20

 頭が痛い。ズキズキする。

 目を開けると、オレの目の前にはミランダが立ってた。腫れた顔をさすりながら、溜息をついてオレの前にしゃがみこむ。

「へなちょこパンチを何発もありがとう」

 ミランダはそう笑った。

 失敗した。

 こんな時間に一人で来るべきじゃなかった。明日にして、ジェームスかヴィヴィアンについてきてもらうべきやった。

 っていうか、なんで拘束が外れてんの? 簡単に外せるもんじゃない筈やのに。一人で外せる筈がない。でも警報が鳴った訳やないから、外部から誰かが侵入してきたんじゃない。ミランダが自分で外した筈や。どうやったんか分からへんけど。

 ミランダは笑顔でオレを起こすと、思いっきりほっぺたを殴ってきた。

 痛くてくらくらする。

 オレの首のカードキーを外すと、それを自分の首に掛けた。オレの事を抱えると、引きずりながらドアに向かう。

 ヤバイって分かってる。

 でもここはガレージで、見てる人はいてない。しかも朝の五時やから、起きてる人なんかいてへん筈。このままじゃヤバいって分かってるけど、どうする事も出来ひんかった。

 ドアを出ると、その辺にあった車にオレを乗せて、エンジンを掛けた。

 この車は会社の奴やから、きっとすぐに見つけてもらえる筈。それにどっかで誰かが見てる。大丈夫って言い聞かせた。

 落ち着かんなあかんって分かってる。頭の中はぐっちゃぐちゃやけど、落ち着いて何が出来るか考えるんや。くらくらするし、今にも意識が飛びそうやけど、どうにか堪えて考える。

 車は少し行ってすぐに止まった。そこでミランダは体を低くすると、誰かに何かを合図した。オレの座ってる助手席側のドアを開けて、誰かが笑う。

 この声知ってる、ランボルギーニや。

 ランボルギーニは満足そうに笑うと、オレを抱えて別の車に乗り込んだ。俺をいとも簡単に後ろの席に乗せて、偉そうに出せって指示をする。

 どうせこの車もホンダなんやろ? そんな事が頭の中に浮かんだ。

 ミランダもついてくる。隣りで、オレの体をごそごそ触る。耳の後ろを触って、ありましたってランボルギーニに言うた。そして、どこからどう見てもスタンガンな黒いやつを近寄せてきた。

「オレに仕事させたいんやないの? そんなんしたら動かれへんようになんで」

 どうにかそうひねり出したけど、誰も返事せんかった。

 次の瞬間、ビリビリした。もうホンマに全く動かれへんようになった。全身ズキズキして、変な声を出してたと思う。泣いてる場合やないのに、涙が出てくる。

 足に何かをつけられて、両手を前で縛られた。昔つけられてた足枷とはちょっと違う。黒じゃなくて赤い。でもよく似てる。プラスチックで出来てるみたいやけど、多分機械が内蔵されてるんちゃうかな。仕組みは多分一緒やと思う。

 俺は動かれへんまま、車内を見てるだけ。

 隣りにいるミランダは、真面目な顔をして座ってる。ランボルギーニはいつも通りふんぞり返ってて、他にも何人か乗ってるみたいやった。

「出来ました」

 ミランダはランボルギーニにそう言うと、楽しそうに笑った。

「今回は助かったよ」

 ランボルギーニはミランダに向かって言うた。感謝してるなんて言うてるけど、意味が分からんかった。

「そうそう。誰かがオスカーの知り合いみたいですよ」

「もう関係ないからいいだろう」

「ではこのまま使いますね」

 一体何に使うっていうん?

