第28話 新垣瞳 ちょっとヤバい先生

 文芸部の顧問、新垣瞳にいがきひとみ

 彼女にはもう一つの顔がある。主にミステリー系の作品を執筆する小説家、ペンネームは赤城珠恵あかぎたまえ。過去に、出版社が主催する大きな文学賞を二度受賞した実力派だが、写真などの個人情報は一切公開していない、謎多き作家である。

 現在は南浦部第一高等学校の古文担当講師として勤続四年目。その前は大手予備校で二年間の講師経験を持つ、御年28歳。独自の「古文単語・文法速習記憶法」は、古文が苦手な生徒から絶大な人気を誇っている。


「「「よろしくお願いします」」」


 遙人はると、セイラ、新田にったの三人が、一通りの挨拶を終えて帰ろうとした、その時だった。

 新垣にいがきは、高橋遙人たかはしはるとだけを呼び止めた。


高橋たかはし君、君には少し話したいことがあるから残ってくれたまえ。文芸部の部員は、少し個性的だが、共に仲良く青春を過ごしたまえ。もちろん、いつでも辞めていい。その時は一声かけてくれればいいさ。ああ、そうだ。他の部員に迷惑をかけなければ、部室でダンスの練習をするのも自由だ。やりたいことをやりながら、自己のアイデンティティーを確立したまえ。……っと、少し難しかったかな? 要は、今しかないこの瞬間を、楽しみながら学ぼうぜ!ってこと。じゃあね~」


「「失礼しま~す」」


 セイラと新田にったは、一礼すると、若干困惑気味ながらも笑顔で職員室を後にした。


「さて、高橋たかはし君。甲子園での活躍、流石だったね。お疲れ様! ……まあ、僕はずっと、画面に映る高坂こうさか監督しか見てなかったけどね。きゃーっ!? はじゅかしいー!」


(……リリカは起動させてないが、今すぐ起動すべきか? いや、この先生、相当ヤバい匂いがする……)


高橋たかはし君をわざわざ残した理由を、簡潔に言おう。スマホに入っている高坂こうさか殿の……まあ、集合写真でも何でもいい。画像を……そう、学校生活だよりの資料としてだな。取り敢えず、その画像を僕にくれ!」


「……犯罪の匂いがするので、丁重にお断りします」


「言ったな、小僧! 僕は空手二段だぞ! 正拳突きをお見舞いされたいか? ……ならば、高坂こうさか殿の回顧録を、今この場で述べよ!」


「えっ……。もしかして、新垣にいがき先生って、高坂こうさか先生のことが好きなんですか?」


「しゅき、しゅき、だ~い、しゅーきー! ♡」


「……あのですね。まず、高坂こうさか先生には彼女さんがいますよ! というか、ツッコミどころが多すぎて……先生は、もしかして〝僕っこ〟ですか? 普段から、話し方もそんな感じなんです?」


 俺が心配そうな顔で尋ねると、不意に、別の教師が新垣にいがき先生に声をかけた。


新垣にいがき先生、すみません。この資料ですが、PDF形式にして、今日中にまとめていただけますか? お忙しいところ申し訳ないですが、よろしくお願いします。次回は、私がまとめますので」


「はい! この分量でしたら、本日中に対応できます。田中さん、いつもお気遣いいただき、ありがとうございます。本当に助かりますし、心から感謝しています」


 同僚の田中先生は、「いえいえ」と軽く会釈して去って行った。


「……えっと、どっちが、先生の本当の姿なんでしょうか?」


「たっくんよ。面接で『この学校、だ~い、しゅきでしゅ! 採用、ちてくだしゃい♡』なんて言って、採用する学校があると思うかね? 同僚への受け答えくらい、一般常識の範囲内だ。なめるなよ。……それから、彼女の件は知っている。その、叶わぬ恋のリビドーと切なさこそが、小説を書く原動力にもなることを、お主にはまだ理解できぬようじゃな」


「別になめてはないですけど……。というか、いつの間にか俺のこと、“たっくん”って呼んでますよね? ……わかりました。じゃあ、高坂こうさか先生のところへ行きますか?」


