掌編とかの短編たち

発芽(年末までお休み中🐑💤🌱

箱庭の能力世界


 この領地では、能力と血筋がすべてだ。なんの仕事に就くかも、誰と結婚するかも、生まれたときにだいたい決まっている。

 僕はその仕組みの一番末端にいる。

 

 この領地はまるで一つの工場のようだった。大所帯で、みんなそれぞれ能力に応じた場所で働いている。


 牛や羊、鶏の鳴き声。工場の稼働音。親戚の親戚の幼い子たちが追いかけっ子をする声や、赤ん坊の泣く声。この箱庭が僕の日常。それら全部がのどかで、僕は好きだ。

 太陽の暖かい日差しと風で、昼飯を食べたのもあってか、少し眠くなった。


「はぁ〜。少しはこの家の地位も上がったと聞くのに、働き詰め。もう少し遊んで暮らせないのかな。まぁ爵位持ちじゃないし無理だよな〜」


 地面に立てたくわの柄に両手を置き顎をのせた。ちょっとした休憩である。広々とした畑の仕事は、見晴らしがよく結構好きだ。閉じられた部屋で機械を相手にするより、心が落ち着く。


「もう大あくびしないで! ほら、手が止まってる。すぐそう」


 斜め前に、ふくれっ面になってるのは従兄妹の子だ。いや、はとこだっけ。子供部屋から出てきたばかりの、ちびっこだけど、僕なんかより、よく働く。


「そう怒るなって」

「お母さんに言いつけてやるんだから」

「ほんの少しだけ休んだだけだって」


 背筋を伸ばし、つかの間の休みから再開しようとしたとき、カツカツと足音が聞こえてきた。ハイヒールの音だからよく分かる。


「あら、まだ仕事が終わってないの? 本当に遅いわね。能力低くて終わらないくせに、休んでるなんて。気ままねぇ?」


 くすりと笑ったこの女の子は、僕なんかよりずっと当主に近しい分家の子だ。当主直系なほど、能力は高いとされている。畑になんて、能力の高いお嬢様が来る場所じゃない。服はとても高価なもので身に纏い、土仕事などやったことさえ無いんだろう。

 

 僕は相当、当主から離れた家系だ。それなのに、やたらと僕に絡み、嫌味を言って来るのはなぜなのか。

 こんな天気が良くてのどかなのに、邪魔しないで欲しい。


「ちょっと、聞いてるの!?」


 睨みつけられた目の前で、さすがにあくびはできないから噛み殺すと、それもバレたらしい。


「能力もまるでダメ。そんなんじゃ、良い縁談も来ないでしょうね」

「それはどうかな」


 残念でした、と心の中で呟く。

 にやりと僕が笑えば、彼女は怯んだ。


「な、なによ……」


 能力。能力。何度も言われる言葉に、『気まま』な僕でも傷つかないわけではない。言われなくても分かってる。真面目にやっても、人と比べてどのくらい仕事が遅いかを。その仕事の能力――効率と言うべきか。大抵はそう、カエルの子はカエル。両親の能力に応じて、子供もそのくらいの力を持って生まれる。

 もし能力が低いまま、命が引き継がれ続けるなら。劣等という烙印を押され、この血筋は僕の代で途絶えるだろう。


 危うさを感じないわけじゃない。けれど、考えるだけムダで、今を大事にすればいいかなって思って、そこで考えるのをいつもやめにする。


 そして能力が低いなら、低いなりの仕事があるわけで、そういう人間は、鉱山送りか、未開発の森かに働きに出る。だけど、僕の場合、わがまま言って好きな畑仕事をさせてくれるから、寛容な当主には感謝だ。


