【かくれんぼ】は終わらない

ジンと眼鏡

第1話 《旧校舎のかくれんぼ》

転校初日の空気は、どうしてこうも息苦しいのだろう。


 志倉ユウトは、教室の空席に促されるまま腰を下ろし、教壇の先生が何かを説明している間も、まるで耳に霧がかかったようだった。


「……というわけで、みんな仲良くしてやってくれ」


 拍手のような乾いた挨拶のあと、ユウトは無言で頭を下げた。


 午後の授業が終わる頃には、顔と名前を覚えてくれたのはせいぜい二、三人だったと思う。特に話しかけてくる者もおらず、教室はすぐに放課後の空気へと変わっていった。


 ユウトは一人、外へ出る気にもなれず、校内を歩いた。


 人気のない旧校舎。そこはすでに使用されておらず、階段も軋み、窓も埃っぽかった。


 ふと、誰かの気配を感じて足を止める。


 廊下の突き当たり。半開きの理科準備室から、誰かが顔をのぞかせていた。


 ――少女だった。


「……だぁれ?」


 ぽつりと、声が落ちてきた。


 その声は、なぜかユウトの胸を打った。懐かしいというか、遠くで聞いたことがあるような気がした。


「……転校生」


 思わずそう答えると、少女はくすっと笑った。


「転校生くん、隠れるの下手そう」


「え?」


「かくれんぼだよ。今、してるの」


 そう言うと、少女はひらりと教室の奥へ消えた。ユウトは思わず扉を開け、中に入った。


 誰もいない。


「……幻覚か?」


 そう呟こうとしたとき、背後から声がした。


「ユウトくん、見つけた」


 ぞっとするほど静かに、だが確実に自分の名前を呼ばれた。


 振り返ると、そこにさっきの少女がいた。薄い水色のワンピース、肩までの黒髪、無表情なのにどこか柔らかい目元。


「なんで……俺の名前」


「……ねぇ、私、誰を探してたんだっけ?」


 少女は、唐突にそんなことを言った。


 ユウトは言葉を失った。


 彼女の問いかけは、まるで彼自身に問いかけられているような錯覚すらあった。


「ねぇ、明日も来てくれる? またかくれんぼ、しよう」


「……名前、教えてくれないのか?」


 少女は微笑む。


「うん。まだ、思い出してないの」


 そのまま彼女は、すっと窓の外を見つめた。


 午後五時。赤く染まりはじめた空が、古いガラス越しにきらめいていた。


「隠れてるのは、たぶん……この世界のどこか」


「……何が?」


 ユウトが問うと、少女はふわりと笑って、答えた。


「忘れられた約束、だよ」

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