 意味が分からんかった。

 ミランダは上から順番にオレの体を触って、持ってたiPhoneからヘッドセット、眼鏡なんかも取り上げた。お気に入りのベイビーGも取られて、それを窓からぽいっと捨てる。ホンマに全部。何もかも。

 ジェームスの名前が彫ってあるドッグタグを取り上げられそうになった時、それだけはやめてって泣いた。

「やめて、それだけは嫌や」

 ミランダは不思議そうな顔をすると、タグをじっと観察した。ただ、ジェームスの名前が彫ってあるだけ。ゴムの黒いカバーがついてるやつ。ヴィヴィアンに貰った大事な物や。知らん人が見たら、ちょっとひしゃげてるだけの普通のタグやと思う。

 ミランダはまあいいかと言うと、首から外さんとそのままにしてくれた。ホッとしてたら、それを見て何故か笑った。

「そんなに支部長が好きなん?」

「当たり前やんか」

「仲良いんやな」

 ミランダはそれだけ言うと興味なさそうに窓の外を眺めた。

 車は長い間、走ってた。

 外を見る余裕なんかなかったから、今ここがどこなんか、オレにはさっぱり分からへん。なんか仕事をさせたいんやったら、きっとなにかしらの端末を触らせる筈やから、それまでは現在地なんか分からへんと思う。

 止まった場所は、薄暗くてなんか汚いところやった。

 冷たい風が吹いてる。鉄製のコンテナがたくさん並んでて、そのうちの一つの青っぽいやつの中に引きずり込まれた。中は暖房がついてて、暖かい。白い壁と床だけで、なんもなかった。

 ランボルギーニはそのままどっかに消えて、ミランダと二人になった。外には誰かが立ってるみたいやけど、中には二人っきり。外から鍵を掛けられたような音がした。

「座ってて。どうせしばらくこの中やから」

 ミランダはそう言うと、壁にもたれて座った。

 暴れて騒いでも、このままじゃどうにもなれへんやろ。暴れたって殴られるくらいでいい事なさそう。今は大人しく従った方が安全やないかな。

 オレはミランダから離れたところに座ると、きょろきょろ辺りを見回した。

 なんもない。パソコンどころか、携帯電話とかもない。ミランダかて、多分なんも持ってない。だってあのガレージを出た時から、なんか受け取ったりしてなかった。

 窓がないのはいつもの事やけど、なんかめちゃくちゃ息が詰まる。ここ、支部の仮眠室より広いと思うんやけどな。なんにもないから広く感じるだけかな。

「いつまでここにおんの?」

 オレはミランダに尋ねた。

「さあ。うちは詳しく聞いてないから」

 ミランダはそう答えた。

「これはポルトの命令なん?」

「さあ」

 はぐらかされてるんかとも思ったけど、ミランダは真面目な顔をして座ってるだけ。マジでなんも知らんのかもしれへん。でも工作員っていうのは嘘つきやからな。嘘が下手すぎるルノを省くと、みんな空気みたいに嘘を吐く。信用出来ひん。

 でもこのまま黙って座ってんのは嫌や。

 しかも何時間そうしてろって言うん? こんな状態で二人っきりとか嫌すぎる。

 このまま何か聞いてみよう。少しでも情報が手に入った方がいいに決まってる。黙って泣いてるよりよっぽどいい。それに向こうはオレの事を泣く事しか出来ひん奴やと思ってる筈。

「ここはどこなん?」

 とりあえずオレはそう尋ねた。

「知らん」

「ミランダはわざと捕まったん?」

「さあ」

 うーん。無意味な気がしてきた。

 何を聞いても真面目に答えてくれへんのちゃうやろか。でも黙ってこんな狭いところに閉じ込められてたくない。ちょっとでも何かしてた方がマシ。

「なんでルノにあんな事したん?」

「任務やからな」

 ミランダはそう呟いた。それからこっちを見る。めちゃくちゃ不思議そうな顔をしてた。

「あの子の事、そんなに気になるん?」

「親友やもん」

「ただの不良やんか」

「不良でも関係ない」

 オレがそう言うと、ミランダは立ち上がった。そのまま歩いて近寄ってくると、オレの前にしゃがみこむ。

「あの子な、可哀想な子なん知ってるか?」

「ルノが?」

 ミランダはそのまま、オレの横に座った。

「ジジが障がい者やって聞いた?」

「薬飲んでるとは聞いた」

「生まれつきの注意欠陥があって、絵以外には集中出来ひんらしい。それやのに親が帰ってけぇへんから、ルノが全部面倒見てたんやって」

 ミランダはそう言うと、少し不思議そうな顔をした。

「おまけに年の離れた妹の世話もして。知らんかったん?」

 ジジが変な薬を飲んでるっていうのは知ってるけど、そこまで酷いようには見えへんかった。だって普通にしてるもん。仕事もちゃんと出来てるし、おかしくは見えへんかった。確かにすぐルノと喧嘩するなとは思ってたけど、それだけ。

