いよいよ試験の開始です

 数日後、かねてからの日程通り、試験プロベが始まりました。出発の朝、叔父さんがわたしを見送ってくれました。


「アリューネ。一族のためとか、工房のためとか、そういうことは抜きにして、楽しんでおいで。"作る者が楽しみ、夢を提供する"ですよ。この言葉を忘れないで」

「はい」

「時代に合わせて衣服の流行が変わるように、昔は禁忌であったことも、その古い殻を脱ぎ捨てつつありますからね。気負わずにいきましょう」

「ありがとうございます。では行ってまいります」


 きっと叔父さんたちの時代の方が、今よりもっと厳しい状況だったでしょう。それを乗り越えてきた叔父さんの言葉は、緊張して硬くなっていたわたしの心を解してくれました。

 そうですね。わたしにできることを少しずつやっていきましょう。



 職人組合ギルドの前には、たくさんの人々が集まっていました。わたしも程よい緊張感と期待に胸を膨らませ、その場に立っていました。

 あのルビナさんの姿も見えます。彼女の紅い髪と装飾、褐色の肌、光沢のある煌びやかな南国風の衣装は、参加者の中でもひときわ目立っていました。一瞬だけ目が合いましたが、紅い瞳でギラリと睨まれて、すぐに逸らされてしまいました。


 勝負はもう始まっているというわけですね。望むところです。

 先日、ハンスさんにこっぴどく叱られたワンピースは、別の青い生地で自分用に縫い直して、今日着てきました。彼には眉を顰められるかもしれませんが、お守り代わりに裾や袖、襟に祈りを込めたレースを施してあります。この服を見るたび努力した日々を思い出し、勇気をもらえることでしょう。


 一次試験は建物の最上階広間で行います。選考の段階で筆記試験は済んでいますから、今日は実技を行う予定です。

 自分が使い慣れた道具も持ち込み可能ですが、公平を期するために、メインの魔道具や生地・資材などは運営で用意しているそうです。

 最上階への階段を昇り、試験のためにあつらえられた裁縫室に向かいます。下にいた時は野次馬もいましたから、正確な人数は分かりませんでしたが、上まで来たのは審査員や運営のガストン氏を除き二十名前後でした。


 先日、説明会でお会いしたガストン氏は、先頭に立って会場の扉を開け、わたしたちを招き入れました。

 広い会場には人数分の作業机と縫製用の魔道具類、縫製用の芯地張りのマネキン、棚には色とりどりの生地や資材が整然と並んでいます。

 ガストン氏は参加者を前に集めると、よく通る声で挨拶を切り出しました。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。私、ガストンが進行役を務めさせていただきます。各自作業に取り掛かる前に、審査員をご紹介いたします」


 ガストン氏の隣には、背の高い男性と小柄な女性が立っていました。彼に促され、男性の方が先に前に出ました。焦げ茶の髪に片眼鏡、宮廷で高級官吏が着る丈の長い紺のローブを羽織っています。彼は表情が読みにくい細い目でわたしたちを見回し、静かに一礼しました。


「王宮服飾マイスターのライエル・クロイツです。どうぞお見知りおきを」


 王宮服飾マイスターといえば、権威ある職。王都で最も優れた職人の一人であり、職人を目指す者たちにとっての目標でもあります。端的な言葉の中に、彼の威厳と誇りが込められているような気がします。

 次に前に出てきたのは、癖のある長い紅髪と翡翠色の瞳、目の色と同色のシンプルなワンピースを着た女性でした。見ようによっては大人なのですが、多分人間以外の種族のようなので、年齢はよくわかりません。

 彼女は好奇心にあふれた大きな目を輝かせ、いたずらっぽい笑みを浮かべました。


「ものづくりの魔女です。名前は……、えーと、ジェンって呼んでください。皆さんの作品楽しみ! 期待の星々の皆さまにプレゼント!」


 魔女さまはそう言うなり、銀の腕輪のはまった右手を上げ、指を鳴らしました。その瞬間、天井に幻の星が煌めき、軽やかな音楽が聞こえてきました。皆が歓声をあげ見とれる中、いくつかの星々がゆっくりと地上に降りてきて、参加者の左胸に止まりました。わたしの胸元に降りてきたのは、青く透き通った星でした。とってもきれいです。

