狼少女と狩人


 朝になると村人が殺される事件が連日起こった。これは獣の仕業だ。酷い食い散らかされ方で、少しだけ食べては飽きているのか、そもそも楽しいんでもいるように見えた。


 狩人は依頼を受け、村にやって来た。張り込みをすると外出を禁止されたにも関わらず、夜な夜な外に出る不審な人影を捉えた。


 追ってみれば、躊躇いなく窓を石で割り入れ、何処かの家に入ろうとしていた。

 音を立てるなど大胆な奴だ、と狩人は思う。


「そこまでだ!」

 銃を構えて叫ぶと、人影は耳をピクリと動かして、すぐに森の中へと駆けていった。走る姿は、獣に近い。


 あれは人間か…?

 しかし、子供の大きさにも見えた。


 翌日の夜。

 まだ夕飯を済ませたばかりの時間帯。


「今日は、貴方を食べます♡」


 狩人が、銃の弾を準備していると窓が開いた。

 風が吹き、蝋燭が消えた暗闇の寝室で、赤い眼が光った。月明かりで壁にうつしだされたシルエット。昼間にはなかった、彼女の耳に、狼の耳が生えていた。

 わずかに血の匂いもする。


「人狼……か!?」

「昨日はよくも邪魔してくれましたね。狩人さん」


 その娘は昼間、楽しそうに花摘みをしていた子だ。

 なんでも親がいないとか、村長から聞いた。


 ぎゅるるると大きなお腹の音が鳴った。

 人間の歳で言うと十三歳くらいの少女だろうか。

 餌を食べ損ねた彼女は、ご機嫌ナナメに唇を尖らせた。



「……食い散らかすのは、感心しないな」

 額から汗が垂れた。狩人は暗闇の中、喋りながらも、手探りで装填状態を確かめる。


「ごめんなさい。丸ごと食べたいんだけど、

 小食ですぐにお腹いっぱいになっちゃうの……。でも昨日、食べれなかった分、今日はいつもより食べてあげられます」


 安心して? と言うように少女は笑う。

 むしろ褒めて欲しそうに、尻尾をぶんぶんと左右に動かした。


「よく狩人の前に自ら現れたな」

「だって、あなたがいると、また食べれないでしょう?」

「だったら、兎や他の動物でも食うんだな。そうすれば俺だってお前を倒しはしない」

「やだ。人間が食べたい♡」


 少女の姿だから、狩人が躊躇うと思っているのか、人間ごときに自分が死ぬと思っていないのか。まだ少女は遊びの最中みたいに、楽しそうにしている。


 時間稼ぎは終わった。

 狩人はライフル銃を構える。

 

 まさか、獣狩りのつもりで来たが人型の少女を狩らなけばならないとは。

 狩人は少女の姿を見つめ、わずかに指が止まった。だが、それも一瞬だった。

 迷うなら、喰われる。


「……悪いが、これが俺の仕事だ」


 少女の目が驚きで見開かれた瞬間、銃声が響く――




 早朝、狩人が間借りした部屋から、甘い血の匂いが外へと漂った。腹に銃創を受けた子供の狼が床に目を閉じて倒れ、片腕を失った男が、満身創痍で立っていた。

 

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