 それが可哀想っていうのは違う気がする。

「うちが飲ませて話を聞いた時、とんでもない不良にしては素直やと思ったよ。家族の話の時、泣いてたもんな」

 なんかちょっと懐かしそうな顔をして、ミランダは言うた。きっとこの話は嘘やないんちゃうかな。真面目な顔をしてこっちを見てたから。

「面倒見たくないんやったら、自分の事は産まんといてほしかったって、泣いてた」

「ルノが?」

「へべれけやったから本人は覚えてないやろけど、よっぽど嫌やったんちゃうかな」

 ミランダはちょっと悲しそうな顔をした。

 ルノがそんな事を言うやろか。ミランダの話が全部嘘の可能性かてあるけど、わざわざルノの話で嘘をつくか? 理由が思いつかへん。わざわざそんな事したって、何の得にもならへんと思うんやけど。

 でもあのルノが、産まんといてほしかったなんて言うかな? 自分に自信もあるみたいやったし、それなりに楽しそうに生きてると思う。せやのに、生まれてきたくなかったなんて、思うか?

 オレかて嫌な人生やったと思うけど、生まれてきたくなかったって、そう思った事だけはない。パソコンがあったし、ジェームスもヴィヴィアンもおった。ランボルギーニは嫌いやったけど、それなりに恵まれてたと思ってる。

 オレよりずっと楽しそうに生きてんのに、あのルノがそんな事を考えるやろか。

「なんでオレにそんな事、話すん?」

「思い出したからなんとなく」

 ミランダはそう言うと、退屈そうに天井を見上げた。

「ダンテはなんでケイティさんの事、嫌なん?」

「産んだだけやんか。むしろいいところあんの?」

「好きで捨ててった訳やないんやで」

「それでも捨てた事には変わりない」

 ミランダは確かにそうかと呟くと、オレの方を見た。

「うちは仕事やから、仲良くしてくれたらって思うけど、ダンテの自由やからな。好きにしたらええんちゃうかな」

 なんかよぅ分からん。

 オレの好きにしていいって言ってくれてるみたいやけど、オレにあの人と仲良くしてほしいんかな。する気、一切ないけど。何がそんなにいいんか分からへん。

「うちはケイティさんに頼まれたらなんでもするけど、それは自分の勝手やもんな」

「なんでも?」

「そうや。わざと捕まったりな」

 じゃあやっぱり、ポルトの話もどこまでホンマなんか怪しい。

 だってわざと捕まって、殴られてたって事やろ? 痛いだけやのに。意味分からへん。ケイティに頼まれたから、わざわざ捕まったって事やん。

 あんな人に頼まれたからって、拷問されるって分かってて捕まるような真似する? 痛いだけやん。実際、今も顔が腫れてパンパンやし、殴られてる間も痛かったと思う。なんかいい事があったとは思えへん。

 オレにはさっぱり分からへん。

 頼まれたって、オレは殴られたくないもん。そんな任務、誰もオレにお願いせぇへんやろけど。


 がちゃんって鍵の開く音がした。

 一瞬意識が飛んでたみたいで飛び起きた。よく考えたら徹夜してるし、殴られたりしてフラフラやった。急に何もすんなって言われたら、そりゃ意識がぶっ飛んでもおかしくはない。

 でもオレ、よりによってミランダにもたれて寝てたらしい。いつもの癖でルノやと思い込んでた。寂しいやろと思って、くっつきに行ってもた。隣りで当たり前みたいな顔して座ってるけど、ミランダは大して反応してない。

