第16話わかってる。俺はずるい

翌週の金曜、仕事を終えた帰り道。

会社の明かりが遠ざかるにつれ、相川は重い疲労感とともに、ある思いに囚われていた。


(……俺は、咲に対して、ちゃんと向き合えてるんだろうか)


咲の言葉が、ずっと頭に残っていた。

「いつか、私のことも、ちゃんと選んでくれますか?」

その問いに、まだ返事をしていない。

答えられないまま、日々が過ぎていく。


エスカレーターを降りて駅の改札を通ると、少し先で制服姿の少女がこちらに手を振った。


咲だった。


「相川さん!」


「……どうした、こんな時間に」


「今日、部活早く終わって。駅で会えるかなって思って、寄ってみたんです」


咲の言葉に嘘はなかった。けれど、どこか期待していたような目をしていた。

「偶然を装って会いに来る」そんな計算すらも、彼女にはどこか無垢に映った。


「……少し、歩こうか」


「はい」


駅を出て、ふたりは並んで歩いた。

街は金曜の夜で賑わっていたが、二人の間には不思議と静けさがあった。


「最近……咲のほうが、大人だよな」


「え?」


「俺、いつも逃げてばっかりだなって思う。向き合うって言いながら、言葉を選んで、距離を測って……ごまかしてるだけかもしれない」


「……それでも、ちゃんと見てくれてるから、私は嬉しいんですけど」


「……そうかもしれない。だけど」


相川は立ち止まった。咲も歩みを止め、見上げる。


「咲の気持ちに、ちゃんと応えようとしないまま、そばにいるのは……ずるいよな」


「……ずるい、ですか?」


「うん。わかってる。俺は、ずるい。答えを出さずに、“このままでもいい”って思ってる自分がいる」


咲はその言葉を、少しだけ噛みしめるように聞いていた。

そして、ポツリと呟いた。


「……じゃあ、私もずるいのかもしれません」


「え?」


「“答えがほしい”って思いながら、相川さんがくれる小さな優しさを、見て見ぬふりして安心してるから」


夜風がふたりの間をすり抜ける。


「……それでもいいですよ。私は今、“答えが出る前”の相川さんを、見ていたいです」


「咲……」


「ずるいままで、いいです。……だって、そうじゃないと、一緒にいられなくなっちゃうかもしれないから」


咲の声がかすかに震えていた。

その瞳の奥にある、怖さも、覚悟も、全部見えてしまって

相川は、そっと目を閉じた。


(……こんなにも正直な子を、俺は試してばかりだ)


「ありがとう」


咲が驚いたように、顔を上げた。


「……え?」


「今の俺に言えるのは、それくらいしかないけど……ありがとうって思った」


咲は何も言わなかった。ただ、小さくうなずいた。


そのうなずきだけで、今夜は十分だった。

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