第29話 カオスすぎる文芸部

 がらり、と。遙人はるとは、文芸部の部室のドアを開けた。


「失礼します。高橋遙人たかはしはるとです。今日からよろしくお願いします……」


 しかし、彼の挨拶は、目の前の光景にかき消された。

 三人の女子部員が、音楽に合わせて楽しそうにダンスをしている。そして残りの二人は、それを完全に無視するかのように、黙々と本を読んでいる。


「……どういう状況だ、これ? おーい! ダンスやめーい! 一旦落ち着こう! まずは自己紹介からだろ、普通!」


 遙人はるとがツッコミを入れると、読書をしていた男子生徒が、ゆっくりと顔を上げた。


「新入部員の君に、我々の活動を止める権利などない! これは、文化祭の演劇練習だ! 俺は三年の九段隼人くだんはやと。……ああ、君が高橋たかはし君か。甲子園出場、見事だった。――さあ、君も踊りたまえ!」


「先輩でしたか。失礼しました。でも、演劇の練習なら、なんで先輩は踊らないんですか?」


「ふっ……。俺はな、ダンスにかこつけて『私って、今を生きてる!』とでも言いたげな、頭の中が年中お花畑のリア充が、心底嫌いなのだ。ダンスで存分に体力を消耗させ、その後に訪れる空虚な徒労感を味わわせる。――すなわち、これはリア充への復讐なのである!」


「……あの、この九段くだんって男は、くだらないことで卑屈になるだけだから、気にしないで。彼の言葉に鼓膜を振動させることすら、時間の無駄よ」


 今度は、隣で本を読んでいた女子生徒が、冷ややかに言い放った。


「私は、一刻も早く誰かに代わってほしいと願っている、生徒会長の星村星子ほしむらせいこ。三年よ。よろしくね。ああ、ちなみに、目の前のこのクズも、一応、生徒会役員だから」


「誰がクズだ! ジョークだよ、ジョーク! ……高橋たかはし君、星村ほしむらは、まあ、凜とした白百合のように美しいが、その実、冷酷で嫌味なヤバい女だから、気をつけるんだぞ」


「白百合ですって? あなたのような単細胞にしては、気の利いた比喩を思いついたじゃない」


「……黙ってれば、綺麗なのにな」


「あなたも、その卑屈な言動さえなければ、それなりの顔立ちをしているのに。勿体ないわね」


「「…………」」


 次の瞬間、九段くだん先輩と星村ほしむら先輩は、お互いにぷいと顔をそむけ、顔を赤らめていた。


「えーと……。先輩方のじゃれ合いは、終わりましたでしょうか? ていうか、愛美めぐみさんまで、めっちゃ楽しそうに踊ってるし」


「うん! これ、すごく楽しいよ。みんなの動きがピタッと合うと、すごく気持ちがいいの。遙人はると君も、一緒に踊ろうよ!」


「もちろん! 踊るぞ! ……てか、結局、ここは何部なんだよ!? ははっ!」


「めぐっち、ダンスのキレ、めっちゃ良くない? 本ばっか読んでるから、運動は苦手なんだと思ってたけど、すごいじゃんね、利香りかちゃん!」

 セイラが褒めながら、新田にったに同意を求める。


「……まあ、リズム感は、ある方なんじゃない」

 新田にったは、少しだけ唇を緩ませて、ぶっきらぼうに答えた。


「二人とも、最高だよ! ダンスも最高! 俺さ、甲子園出場が決まった時より、今、三人がこうやって仲良く、楽しそうに踊ってる姿を見てる方が、何て言うか……めちゃくちゃ嬉しい。文芸部に入って、本当に良かったって思った」


 遙人はるとは、屈託のない笑顔で、心からの本音をこぼした。


「あっ、そうだ、忘れてた。イケメン萌え萌えの高坂こうさか先生からの差し入れ、買ってきたんだった。ダンスは一旦ここまでにして、先生のご厚意に感謝しつつ、皆さんで食べましょう!」


「……なんだか、無性に後輩が可愛く感じてきたぞ! よし、高橋たかはし君! 今日から君は、俺のペットだ! さあ、諸君、食べようではないか!」

 九段くだん先輩が、馴れ馴れしく俺の肩を組んでくる。


「あなたがキモすぎて、高橋たかはし君も苦笑いしてるじゃない。馬鹿じゃないの? ふふっ」と星村ほしむら先輩。


 その時だった。

 部室のドアが、ガラッ!と、先ほどよりも激しい音を立てて開いた。

 部員全員の視線が、そこに立つ文芸部顧問、新垣にいがき先生に注がれる。


「よおっ! 今日も青春しているかい! だーい、ちゅ♡ちゅきなー♪しゅごーく褒めじょーじゅなー♪ぼくの心のマイダーリン♡♡高坂こうさか殿からのおごりなのだぞ! 心して食したまえ! この、愛の結晶とも言うべきお菓子に、刮目かつもくせよ! ……言っておくが、ぼくが買ってきたケーキの追加分もあるからな! 遠慮はいらん! さあ、食え!」


 事情をよく知らない沢村さわむら新田にったは、引きつった笑顔を浮かべ、少し怯えた表情になっている。

「あ、ありがとうございます……」と返事をしつつも、他の部員たちは、慣れているのか、苦笑いを浮かべるほかなかった。

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