「――明日、この家に女の人が来る。僕のお嫁さんになるんだってさ」

「なっ、あ、あなたに……?!」

「そう。この僕にね」

「ど、どうせ、その人だって能力低いんでしょうね。貴方にお似合いだわ」

「どうだろう。少なくても。わざわざ能力低いもの同士を結婚させて、穀潰しを増やそうなんて当主さまは思ってないってことだよ」

「なっ、、それはどう言う、意味……?」


 僕が内心怒ってるのを感じ取ったのか、彼女は怯んだ。

 相手を選んだのは、他ならぬ当主だ。とはいえ、当主と親しい友人との間で、和気あいあいとした空気の中で決まった縁談。飛び抜けた能力とやらがある女性ではないけど。嫁いでくる配偶者を他の誰かではなく僕が選ばれたのだから、それは誉れあるものだと、僕は思ってる。

 僕はこのまま、消えていくだけだと思っていたから。それこそ、お嫁さんに来てくれる人は、僕に不釣合いな能力が上な人だと聞く。


「君も、良い縁談が決まると良いね」

 

 僕だって、誰かと喧嘩したいわけじゃない。嫌味を言われても、受け流してきた。せめてもの情けをかけると、気の強そうなお嬢さまのは苦虫を噛み潰したように、泣くのをこらえるかのように、目が震るわしていた。


「貴方が私より先に結婚するなんて、思ってもみなかったわ。それに貴方のところに嫁いでくるなんて物好きよね」

「……君のその悪態。僕のお嫁さんにも言っちゃダメだよ」

「約束できない。あんたに従うわけ無いでしょ」


 キッと僕を睨むと、さっきまでの震えた目が強い意思を取り戻す。


「だって! きっと私の方が何倍も仕事出来るのに!! なんで――っ」


 ビリビリと空気が震えた。

 消えそうな声だったけど、鳥が驚いたのか、羽ばたいて行った。僕もわけも分からず口が開いた。もしかして羨ましがられているんだろうか? 僕に?


 いやだってさ、取るに足らない分家の分家。末端のような僕に、わざわざこうも怒りをぶつけにに来るものなのか。なんで? 末端の末端である僕が、当主に目をかけて貰ってるから?

 君だって十分、いい暮らしをしているのに。


「――っ、仕事に戻るわ」


 バツが悪そうに、地面を蹴るとあっという間に去っていく。


「なんだったんだ……?」

「わぁ、鈍感?」

「はぁ、なにが」


 横でずっと気配を消して聞いていた女の子が、ため息を着いている。


「……あの人、結婚の話、難航してるんだってさ」

「能力高いんだし、すぐ見つかるだろうに」

「それがね、彼女は能力低い旦那さんを探してるんだってさ。だから当主さまと揉めてるとこ」

「なんでまた、そんなこと」


 当主への反抗? いや、誰よりも能力能力って口癖にして、気にしてた人が。

 まぁ、能力ある者はあるものなりに、悩みもあるんだろう。例えばより高みを目指す親からの圧力とか。だからこそ、低い能力の人間なんて、目にも入らないだろうに。どうしてか僕のところに来ては、わざわざ関わりに来るのか。イライラをぶつけるのに、ちょうどいい相手だと思われてるんだろうけど。



「誰かさんのせいだろうね」


 ませた口をきくこの子は、なんでも見透かしたように笑った。どうせ僕には分からないよ。

 ため息をこぼし、僕らはまた仕切り直し、畑仕事をした。



 そして、次の日になるとお嫁さんはやって来た。「ここがあなたの住んでいる土地なのね」と周りを見渡し大きく空気を吸い込み、微笑んだ。


 その横顔に、僕の好きなこの土地が褒められたようでつい嬉しくなった。嫁いできてくれたお嫁さんは、いわゆる降嫁だとしても、嫌な顔せずに、僕に微笑みを向けてくれた。


 彼女のその手を取ることは自然の流れで、やがて僕もまた、赤ん坊の親の一人となる。それが、なんだかホッとして、おかしく思えて笑えてきた。


「何を笑ってるの?」

「んー? いや、僕たちもこの土地の一員なんだなって思えてさ」

「当たり前でしょ。貴方は、立派なお父さんでしょ」


 赤ん坊を抱きかかえた妻が微笑む。

 

 なんの取り柄も能力もない僕だけど。こうして僕は誰かと生きることができる。目をかけてくださるご厚意のもと、この家系が細く長く、綴いて行きますように――





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