 ドアを開けてこっちを見てたのは、特殊部隊みたいな黒づくめの人達。顔が隠れてるからよぅ分からん。でも全員男なんかもしれへん。背が高かった。

 でもそれとは別の茶色い服を着た女の人が、こっちを見て笑ってた。一人だけ小さくて、いかにも女の人ですって感じの服を着てる。

「ケイティさん」

 ミランダが嬉しそうに言うた。

 ぞっとして、オレは後退る。

 会うやろなとは思ってたけど、まさかもう出てくるとは思わんかった。この人、相変わらずって感じがする。

 ケイティはコンテナの中に入ってくると、まずミランダにありがとうって言うた。立ち上がってニコニコ笑ったミランダの顔に触ると、休んでって優しく言うた。

 それからオレを見る。

「煖」

 鳥肌が立つ。気持ち悪くて仕方がなかった。オレの事、利用するため以外には必要ないくせに。よく笑えるなって、そう思った。

 でもチャンスかもしれへん。この人の事、利用出来るかもしれんやん。上手くやれたらオレ、ここから逃げられるかもしれへん。

 だから出来るだけ笑った。

「お母さん」

 ゲロ吐きそうなほど嫌やったけど、オレはあえてそう呼んだ。そう呼んで笑う。

「会いたかった」

 嘘ついてんの、バレバレやとは思う。だって、オレは工作員やないもん。そりゃルノよりは嘘つけると思う。でもヴィヴィアンみたいに笑われへん。練習した訳でもないから。

 でも効果はあったらしい。

 ケイティは嬉しそうに笑って、オレの事を抱きしめた。思ったよりずっと小さい人で、オレの事を煖って呼ぶ。気持ち悪くて嫌やったけど、オレはその背中に手を回した。

「乱暴してごめんなさい。でもあなたの体にGPSを埋め込んだって、ランボルギーニが言ってたから」

 やっぱりあのおっさん、そんな事しとったんやな。おかしいと思った。なんも持ってない筈やのに、オレの位置情報がバレてたりしたのはそのせいや。

 ミランダは耳の後ろを触ってたけど、あんなところになんか埋め込んだって事? 全然覚えがない。だからわざわざ壊そうとして、オレにスタンガンを使ったんや。

「ずっと会いたかったわ。顔を見せて」

 ケイティはオレの顔を両手で挟むと、めちゃくちゃ顔を近寄せてきた。キモイけど、必死で隠してニコニコ笑う。それを見て、ケイティはますます嬉しそうな顔をした。

「大きくなったわね。元気そうでよかった」

 何がや。今更母親ぶって何がしたいねん?

 腹が立って仕方がない。

 産んでくれた事には感謝する。だってそうじゃなかったらオレ、ジェームスとヴィヴィアンの息子になられへんかったもん。それにルノとだって会えた。でもそれもこれも、オレを捨てて、アランとクラリスを殺したからや。全部この人がやった事のせい。

 有能やって分かったら、奪ってきて利用しようって、ホンマに最低やとしか思えへん。

 でもオレはニコニコ笑い続けた。

 諦めるつもりはない。

 ジェームスは絶対に助けに来てくれる。ヴィヴィアンもや。オレは二人の事を信じてる。だから出来る事はなんでもやろう。オレに出来るのは、理想の息子を演じる事だけ。その間だけはどんな事でも我慢しよう。

「帰りましょう。もう大丈夫よ」

 ケイティはそう笑うと、オレを立たせた。手を引っ張って、コンテナから出る。何時なんか知らんけど、日が照ってて眩しかった。オレは思わず目をつぶると、うっすら目を開けてついて行った。

 少し歩いたら海やった。位置的に大阪湾やと思う。そこに泊ってる、明らかに他と違う船に向かって行く。

 映画とかに出てくるようなクルーザーってやつやと思う。周りのコンテナを載せるような船とは全然違って目立ってた。どう見ても、お金持ちが持ってるような船なんやもん。

 ミランダはすでに乗ってて、海を見ながら気持ちよさそうにしてる。他にも何人か乗ってるみたい。でも他は横に泊ってたもっと小さい船に乗り込んでいった。

 船に乗った事なんかないから、ちょっと揺れてる橋をどうにか渡る。後ろからケイティが乗ってきた。

 風が冷たくて風邪をひきそう。オレ、パーカーの下はただのティーシャツやから寒い。支部の周りじゃここまで寒いと思わんかったけど、今は凍えて死にそうなくらい寒い。

 当然やけど、泳いだのなんて十年以上前やから覚えてない。運動音痴のオレが服のまま泳げる筈ないから、このままじゃ自力で逃げるのは無理や。

 結構大きい船の中を歩いて、地下になるんかな? 下の階に降りて、支部の仮眠室よりずっと狭い部屋に案内された。息が詰まりそうやったけど、窓があって外がよく見えたからそこまで酷くない。

