第41話 敵本陣

 その日の放課後、俺はまず高坂こうさか監督にも事情を話し、協力を取り付けることに成功した。


 そして、五限目が終わる直前の休み時間。


 俺はトイレに行くフリをして、三組の教室の情報をチェックし、リリカに内部の配置を記録させる。


 チャイムが鳴り、先生が教室を出ていったタイミングで、俺は、静かに三組の教室へ足を踏み入れた。


 当然、クラス中の視線が、見慣れない俺に突き刺さる。


 俺は、それを無視して、伊藤いとうさんの席へ向かった。机の中には、数学の教科書だけが、ぽつんと一冊入っていた。


 無言でその教科書を手に取り、パラパラとページをめくる。そして、最後のページに、小さく、しかし悪意に満ちた文字を見つけた。


 ――『死ね』。


 俺は、そのページの写真を、スマホで静かに撮影する。


「……うぜえな。なんだ、これ。小学生がやるようなことじゃねえか。体は高校生でも、やってることは、人間もどきだな」


(リリカ、録画開始。この中で、挙動が不審な奴をピックアップして、顔をズームアップできるか)


『もちろん、可能です。現在、四名をピックアップしました』

(引き続き、頼む)


「申し遅れた。俺は、二組の高橋遙人たかはしはると。甲子園二回戦負けの、ただのキャッチャーだ」


 俺は、一人一人の顔を、高速で観察していく。


「この教科書、『死ね』って書いてある。……まあ、誰がやったか、今ここで手を上げろなんて言わねえよ。上げるわけ、ないもんな。だから、代わりに警告しておく」


 俺は、教室全体を、ゆっくりと見渡した。


伊藤いとう萌夏もかさんは、俺たち文芸部の大切な仲間だ。その仲間に危害を加えるような奴は、俺は、絶対に許さない。……どう許さないか、気になるか? ……ああ、そうだ。ちょっと、危ないから、俺の周り、空けてくれるか。マジで、危ないから」


 そう言うと、俺は目の前の机を、蹴り上げるようなポーズを取った。


 クラスに、緊張が走る。


「……感情的になって、暴れるとでも思ったか? そんなことしたら、俺も、いじめてる奴らと一緒だろ」


 俺は一瞬目を閉じると、カッと目を見開き、一人の男子生徒を、真っ直ぐに睨みつけた。


「お前だろ。――和田祐介わだゆうすけ。そして、実行犯は、そこの中野と、松村」


『対象三名の表面温度、急上昇を確認。和田祐介わだゆうすけが首謀者である確率、85%に上昇』


「違うなら、違うって言ってみろよ」


「……証拠は、あるのかよ!」


「中野君、だったな。そのセリフを吐いた時点で、お前はアウトだ。安い推理小説に出てくる、モブキャラかよ」


「はあ?」


「『はあ?』しか言えねえのか。……じゃあ、残るは松村君。お前の言い分は?」


「……お前、死ねよ」


「はい、お前も認めたな。……別に、俺はお前らに殴られてもいいぜ。どうせ、このやり取りは全世界に生中継されてるからな。証拠も、リアルタイムの映像だ。普通に、少年院行きコース決定だな。ほら、殴れよ。言ったんだろ、『死ね』って。だったら、今すぐ、俺を殺してみろよ、ゴラァ!」


「「…………」」


 俺は、黙り込んだ主犯格の和田わだに向き直った。


「――和田君。こんにちは」


「…………」


「無視か。まあ、沈黙は金、とも言うしな。……差し詰め、お前の親父さんは、政治家か何かか?」


「……あのさ。さっきから、ピーピーうるせえんだよ。親は、関係ねえだろ!」


「否定しないってことは、図星か。ビンゴだな。テンプレ通りの反応、ご苦労さん」


「……下校時、気をつけて帰れよ」


「へえ、反社でもチラつかせる気か? 恐喝罪、成立寸前だな」


「『気をつけて帰れ』の、どこが恐喝なんだよ!」


「なんで、伊藤いとうさんをいじめた? ……ああ、そうか。お前、彼女に振られたんだろ」


 和田わだは、悔しそうに、ぐっと唇を噛み、俯いた。


「……歯ごたえがねえな。お前らのやることなすこと、全部、分かりやすすぎんだよ」


「さっきから、ごちゃごちゃと……! 俺は、何も認めてねえ! 事実無根なことばっか言ってんじゃねえぞ! 弁護士を呼んで、お前を名誉毀損で訴えてやる!」


「どうぞ、どうぞ。不利になった途端、弁護士か。さすが、政治家の息子だな。『記憶にございません』って言ったら、完璧だぞ」


「……何、煽ってんだよ。勝手にキレて、熱くなってんじゃねえよ。馬鹿じゃねえの」


「……だ、そうです。前田弘之まえだひろゆきさん」


 俺は、スマホのスピーカーをオンにした。


「「…………お前……なんで、秘書の、前田さんの名前を……」」


 和田わだの顔が、絶望に染まる。


「秘書さんも、色々と大変ですね。この度は、ご貴重なお時間を割いていただき、誠にありがとうございます。和田直人わだなおと先生には、よろしくお伝えください。後のことは、こちらで対処いたしますので。では、失礼致します」


(裏でリリカが和田わだの親父の身辺を洗い出し、秘書にアポイントを取り、音声の一部を証拠として流して、電話を繋げた、と。……流石だぜ、リリカ!)


『お褒めに預かり、光栄です』


「この後、野球部の高坂こうさか先生がここに来る。一人一人、伊藤いとうさんへの謝罪文を書いてもらうそうだ。もちろん、白紙で出そうが、何を書いても自由だ。六限目は、ちょうど、現代文の授業らしいからな」


 クラスは、水を打ったように静まり返り、誰もが俯いていた。


「……最後に、一つだけ、言っておく」

 俺は、教室のドアに手をかけ、全員に聞こえるように、叫んだ。


「お前らな! いじめは、人を殺すんだぞ! 死んだ人間は、二度と、戻ってこない!

 反省? ふざけるな! お前らの、その場のくだらない都合で、人を傷つけて!

 

心が血まみれになっている弱者を見て、優越感という快楽に溺れてんじゃねえ!


 その代償が、人の命や、学校に通う自由さえも奪うってことを、分かってんのか!


 お前ら、全員、詐欺師と一緒だ! 自分さえよければいいと、人を騙し、死のうが、傷つこうが、関係ない!


 ……でもな、今からでも、遅くはない!


 いじめを見て見ぬふりをしていた、そこのお前らもだ!


 そんな、薄汚れた犯罪者になりたくなかったら、今すぐ、自分の心と向き合え!


 そして、真剣に、伊藤いとうさんに謝れ!


 二度と、同じ過ちを繰り返すな!


 ……以上だ!」


 俺は、言い放つと同時に、教室のドアを、バタン!と、力強く閉めた。

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