第5話

「これが、新しい魔鉱石……」

 翌日。ドラゴミロフ鉱山都市から逃げ帰ってきた3人は、颯香堂の2階で顔を突き合わせた。3人の前には鉄箒と、リナリィの手より大きい魔鉱石が台に乗っている。

「本当に、盗んでいないでしょうね」

「だから盗ってないって。もらってきただけ」

「ねえ!これであたしの箒、もっと早くなるんだよね!?そうだよね!」

 リナリィは、小さく跳ねながら何度も確認する。

 クロエ、鉄箒に付いた角灯ランタンを開けて、うーん、と中を確認した。

「このままだと、入るかどうか、って感じだな。もしかしたら、鉄箒の方も形を変えないといけないかも」

「それってすぐできる?10分あればいける?」

「できるかバカ。魔鉱石の取り付けに鉄箒の加工、魔力の流れの確認して、全体のメンテナンス……こりゃ1日仕事だな」

「えー!!」

 リナリィは、けたたましい声を上げた。

「明日は“魔法使いの夜マギ・ナイト”だから、レースやるの夜でしょ。ぜんぜん間に合うから」

「だって、今日は明日のレースの予選があるんだよ!?箒直してたら、あたし出られないじゃん!」

「あんたはシードなんだから、もともと出なくていいでしょうが」

「やだ!!あたしだって飛びたい!」

「聞けよ人の話!分かんないやつだな」

 クロエが、リナリィの耳をぎりぎりと引っ張る横で、ナタリアがカバンを取った。

「では、私はこれで失礼しますわ」

 2人が、ナタリアの方を見る。

「あ、帰るの?」

「ええ、今日はこの後、図書館にでも行こうかと思いまして」

「ナタリア、その……昨日の、大丈夫?」

「あなたらしくありませんわね、クロエ」

 ナタリアは、ふふ、と小さく笑ってみせた。

「私も、自分の劇脚本を書き始めましたの。どうすれば、私の夢が固有魔法オリジンになるのか、まだ分かりません。ですが、お父様にあれだけの啖呵を切ったのです。ぜったいに応えなければなりませんわ」

「そうか……」

「がんばれ、ナタリア!」

 2人は、ナタリアの後ろ姿を見送った。

「——じゃあ、私も作業始めるから。ほら、行った行った」

「なんだよ、いさせてくれたっていいじゃんか!」

「横でさわがしくされたら作業に集中できないから。お願いだから出ていって」

 そうして、リナリィは工房から追い出され、1階の颯香堂そうかどうに降りてきた。

 颯香堂は、今日も多くのお客でごった返している。その中で、エミルが、てきぱきと杖を振っていた。

 リナリィは、カウンターで一つだけ空いていた席に座った。すると、

「あ~、リナリィだ」

「よっ、ジジ。どうよ、この混み具合!あたしの宣伝のおかげだね」

「うんうん。本当にありがとうね〜、姉ちゃんがあんなに張り切ってるの、久しぶりに見た」

 ジジとリナリィは、エミルが次々と薬茶くすりちゃを淹れるのをながめた。

「……で、お前は何してんだよ。姉ちゃんの仕事を見に来たわけじゃないんだろ」

「うん、ちょっと休憩中〜。見てよこれ」

 ジジは、ポケットからメモ用紙の束を取り出した。「大型魔法植物同士の格闘技戦」やら「秘密魔法実験リスト」やらが書かれたメモを、リナリィの前で広げる。

「明日の“魔法使いの夜マギ・ナイト”に向けて、みんなあっちでバタバタ、こっちでザワザワ……見どころが多すぎて、取材が追いつかないよ〜」

「え、これ全部取材に行ってんの!?」

「まあね〜」

 ジジは、お茶を一口すすってから言った。

「年に4回だけ、2つの月が満月になって、魔法使いの力が最高に高まる特別な夜……“魔法使いの夜マギ・ナイト”にしかできない儀式とかイベントとか、みんなやりたいこといっぱいあるもんね〜。リナリィだって、特別レースに出るんでしょ?」