「あっ、そうか! その手があったか! 早速、ボイスレコーダーを起動せねば」


「それは止めてください!」


「お主、何を言うか! 小説家たるもの、人物観察や会話の研究は、創作活動の基本であろうが!」


「いや、他の小説家の方々に怒られますよ。先生の場合、動機が不純すぎます」


「たっくんは生意気だな。……わかった、ボイスレコーダーはここに置いていこう。さあ、行きたまえ。僕のだーい、ちゅきな高坂こうさか殿の元へ!」


高坂こうさか監督! こんにちは!」


「よっ! 遙人はると、どうした?」


「文芸部の新垣にいがき先生が、引き継ぎの件でご挨拶したいということで、ご一緒させていただきました」


新垣にいがきさん、わざわざすみません。こちらから伺うべきでしたのに。ご足労いただき、ありがとうございます」


「そ、そんな、とんでもございません! お、お時間のほうは、よろしいでしょうか?」


「暇してるんで、大丈夫ですよ。そうそう、高橋遙人たかはしはるとはどうです? 生意気でしょう? でも、本当にいい奴なんです。チームの目標のために、自らキャッチャーに転向して、見事なリーダーシップも発揮してくれました。文芸部でも、よろしくお願いしますね」


高坂こうさか先生! 今、少しウルっとしました! ありがとうございます! やっぱり、先生のことが大好きです! ギャップ萌えの、萌え萌えキュンです!」


「だから、やめろって! その萌え系のワードは禁止したはずだぞ! はははっ、しかも、また告白かよ!」


 その瞬間、新垣にいがき先生が、ものすごい形相で俺を睨みつけてきた。


「あの……監督! 新垣にいがき先生が、僕を殺さんばかりの目つきで睨んできてます! 助けてください!」


「ははっ、新垣にいがきさんも、面白いですね。遙人はるとの冗談に乗ってあげて」


「い、いえ……は、はは……」

 新垣にいがき先生の顔が、明らかに引きつっている。


「そうだ、新垣さん! 『戸崎家の狂乱者』、読みました! 誰が犯人なのか、最後の最後まで全く予想できませんでしたし、結末は、とても感動しました」


「も、もしかして、買って読んでいただけたのでしょうか……?」


「もちろんです。こっそり教えてもらったので、誰にも言っていませんが、同じ職場で、有名な作家さんとお仕事ができるなんて、本当に光栄です」


「わ、わざわざ拙作せっさくをお買い求めいただかなくても、差し上げましたのに……! それに……ど、どうしよう……涙が、止まらなくて……言葉が、うまく……」


「新垣さん、ハンカチなかった……すみません、これ、ポケットティッシュですけど」


「な、何から何まで、ありがとうございます……。お褒めの言葉まで……本当に、ありがとうございます……! あ、そうだ、これ! まだまだ暑い日が続きますので、どうぞ!」


「うわ、スポドリ5本に、栄養ドリンクまで! いいんですか、こんなにたくさん!」


「い、いいんです! こんなもの、安すぎます! こんなもので喜んでいただけるなら、もう……!」


「いや、悪いな、もらってばかりじゃ。そうだ、高橋たかはし! これ、やる。文芸部の全員に、お菓子とジュースでも買ってやれ」


「うおおお! 三千円! 流石です、高坂こうさか先生! 太っ腹! お任せください、責任を持って消費します! やっぱ、大好きだわ、高坂こうさか先生のこと!」


「お前な……今日、何度、俺に告白するんだよ! はははっ!」


「得意技の正拳突きで、瞬殺したろうか、という目つきで、また新垣にいがき先生が僕を睨んでます! マジで怖いです!」


「はははっ、新垣にいがきさんも、本当にお笑いが分かっていらっしゃる! 普段の教職のお仕事もあって大変でしょうが、執筆活動も頑張ってくださいね!」


「うわああぁぁぁん! もう駄目です! 涙腺が! 高坂こうさかさん、す……、いえ、最高です! ありがとうございます!」


 その一部始終を見ていた、他の女性教職員たちは、やれやれといった様子で頬杖をつき、完全にしらけ顔になっていた。


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