 しかし、なぜか青ざめたガストン氏は、ジェン様に詰め寄りました。


「ジェン様、予定にない魔法はお控えください」

「いいじゃない、どうせ使うんだから。この方が綺麗だし楽しいでしょ」

「まったく……。あー、ゴホン。皆様、後で説明するつもりでしたが、その星は参加者証であるとともに、経過を記録し、不正を監視する魔法も施してあります。試験中は外さないようにお願いします」


 厳格なガストン氏や、冷静なライエル様とは対照的に、ジェン様は親しみやすく茶目っ気のあるお人柄のようです。それに参加者全員にいっぺんに魔法をかけるなんて、きっと力のある魔女さまなのでしょう。

 

「最初の課題の型紙パターンをお配りします」


 ガストン氏が配った型紙を見て、わたしはひそかに心の中で拳を握りました。さんざん練習したワンピースです。ハンスさんはこのことを分かっていたのでしょうか。

 ジェン様はわたしたちを見渡しながら、自分を指差しました。


「これは私が着てるものと同じ形です。シンプルだけど、適切な生地選びと正確な縫製が求められるわ。余裕がある人はここにある資材を使ってアレンジをしてもいいけど、基本からは外れないように。みんな楽しんでね!」

「魔法は禁止。使うのは魔道具と手技のみ。時間は三時間半。では、開始」


 ライエル様の合図で、皆が一斉に動き始めました。我先にと生地の棚に急ぐ参加者たちの中で、わたしは大きく深呼吸しました。

 こういう時に焦りは禁物です。慌てたところで無駄な動きが多くなるだけです。材料は参加者全員に行きわたるようになっているし、場所が空くまで指示書の内容を確かめておきましょう。

 それから、ジェン様の着ているワンピースも観察しておきます。翡翠の生地は軽やかで、襟のない丸い首元、フィットした上半身、軽く膨らんだ袖山、末広がりのスカートの落ち感と裾の動きが素敵ですね。これは軽くて丈夫な生地を選んだ方がよさそうです。


「ずいぶん余裕ね」


 すでに生地を選んだらしいルビナさんが、低く呟いてわたしの横を通り過ぎました。赤の豪奢な織物ですが、ちょっと重そうですね。それに大きな反物を抱えて、前が見えていないのか、足元が危なっかしいです。


「運ぶの手伝いましょうか?」

「嫌味なの!? 余計なお世話よ!」


 ルビナさんは眉を吊り上げて、よろけながら自分の席に歩いて行きました。怒られてしまいました。そんなつもりはなかったのですが。でも、この先試験を受ける時はずっとこの調子なのかしら。


 わたしは気を取り直して、自分の生地を選びに行きました。大きな柄や複雑な柄は形を合わせるのが大変ですから、紫の地に白い小花柄の薄くて丈夫なものを選びました。あとは指示書通りに裁断して縫うだけです。落ち着いて。基本通りに。


 長いようで短い三時間半が過ぎました。終了時刻が迫ると、周りから悲鳴やら溜息やらが聞こえてきましたが、わたしは自分の作業に集中することができました。アレンジをする暇はありませんでしたが、基本を押さえて綺麗にできたと思います。完成したものを芯地張りのマネキンに着せて提出です。


「時間です。それ以上は作品に触らないように。着せ終わったら速やかに退出してください」


 ガストン氏の声に、周りから、良くも悪くもホッとしたような声が口々に漏れました。

 わたしは胸の星を取り外し、なくさないように鞄に入れました。ふと、視線を感じて振り返ると、ジェン様やライエル様、ガストン氏がこちらを見て何かを話しているところでした。

 何かしら? 何も怪しまれることはしていないはずです。卑屈にはなるまいと思いますが、こうした時につい自分たちの扱われ方について考えて、被害妄想的になってしまいがちです。

 それから三人は、ゆっくりとマネキンの間を歩き始め、審査を始めたようでした。きっとわたしの考えすぎですね。


 一次試験の結果は、伝令用の魔法の青い蝶が届けてくれるそうですから、それまでドキドキしながら待つことになりそうです。

 ルビナさんは……と見ると、彼女の紅い髪はすでに会場の中には見当たりませんでした。このあとお昼でも、と思ったのに。試験は別として、同族同士、歩み寄れないかと思ったのですが。まあ、彼女は嫌がりそうですけどね。

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