4
カフェテリアを出ると、校舎に囲まれた小さな中庭に出る。箒の飛行練習や、他の魔法競技に使われるグラウンドと違って、中庭は生徒たちが思い思いに過ごせる場所になっている。
今も、一定間隔ごとに置かれたベンチの一つを占領して、リナリィ達3人は顔を突き合わせていた。3人が眺めているのは、マギ専の校内地図。
「よっしゃ!とっとと空き部屋探して、工房作ろうよ」
リナリィは、3人の中でもがぜん張り切っている。鉄箒のメンテをやってほしい、という気持ちもあったが、宝探しのような状況にワクワクしていた。
「校内で、ということでしたら、まずは使用許可を出せそうな場所から探してはどうでしょうか。たとえば、旧校舎の空き教室などは…」
「そんな回りくどいことしてらんないって!使ってなさそうな場所、全部見て回ってさ、人がいなかったらあたし達の拠点にしちゃえばいいじゃん」
リナリィの頭の中では、もう「クロエの新しい工房の捜索」は「あたし達の拠点探し」にすり替わっていた。
「リナリィに一票。実物見ないと使えるか分かんないから」
クロエは、どこに行くか決めずに歩き出そうとする。ナタリアは、それを押し留めながらため息を付いた。
「はあ……はげしく不安です」
5
ほこりと、古びた紙の匂いが満ちた、薄暗く静かな空間。天井まで届きそうな本棚のせいで室内はやや狭く、部屋はひっそりとしていて、3人の他に人気はなかった。
「静かだし、落ち着いた部屋だ。ここなら人が来ることもなさそうだし、悪くない」
「……それはそうでしょう。この部屋は貴重な古代文書を保存しておく、保管庫ですわよ!こんな場所で実験と言って何かに火を着けてしまったりしたら、退学処分ではすみませんわ」
「ていうか、ここ静かすぎて息が詰まる!無理!」
リナリィは、本棚に並ぶ本の背表紙を見ながら言った。収蔵された本には「闇に葬られた魔法100本」やら、「自分にも影響が及ぶ危険な魔法」やら、本棚から取り出すことすらためらうようなタイトルが並んでいた。
「次行こう。これだけ本があると、後で私の道具を持ち込むこともできない。本は面白そうだけど、ちょっと私の専門外だ」
「もともとダメですわよ。ほら、行きますわ……」
むっとするような熱気と、鼻をつくような刺激のある臭いが部屋いっぱいに満ちている。奥のうす暗がりでは、数人が大鍋いっぱいに入った、ぐつぐつと煮える怪しげな色の液体をかき混ぜていた。
「うわ、暑っ…。てか、なんか変な臭いしない?鼻の奥痛いんだけど」
「マギ専の地下にこんな場所があったなんて。広さも十分あるし、この臭いさえなくなれば十分使える」
「……あの、二人とも、周りをよく見てからおっしゃっていただけますか?」
そう言われて、鼻を摘んでいたリナリィとクロエは、ナタリアの方を振り返った。
ナタリアは呆れた顔を浮かべて、自分の左右を見ろ、とでも言うように肩をすくめた。
いつの間にか、ナタリアの横には、白衣を着た生徒たちがずらりと並んで、二人に冷たい視線を向けていた。
「……ここは我ら魔法薬学部の聖域。それを邪魔しようとするものは、だれであろうと、我々の魔法薬の被験者となってもらおう」
「なんだ、やんのかお前ら。勝ったほうがここの使用者な」
「ちょうど新しい魔道具を試そうと思ってたところだった。私の魔道具の実験台になってもらおうか」
リナリィとクロエは、白衣の生徒の一人に詰め寄る。ナタリアが、あわてて二人の首根っこを掴んで引きずっていく。
「やめなさい……!参りますわよ、お二人とも!ほほ、ご、ごめんあそばせ……」
開け放たれた窓から入ってきた風が、リナリィの足元を抜けていった。リナリィは、肺に思い切り空気を吸い込んで、深く吐き出した。
「ここ、いいじゃん!広いでしょ、すぐ外へ出れるでしょ、眺めもいいでしょ、最高!」
「ここなら先生が来なさそうだし、いいんじゃない」
「不法占拠に変わりはありませんが……まあ、ほかの方に迷惑がかからなければ、まだいいかもしれませんね」
3人は周りをぐるりと見回した。ここはマギ専の校舎の中で一番高い、時計塔の中の部屋。頭上には2メートルはありそうな鐘が4つ並んで、その周りをいくつもの歯車が絶えず動いている。
「クロエ、ここにしちゃう?」
「少なくとも、今日回った中じゃ一番マシ」
「よーし、決ま……」
り、と言いかけたところで、リナリィ達の頭の上から鐘の音が降ってきた。
「いや、うるっさ!!え、クロエ!なにこれ!?」
リナリィは、思わず両手で耳をふさいだ。見ると、ナタリアも両耳を押さえている。クロエはというと、なにやら耳に突っ込んで、涼しげな顔をしていた。
「——あれ。チャイムが鳴ってんだよ」
「え!なに!?なんて言った!!」
「だ・か・ら!!チャイム!!!」
「聞こえないー!!」
「だから……!!あー、もういいや、」
クロエは、二人を階段の方へと押しやった。
「ほか行くよ。こんなのいちいちやってらんない」
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