」

「いや、全く覚えてない。」


記憶がないという嘘をついてはいたが、こればかりは本当にわからない。


「本当に覚えていないみたいだね。なら教えてあげよう、

君を殺したのは────


「え、そん、なわ、け……う゛、はあ゛はあ゛」


頭痛とともに頭の中に流れてくる記憶。それは、思い出したくなかったものだった。

うずくまり苦しむ僕に彼は歩み寄り、肩を軽く叩きながら話しかける


「落ち着いて、ゆっくり深呼吸して」

「すうぅ、はあぁ…ようやく、思い出したよ。あの戦争は、僕を殺すために仕組まれたものだったんだろう?」

「そうだね」


彼は、肩を上下させながらする僕の話を、短く肯定する。


「正確には君を殺すために、というより正確は君が死ぬための戦いだったんだけどね」


「どういうことだ」

「それについて説明しないといけないね。次に行こう」


パチンッ

先程と同じように彼が指を鳴らした音が静寂の中に響き渡る。

目の前の光景を信じられず目を擦るが、視界が映し出すのは直前までいたはずの悲惨という様相をした空間ではなく自然豊かという言葉が似合うごく普通の、のどかな村だった。


「ここは…」

「何か思い出したかい?この景色に君は見覚えがあると思うんだけど」


どこか懐かしさを感じる村を見渡しながら首を捻っている時、視界の端で二人の子供が走っている姿が見えた。そして思い出した


「ああ、」


そこはまさに僕が生まれた村だった。


「思い出したようだね。これでようやく本題に入れる」

「なんでこの景色を?」

「まあまあ、ボクの話を聞いてくれよ。このお話も終わりなのだから」


そして彼は最後の話について語り始める。


「君はここをどんな場所だと思ってる?」

「それは勿論、生まれ故郷に決まってる」

「そう、ここは君の生まれ故郷だ。と言いたいところだけど、それは少し違う。ここは君が“君の記憶が始まった“場所だよ」

「は?どういうことだ?」

「もう少し説明が必要なようだね。君を産んだのは君の育ての親ではない」


それはあまりにも衝撃的な事実で、同時に信じ難い事実だった。


「それじゃあ誰が、」

「それは簡単だよ。君を造ったのはこの世界の管理者だ」

「造った?管理者?何を言っているんだ」

「まあ、そうなるよね。じゃあこの世界の輪郭をなぞるはなしをしようか」


「────天暦1000年、原初の天才と言える人物達により世界は飛躍的に発展した。

その頃の世界の発展は今の200倍の成長速度に相応した、とも言われている。

大きく発達した技術は世界に相応の大きな影響を及ぼしたが、それは決して恩恵ばかりをもたらしたわけではない。

彼らはたった一つ、だけど重大なミスをしてしまった。それが、エネルギー開発だ。

それは“コア“という特殊な物質を使うことで従来の数百倍の量のエネルギーを賄えるというもの、になるはずだった。

天才彼らが逝去したのち、各国は彼らの研究地跡を奪い合った。

そして始まったのが、“第一次世界大戦“だった。

この世界を飲み込もうとする戦禍を後押しするかのように各国はこぞって技術を発展させていった。」


「そのあとは?」

「とある国が彼らの研究地にあった資料をもとに開発した“コア”を使い、“最後の魔法“《ラストワード》という兵器を開発した。

それは、人の代わりに命令を遂行するプログラムとコアを入れた機械兵器を使い、敵を捕捉したら追いかけて自爆する、といった敵を殲滅することだけに重点を置いた、悪魔の兵器だ」


