第43話 希望の訪問

 伊藤いとう萌夏もかの家へと向かう道すがら。


「ねえ、利香りかっち。あたしも遙人はるとも、萌夏もかちゃんとは同じクラスになったことがないんだけど、どんな子なの?」

 セイラが、隣を歩く新田にったに尋ねた。


「あのは、一言で言うと、〝正統派アイドル〟。ガチの美少女だよ。うちも、ちょっと嫉妬するくらい、可愛い。実際、芸能関係のお仕事もしてるみたい。……まあ、文芸部にいたとは、うちも知らなかったけど」


「……えっ。(マジかよ……)まあでも、今は、いじめられてたわけだし……。同じ文芸部員として、早く学校に戻ってきてほしいよね」


「……でもさ。うちらの、新たなるライバル出現、って感じじゃない? ただでさえ、強力なライバルが、すぐ身近にいるっていうのにさ……はぁ」


「は? ライバルって、何の話?」


「ふーん。まっつん(松島まつしまセイラ)は、もう諦めたんだ。うちは、まだ諦めてないからね」


「主語がないから、イミフなんだけど」


「……まっつんも、そういうとこだよ。人のこと、全然言えないよね」


「どういうとこだよ! もう!」


「この前、路上で助けてもらったって、言ってたじゃん」


「……う、うん」


「そいつのことだよ」


「「はぁ……」」


 松島まつしま新田にったは、全く同じタイミングで、深いため息をついた。


「おい、何、後ろでひそひそ話してんだ? 今日の晩ご飯のこととかか?」

 絶妙に悪いタイミングで、遙人はるとが振り返る。


「そんな話してねーよ!」

 セイラが、呆れ顔で言い返した。


「じゃあ、なんだよ」


「相変わらず、ハルっちは、鈍感なくそ野郎だなって話」


「は!? あたし、そんなこと言ってないんだけど! 別に、ハルトはくそ野郎じゃないし!」


「へえ、うちに合わせないんだ。そうなんだ。ふーん。……変わったね、まっつんも」


「まあまあ、二人とも、喧嘩しないの」


 遙人はるとが、なだめるようにジェスチャーをする。


「「遙人はるとのせいだよ!!」」


「いきなり、なんだよ! ……ほら、喋ってるうちに、もうすぐ着くぞ」


 新垣瞳にいがきひとみが、伊藤いとう家のインターホンを押す。


 しばらくして、萌夏もかの母親が出てきた。


「この度は、大変、申し訳ございませんでした。私は、萌夏もかさんのクラスの文芸部顧問、新垣瞳にいがきひとみと申します。本日、学校内でいじめがあったことを確認し、急遽、三組の生徒たちに聞き取り調査を行いました。今回のいじめの原因を徹底的に検証し、再発防止に、学校として全力で取り組む所存です。……つきましては、三組の生徒たちが書きました反省文を、お受け取りいただけますでしょうか。繰り返しになりますが、学校、生徒を代表いたしまして、また、私の監督不行き届きの責を、自ら重く受け止め、二度といじめが起きない環境作りに、全力で邁進いたします。本当に、本当に、この度は、申し訳ございませんでした」


 新垣にいがきは、目の前の母親に、深く、深く、頭を下げた。


 それに続き、生徒たちも、声を揃えて頭を下げる。


「「「申し訳ございませんでした!」」」


「……どうぞ、お顔を上げてください。そう言っていただけるだけでも……きっと、あの子は救われると思います。本日は、わざわざご足労いただきまして、本当に、ありがとうございました」


 その時だった。玄関のドアが、ゆっくりと開いた。


新垣にいがき先生……! 文芸部のみんな……! ありがとう……! 本当に、ありがとう……!」


 そこに立っていたのは、涙を浮かべた、伊藤いとう萌夏もかだった。


伊藤いとうさん……! ごめんね、辛かったよね……」


「先生は、何も悪くないよ! みんな、私のために、来てくれたんだね。本当に、ありがとう……!」


「無理しないで、いいからね。ゆっくりで、いいから。また、部室で、みんなで楽しくお話できたら、嬉しいな」


「めぐ姉ちゃん……! 大好きだよ! ありがとう!」


「もう、めぐみ、とか、めぐっちでいいんだよ。四ヶ月しか違わない、同級生なんだから。ふふふっ」


「だって、わたしにとって、めぐちゃんは、優しくて、大好きなお姉ちゃんだもん」


「……わたし、全力で萌夏もかちゃんのこと、守るから! ここにいる、文芸部のみんなも、絶対に、萌夏もかちゃんの味方だから!」


「うぅぅ……。学校に、行く勇気が、出るかも……。本当に、本当に、ありがとう……!」


 感動的な雰囲気に、全員が涙ぐんでいる。その空気を、一人の男が、大きな声で打ち破った。


「先生! 今から、約束の焼き肉、行きますか!」


 遙人はるとが、ニカッと笑いながら言う。


「お母様。もしよろしければ、今から、お嬢さんを、私達とのお食事にお連れしても、よろしいでしょうか?」


「はい。でも、先生のご負担になりませんか?」


「それは大丈夫です。私は、有言実行だけが取り柄でして。少し夜が遅くなるかもしれませんが、責任を持って、私がご自宅までお送りいたします」


「ありがとうございます。……よろしく、お願いします」


「お母さん! じゃあ、行ってくるね!」


「ええ、行ってらっしゃい」


 文芸部員、全員の笑顔が弾けた。


 その笑顔は、夕焼けの、赤い柔らかな光の中に、ゆっくりと溶け込んでいった。

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