パーフェクトライフコレクション【大人の読むシュールな未来のおはなし】

独白世人

パーフェクトライフコレクション

人間にとって、死の直前に幸福な気持ちでいることはとても重要である。
どんなに不幸な人生であっても、最後に「幸せだった」と思えれば、それは『幸福な人生』として終えることができるのだから。



これは未来の話である。

ある国の発明家が『記憶を書き換えるメソッド』を完成させたと発表した。
それは、酩酊状態を薬で作り出し、催眠術をかけ、あらかじめ用意された映像を見せることで、まるで自分の実体験のように脳へ記憶として刻み込む、というものだった。
荒唐無稽で子供だましのようにも聞こえたが、映像技術と薬学の進歩によって、成功率はほぼ100パーセントにまで達した。


そして、この技術を応用した新たなビジネスが始まった。
死ぬ前に記憶を『幸福な人生』に塗り替えるサービスが、大手映画会社と製薬会社の連携により誕生したのである。このサービスは《パーフェクトライフコレクション》と名づけられ、瞬く間に世界中に広がった。


用意された人生の記憶はどれも魅力的なものだった。
大富豪の家庭に生まれて何不自由なく愛に囲まれて過ごす人生。
ミュージシャンや画家として夢を叶え、世界に名を残す人生。
愛する人と出会い、平凡ながらも温かい家庭を築く人生。
どれを選んでも、理想の人生を記憶として刻むことができた。

サービスが提供開始された当初は倫理的非難も多かったが、やがてそれは末期患者の緩和ケアの一つとして社会に受け入れられるようになった。


だが同時に、闇のサービスも生まれた。
自殺志願者に理想的な人生の記憶を植え付け、その後すぐにあの世に送るという非合法の業者が現れたのである。

支払うお金が無くても、死後に移植に使える臓器などが売られ料金が精算されるという手法は、何も持たない自殺志願者にとっても都合が良かった。



タナカハジメという男がいた。

彼の人生には、『最悪』という言葉がふさわしかった。
親に捨てられ、入れられた施設ではいじめを受け、学校にもほとんど通えなかった。
資格も人脈もなく、社会に出てもまともな職を得られず、貧困と孤独に苛まれた。

そんな彼にも、一度だけ光が差し込んだことがある。
恋をしたのだ。彼女の笑顔に彼は一筋の光を見たのだ。
しかしその光もすぐに幻と消えた。
最悪の人生を変えるために少しずつ貯めていた金を、彼女はすべて持って消え去ったのだ。

死にたい。しかし、この人生の記憶のまま死ぬのはあまりにも酷すぎる。
そう思った彼は、闇業者に連絡をとったのだった。

「完璧な人生の記憶を植えつけてから死にたい」

それが彼の唯一の希望だった。


闇業者にとってはタナカハジメのような天涯孤独の依頼者は都合が良かった。

健康診断によって健康状態が良好なのが確認された後、彼はついに最終選択をする段階に来た。
タナカハジメはいくつかのパンフレットを手渡され、「さあ、どの人生にしますか?」と問われた。

その中には『人気ナンバーワンの人生プラン』と書かれたパンフレットがあった。

そのプランは『不遇の少年が絶望や挫折を乗り越え、少しのひらめきと多大な努力で人生を一変させ、社会に大きな影響を与える存在となる』というものだった。


そのプランの内容を読んだ瞬間、タナカハジメの心がざわついた。

途中までのそれはまるで自分自身の人生そのままだったのだ。

タナカハジメは自分の人生を不遇だったと感じていた。

そしてその時、裏切られて絶望し、孤独だったのだ。


タナカハジメは完璧な人生の序章を送っていたのだ。

そして、その人生が完璧なものになるかどうかは『これからどう生きるか?』にかかっていると気づいたのだ。


自分はまだ物語の途中にいる。

今が絶望での淵であればあるほど、自分の人生の結末は光り輝く可能性を秘めている。
終わらせるために来たはずのこの場所で、タナカハジメは続きを生きてみたいと思ったのだった。


彼はプランを選ぶためのパンフレットを机の上に置き、立ち上がった。

そして出口に向かって歩いた。
外に出ると、風が吹いていた。
それはひどく冷たく、だが確かに現実の世界だった。


タナカハジメの完璧な人生が再開された瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パーフェクトライフコレクション【大人の読むシュールな未来のおはなし】 独白世人 @dokuhaku_sejin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