第7話 夢

 ――僕、死ぬのかなぁ――

 

 苦しさに悶えながら、幼い病弱な自分がそう問いかけると、温かい胸に優しく抱きしめ、彼女は微笑む。


 ――馬鹿な子、聖女のお姉さまがいて、死ぬわけがないでしょう。あなたの傍には私がずっとついててあげるから。


 そして白い光が自分を包んで、ふわりと身体が軽くなる。


 ――姉さま、僕も姉さまをずっと守るよ。


 自分と同じ青い瞳を嬉しそうに細めて、彼女は笑った。


 ――それは頼もしいわね。


 けれど――次の瞬間、彼女の身体にびっしりと黒い鱗が生え、その姿は竜へと変わった。


 ――ねえ、必ず守ってね――


 しゃがれた獣の声で、黒竜は吠えるように言った。


「……嫌な夢だな」


 ジェイデンはぼんやりとした瞳で、暗い宿屋の天井を見つめた。

 姉のリオナ谷底で竜に喰われてから、4年の月日が経っていた。


「――姉さまは、今も竜の中にいるはずだ」


 自分に言い聞かせるように呟いて起き上がる。


「俺が、助けてあげるんだ」


 ジェイデンは首に下げたロケットペンダントの蓋を開けた。

 家族の肖像画からくり抜いたリオナの顔がこちらに向かって微笑んでいる。


 彼女をもとの姿に戻すために、彼女の姿を、形を、温かさをしっかりとイメージできるようにしておかなければならない。


 彼女の精神と魂は竜と混ざって、一体化しているはずだった。それを分離させるためには、彼女の元の姿を、正確に頭に描くことが必須だった。


 ――それができるのは、俺だけだ。


 ジェイデンは絵に向かって呟く。


「待っててね、姉さま」


 あの時――谷に落とされそうなリオナを助けに入り、ローガンに稲妻の魔法で倒され、剣で貫かれたとき――その一撃は急所を外していた。崖に投げ落とされた身体は、途中でハーピィに捕まり、岸壁にある彼らの巣に持っていかれた。


 意識が戻ったのは、巣で身体を雛鳥たちにかじられている時だ。


 体中に噛みつく牙の痛みで目を覚ますと、餌が動いたことに気づいた親がトドメをさそうと喉元に食らいつこうとしてきた。背中から剣で貫かれた傷で動くこともできずに、このまま死ぬかと思った。


 ――僕が力不足だから、こんなことになった。ごめん、姉さま――


 そう瞳を閉じた瞬間、親鳥は急に向きを変えて飛び立った。

 雛鳥たちに身体を齧られながら、巣の外に這って身を乗り出した。


 そこには、立ち上がる白い光――聖魔法の光と、それに群がる魔物の列があった。


(姉さま?)


 魔物はより強い魔力に反応して集まる。親鳥はその光に反応して飛んで行ったのだった。

 そして、この谷底で強い聖魔法を使っている人間は、姉以外に考えられなかった。


 ――姉さまが生きてる。


「行かないと」


 不思議と力が沸き起こった。呪文を呟き、風を起こし、雛鳥を全部切り刻み、立ち上がる。

残った魔力で、血を止めるだけの回復魔法を唱えた。


 姉ほどの使い手ではなかったが、元聖女だった母の血を継いで、ジェイデンもそれくらいの聖魔法が使えた。


 地面から巣までは、幸いなことに蔦植物が這っていた。


 それをつたい、何とか地面まで降りる。

 谷底に自分と一緒に投げ込まれた剣を見つけ、それを杖に白い光を目指して歩いた。


 一歩一歩が重く、光は無限の先にあるように感じた。

 光に群がる魔物はさらに増え、大きな羽音とともに、空中には黒いドラゴンが旋回を始めた。


「今、行くから」


 呟いて歩みを速めたそのとき、竜が降下した。


「姉さま!!」


 駆け出そうとして、足がもつれて転ぶ。

 顔を上げると、白い光が消えていた。


 ――そして、竜の咆哮があたりに響き渡った。


 空を見上げると、黒竜が岸壁の上を目指して、羽ばたくのが見えた。

 一瞬、きらりと竜の青い瞳が輝くのが見えた気がした。


「姉さま……?」


 ジェイデンは思わず呟いた。

 はるか上へと昇っていく竜の身体は、うっすらと白く輝いていた――先ほどの、姉の放っていた聖なる光のように。

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