この戦争で世界のおよそ十分の一の人が亡くなった。


それを見て、この世界を生み出した“管理者“は考えた。

──この世界から戦争をなくさなくてはならない。あの世界が此方と同じ道を歩まないように、レールを外さなければ、と。


「ということは、」

「そう、そして生まれたのが君だ。管理者は君を少し特別な人間として造った」

「……特別って、才能の話か?確かに特別だが、貴重なものでもなんでもなかったぞ」

「それはただの“オプション“に過ぎないよ。真に大事なのは“だ」

「?」


「知ってた?君が生まれてからこの世界の戦争はその前と比べて3割にまで減少したんだ。

それを可能にしたのが君の存在だ。君の心臓は特殊でね、管理者の持つ技術の粋と人々の願いが込められているんだ」

「そんなものが、存在するのか?信じられない」

「不思議なことに、可能だったんだよ。そして、管理者は君にある役割を与えた。」


それは──世界の自浄装置であり、平和に必要なラストピースであると。災厄とも言える戦いが起きてしまった時の切り札であると。


「君の存在は、この世界から痛みを無くさないといけないという人の感情に指向性を与え増幅させる、そんなまさに神の御技とも言えるようなものなんだよ」

「そうだったのか。でも、止められなかった」

「そう、管理者はそれを危惧した。だから、君が死んだ時の保険として最後の切り札を用意した」


「その切り札は、君が人に与えた指向性の一部をためこみ増幅し、放つというものだ。それはやがて、世界を巡り、広がり、神の祝福としてこの世界に残り続ける」

「つまり、僕の命と引き換えに世界の平和を実現させた、ということか?」

「うん。あの戦いの時、君は敵が一斉に放ったコアを止めるために攻撃を全て防ぎ切り──全ての力を使い果たした」


「君が命を落としたのは1999年700日、最後の宵日。そして、戦争が終わったのは2000年の1日、最初の陽日。君があの世界に新しい夜明けをもたらしたんだ」

「………そうか。この命も、無駄じゃなかったんだな。」

「一度戻ろうか」


僕の顔を見て嬉しそうな彼がそう言って指を鳴らすと、元の空間に戻ってきた。

不思議なことに元の空間だが、どこか暖かさを感じる。


「話もひと段落したし、ボクが誰か種明かしをしようか」

「教えてくれ。気になる」

「ボクの名前は、キュリアスだ」


頭を殴られた気がした。自分がキュリアスのふりをしていたのがバレたのは、勘などではなかったようだ。

彼がこっちに向かってきて、抱きしめてくる。


「会いたかったよ、デザイア」

「ふざけやがって」


そう言いながら目から溢れた涙が止まらない。


「僕が病気にかかって十歳で死んでから4年、ボクのフリをしてくれてありがとう」

「代わりに英雄になってって、言われたからな」


暖かさと柔らかさに満ちた彼の感謝は、彼の夢を叶えるために走り出した時に欲しかったもので──2度と手にはいることはないと思っていたものだった。


「最初はお前が英雄だと思われてたよな」

「それはそうだよ。君ってばちっとも実力を出そうとしないんだもん」

「出す理由もなかったしな。それに──」


なんて話をしながらこのままずっとここにいたいと思っていると、一枚の紙が目の前に降ってきた。


それは、一枚の手紙だった。


『デザイアへ


まずは感謝をさせて欲しい。

長い間、戦ってくれてありがとう。

いくら君が特別とはいえ、君は1人の人間だ。

きっと君が望んでいない運命を歩ませてしまっただろうことを申し訳なく思っている。


少し、私の話をさせてくれ。

私がいた世界は今にも滅亡の危機に瀕している。


度重なる戦争、技術発展のための環境破壊、絶えず繰り替えされる過ちによって最早この世界の寿命は秒読みに入っている。


この世界をや君創ったのは、人の、数えきれないほど幾つも存在する星の可能性を信じたからだ。


君が生きられなかった15年目の朝、それはおそらく私の世界の終わりと君の世界の始まりだ。

私のいる世界の滅亡と引き換えに君たちの世界は生き続ける。


もう私と君が出会うことはないが、ずっと言いたいことがあった。

こんなにも過酷な運命を背負わせてしまったのに最後まで戦ってくれた君に敬意を。

人という存在の希望を見せてくれた君に最大の感謝を。


ありがとう


そして──さようなら


    15年目の夜明けを見届けた者より 』

              

ぼろぼろと、先ほどより大粒の涙が流れては落ちていく。

父とも母ともつかぬ創造主はこの世界とあの世界に大きな影響を与えた。

それはきっと、単なる繋がりだけではなく、夜明けの導きでもあったのだ。


ふと顔を上げると、同じように涙を流した彼が言った。


「君の願いは決まったかい?」

「ああ、勿論」


あの願いを最初に抱いたのはいつだったろう。


自分の思いを最後に口にしたのは何歳の頃だっただろう。


賑やかに見えてその実空っぽだった──それでも、確かに無駄ではなかった短くもたいせつな自分の歴史を思い返すと、いつも

叶うはずのない願いと願いが起こした奇跡ばかりが溢れていた。


だから僕はあの日、「彼のように生きられますように」と願ってしまった。


思えばその願いこそがあの話の始まりで、全ての終わりで──夜明けへの第一歩だったのだろうと。

しかし、もう踏みとどまることはできない。

後戻りはしたくない。


まさかこの自分に願いを伝えられるなら、同じ過ちを繰り返さないようにこう願おう、


「どうか、自分らしく生きて1日でも長い夜明けを見られますように」と。


「それじゃあ行こうか。新たな始まりへ、願いと奇跡が繋いだ未来へ」


そして僕たちは扉を開けて空白から出て、あの世界に繋がる螺旋階段を登り始めた────

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