「出るよ。あたしは飛ぶだけだから、いつもと変わんないけど」

「お、余裕だね〜。明日はわたしも気合入れて実況するから、面白いレースにしてね〜」

んじゃ、とジジは去っていった。


 一方こちらは、図書館の中のナタリア。大きいテーブルに一人で座って、左右に本をうず高く積み上げている。

 ページを開いては手元の原稿にペンを走らせるナタリアに、アーケオ先生が声をかけた。

「ドラゴミロフ君。毎日、熱心ですね。今日もゼスラ文明の調べものでしょうか」

「先生。ええ、本日は……私の趣味と、あとは固有魔法オリジンの現れ方について、少々調べておりました」

 ナタリアは、積み上げた本を脇に動かした。向かいの席にアーケオ先生が腰かける。

「なるほど……それでしたら、明日は良い機会かもしれませんよ」

「そう、おっしゃいますと?」

 アーケオ先生は、図書館の窓から外を見た。

「明日は“魔法使いの夜マギ・ナイト”です。魔法使いの魔力が最も強まる夜。毎年、この日に固有魔法オリジンが使えるようになる生徒が、何人か出てくるんですよ」

 アーケオ先生は、そこでふっと真剣な顔になった。

「ただ、それと同じくらい、普段はとてもできないような強力な魔法を使ってしまったり、気持ちが大きくなって危険な魔法を使って事故が起きたり……昔から、“魔法使いの夜マギ・ナイト”は、色々あるのです。人が、いちばん“魔”に近づく夜ですから」

「“魔”に近づく、ですか?」

 ぞわっとする言葉。思わずナタリアは、眉をしかめた。

「強すぎる魔力にのまれた人は、人でなく、“魔”になってしまうのです。“魔”にのまれないよう、気をつけてください。“魔”がうごめいている世界は、“こちら側”とおどろくほど近い」

 と、アーケオ先生は、いつも柔らかな笑顔に戻って、席を立った。

「……まあ、おどかしてしまいましたが、明日は年に4回しかないお祭りみたいなものですから。多少はめ・・を外したって、だれもとがめはしませんよ。ドラゴミロフ君にとっても、楽しい夜となりますように」


 その日の夜。工房の中で、クロエは額に流れる汗をぬぐった。

 目の前の鉄箒には、新しい魔鉱石が取り付けられた。

「やっと、おさまった……ぜったい無理だと思った」

 クロエは、大きく伸びをした。リナリィを追い出してから、ずっと魔鉱石を鉄箒に取り付けようとしていたのだ。

「よーし、あとは魔力の流れをチェックして、傷がないかチェックしておいてやるか。あいつ、乱暴じゃないけど扱いが激しいからな。いちおう、万全にしてやらないと……ん?」

 クロエは、鉄箒を見て、目をしばたかせた。

 角灯ランタンの中で、魔鉱石が赤く光っていた。その光がまるで心臓が脈打つようで、クロエはへえ、とつぶやいた。

「すごいな、この石。前の石はこんな反応しなかったぞ。さすが、ドラゴミロフ鉱山から掘り出されたものは違うな」

 こんどは、クロエは、鉄箒に杖を当てた。柄の上で軽く杖をすべらせて、魔力がちゃんと流れるかをたしかめる。

「おっと、流れがつまってるところあんじゃん。こういうのあると、加速が悪くなったりするんだよな、っと……」

 クロエは、杖で鉄箒を叩いて、魔力の流れを直していく。すると、あるところでクロエの手が止まった。

「私が作った魔法の下に、まったく違う魔法がかけられてる。……くそ、古すぎて解読ができない」

 杖で魔法を探ってみる。

「私の魔法とは、ぜんぜん違う。授業でも、見たことがない魔法だ。でも、動かそうとしたら、たぶん、ものすごい量の魔力が必要だ。いまの魔法使いじゃ、使うのは無理だろうな」

 クロエは、もう一度鉄箒を杖で叩いた。返事をするように、魔鉱石が赤く光った。

「お前、本当は何のための魔道具なんだ?」

 足元から何かわからない怖さが上がってきて、クロエは、ぶるりと体を震わせた。

「私はいったい、リナリィを、何に乗せてきたんだ……?」

 工房の中はひっそりとしていて、クロエの言葉に答えるものはいなかった。

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