 小さいベッドが一つと椅子があるだけ。他に何もない。ベッドに座ると、ケイティが手首の縄を解いた。そして椅子に座って、にっこり笑う。

「寒くないかしら。お腹はすいてる?」

 オレは首を横に振ると、外を見た。

 動き出したらしい。揺れてる。

 これが船酔いかな。なんか変な感じ。ちょっと気持ち悪い。

 こんなに揺れてるけど、大丈夫なんかな。この船、沈んだりせぇへん? タイタニックみたいになったら、オレはどうしたらええん?

「顔色が悪いわよ」

「船、初めて乗ったから」

 オレはそう答えると、目の前の人を見た。

「この船、どこに向かってんの?」

「フランスよ」

 ちょっと何を言ってるんかなと思った。日本語が通じひん人なんかなって思うくらい。

 だってこんな小さい船で日本からフランスに行ける筈ないやん。何日かかるんよ。そんなん絶対無理やろ。それに俺、パスポート持ってへんで。

 呆然としてたら、ケイティは笑った。

「大丈夫。もっと大きい船と合流するの。二、三日の間だけよ」

 って事は、この船って日本の近くしか走らへんのちゃうかな。詳しくないけど、遠いところに行こうと思ったら、もっと大きい船じゃないと食べ物とか水を満足に積まれへん筈。

 つまり合流するまでの間にジェームスが来んかったら、逃げられる確率が下がるって事やろ。まあ絶対来ると思うけど、まさか船を使うとは思ってないかもしれへん。どうにかして連絡せんなあかん。

 でも船の上って、どうやってネットするん? 衛星電話って聞いた事あるけど、それって専用の電話って事ちゃうん? 普通の携帯やったらすぐに電話出来ひんようになる筈。どうしたらええんやろ。

「退屈だろうけど、のんびりして」

 ケイティはそう笑うと立ち上がった。

「待って。部屋に鍵、掛けるん?」

「ミランダに聞いてるわ。あなた、閉所恐怖症なんでしょう?」

「知ってるんやったら、あけといて」

「分かった。でももう少しの間だけ我慢して頂戴」

 それだけ言うと、ケイティは部屋を出た。かちゃんって、鍵の掛かる音が聞こえる。陸が遠くなるまでは、オレを閉じ込めておきたいみたい。オレ、泳がれへんのに。

 大体、閉所恐怖症って分かってるんやったら、鍵を掛けんと見張らへん? 自分の手下かていっぱいいてる筈やのに、そうせんのは面倒やからやろ。やっぱりこの人最低や。ホンマに大事な相手やったら、こんな事せぇへん。

 オレはベッドに横になると、布団をかぶった。

 全然大丈夫やないけど、首につるしたドッグタグを握った。確かに今、オレは一人かもしれへんけど、ジェームスだけは絶対にオレを見捨てたりせぇへんって知ってる。きっと今頃探してる筈や。だから怖くない。

 ランボルギーニが部屋に閉じ込めてきた時も、オレはこうやって寝てた。全然来ぉへん朝を待って、泣いてた。怖くて寂しくて、オレは毎晩泣いた。

 でも必ずジェームスが助けに来てくれた。

 出されへんかったとしても、隣りに寝て、いろんな話をしてくれた。お土産におもちゃを買ってきて、変な話をいっぱい聞かせてくれた。

 ジェームスは一緒にいてないけど、繋がってる気がする。ヴィヴィアンを守ってくれたように、今度はこのドッグタグがオレを守ってくれる筈。

 だから不思議とそこまで怖くなかった。

 深呼吸をして、まずは休もう。

 ほとんど寝れてないんやから、このままやったら頭がまともに働かへん。逃げるためにも、ちゃんと考えられるようにしやなあかん。

 目を閉じたら、すぐに眠くなってきた。

 大丈夫。きっと大丈夫。

 そしたらもう怖くなんかなかった。


 食事を運んできたのはミランダやった。

 着替えたらしい。ジムにいる時のヴィヴィアンみたいな、グレーのおしゃれな短パンとパーカーを着てて、髪の毛を高い位置でまとめてた。知らんかったけど、やっぱり凄い筋肉質な体をしてて、腹筋が割れてた。

 朝ご飯なんか昼ご飯なんか、ワンプレートに白いご飯と野菜が盛られてる。ルノのご飯を見慣れたからかもしれへんけど、そこまで美味しそうには見えへんかった。

 それを持ってきて、フォークと一緒にオレに差し出した。

 お腹すいてたし、変な薬を盛るとも思えへんかったから、オレはそれを食べる事にした。

 味は悪くないけど、やっぱりルノの作った名前の分からんフランス料理の方が美味しい。見た目もそうやけど、味も凄いんよ。また作ってくれへんかな。面倒くさがりそうやけど、それでもオレはルノのご飯が好きや。

「元気やん。てっきり泣いてるかと思ってんけど」

 ミランダは食べてるオレを見ながら言うた。

「窓があるからちゃうかな」

 適当な事を言いながら、オレは白いご飯を口に運んだ。

 ちょっとぱさぱさしてる気がするけど、きっと気のせい。もしくはルノがお鍋で炊いたお米が美味しすぎただけ。何食べても美味しかったもんな、ルノのご飯。

「ケイティさんと仲直りする事にしたん?」

「お母さんやからな」

 ミランダが何を考えてるんか、オレにはさっぱり分からんかったけど、こっちを窺ってるみたいや。出来るだけ本心を隠して、聞かれた事にだけ答えた。

 本心を悟られる訳にはいかん。

 上手に言うて、ここを自由に歩かせてもらわんなあかん。じゃなきゃ電話を探す事も、パソコンを触る事も出来ひん。ちょっとでも早くやらなあかんから、オレは必死やった。

 食べ終わったお皿を持って、オレはミランダを見た。

「水飲みたい。トイレも行きたい」

 ペットボトルを渡されても仕方ないって覚悟してたけど、ミランダはおいでってあっさり言うた。ドアを開けて手招きするから、ちょっとびっくりした。

 めちゃくちゃ狭い廊下に出ると、ミランダは真っ直ぐ奥の方に歩いて行った。三つ並んだ船室を横切って、曲がったところで立ち止まった。

 オレからお皿を預かると、突き当たりのドアを開けた。いかにも船の中にありますって感じのトイレを見せる。ありがたく中に入ると、ミランダはドアを閉めた。

 とりあえず、ズボンを下ろして便座に座ると、なんかないかって辺りを見回す。

 当然のようになんもなかったけど。トイレットペーパーが山積みになってる以外になんも見当たらんかった。あと掃除用の棒。他にはなんもない。

 ここでは仕方がないみたいやったから、オレは諦めた。すっきりしてから、ズボンを上げると服を整えた。そのままちょっとだけドアを開けて様子を窺う。

 ミランダが誰かと話してる。

 背がルノより高そうな感じの男の人で、やっぱり凄い装備をしてる。今からどこかに乗り込むような任務があるんかなって、言いたくなるようなカッコしてた。重そうな銃を持ってて、髪の毛を短く刈り込んでる。

 誰やろって思いながら、オレは話し声に耳をすませた。

「殴られすぎなんじゃないの?」

「仕事やったからな。しゃーない」

「せっかくの美人が台無しじゃん」

「それはどうも。フレッドこそ、死なんように気ぃつけや」

 ミランダはそう笑って、その男に手を振った。とっくに俺には気付いてたらしい。ドアを大きく開けられて、ドアにもたれてたオレは床に転がった。

「大丈夫か?」

 ミランダに見下ろされた。どうにか立ち上がると、さっきの男の人を見た。

 男の人はちょっと離れたところに立ってて、こっちを見ながら笑ってた。悪い事をしてるような感じの人じゃなくて、ルノやジジと同じ、いたって普通の人やと思った。それにしては凄い装備やけど。

 ミランダと一緒にその人の横を通り過ぎて、上の階に上がった。

 もう陸地は遠くて、ちょこんとしか見えてない。地図で見たら大阪湾って小さい筈やのに、めちゃくちゃ広いなって思った。海ってこういうものなんかもしれんけど、オレははじめてやから新鮮やった。

「こっち。風邪ひくで」

 ミランダに呼ばれて、オレは屋根のあるところに入った。

 そこそこ広くて、ソファーとかが置いてある部屋みたいなところやった。ケイティがそこに座って、いろんな人と会議っぽい話をしてた。小さいけど部屋の隅にはキッチンみたいなのがついてる。流しにオレの使ったお皿を置いたみたい。音が聞こえた。

 ミランダはそこの冷蔵庫から水の入った一リットルのペットボトルを出して、それをオレに渡した。ありがたくその場で水を飲む。

 ランボルギーニと話をしてるみたいやったけど、部屋にはいてない。どうやらテーブルの上のパソコンを使ってるらしい。多分、あれはネット回線に繋がってるって事みたい。

 オレはそのまま部屋の中を見回した。

 まるで映画に出てきそうな感じの豪華な船って感じ。おしゃれなソファーがあったりするけど、それだけ。電化製品って、多分冷蔵庫くらいしかない。でも流石に衛星電話がないと困る筈やから、絶対持ってると思うんよ。見当たらんって事はここやないんちゃうやろか。

 ミランダはケイティに一回お辞儀すると、そのまま部屋を出た。

 流石にもうちょっとおりたかったけど、あんまり変な事して目立ちたくなかった。だから大人しくミランダと一緒に外に出る

 めちゃくちゃ寒いけど、オレは陸地が恋しくて立ち止まった。ミランダは黙ってオレの様子を見てる。

「どうかした?」

「海って凄いなって思っただけ」

 ジェームス、オレがこんな船に乗ってるって気付いてくれるかな。こんな広いところから、オレの事を見つけられるかな。もうあんなに陸地が小さいのに。

「そのままじゃ風邪ひくから、部屋行こう」

 ミランダはオレにそう言うと、手を引っ張った。

「もうちょっと見てたい」

「この船に医者はいてへん。早く」

 ミランダはそうオレを急かすと、階段のところからオレを見てた。仕方がないから、オレはミランダを追いかけた。

「ケイティさんからどこでも好きに行っていいって聞いてる。でも風邪ひかんようにだけはして」

 歩きながらそう言われて、オレはミランダを見た。

「じゃあ上着ちょうだい」

「この船にはないから、合流するまで我慢して」

 真面目な顔をするミランダは、立ち止まるとオレを見下ろした。

「話し相手がいてへんかったら暇か?」

「パソコンあったら平気」

「ネットに繋がれへんのやったらあるけど、そんなん使うの?」

「使ってもええんやったら使いたい」

 オレがそう言うと、ミランダは分かったって、意外とあっさり返事をした。オレがそう返事するって分かってたんやと思う。

「部屋に持って行くから、大人しくしてて」

「ありがとう」

 ネット回線に繋がれへんからなんやって言うねん。オレにはそんなもん関係あれへんぞ。とんでもないオンボロ端末を渡されてもどうにかしたる。怖いもんなんぞあれへんからな。

 大人しく言われた通りにさっきの部屋に戻った。

 廊下の隅っこにはさっきの男の人が立ってて、優しそうな顔をしながらオレを見てた。ホンマに悪い人って感じはせぇへんから、雇われてるだけって事なんかな。カッコはともかく、めちゃくちゃ優しそうな顔してる。人を殺せるような感じはせぇへん。まあそんなんルノかて一緒か。

 いたって普通の顔をして、オレの事を見てた。

 オレは黙って部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろした。

 窓から見える景色はずっと海。陸地なんか見えへんかった。なんかそれがちょっとだけ怖い。ホンマに大丈夫なんかなって、心配になる。

 ミランダはすぐにパソコンを持ってきた。

 めちゃくちゃ古いって感じではないけど、いかにも使い倒されたように見える。塗装は剥げてるし、傷もある。でも十分使えそうやったから、ありがとうってお礼を言うて受け取った。

 パソコンを広げて電源を入れると、めちゃくちゃ懐かしいウィンドウズの旗のマークが画面に表示された。いつもはLinuxやもんなって思いながら、とりあえずパソコンを確認した。

 確かにこのままじゃネット回線には繋げそうにない。オフラインって出てるけど、多分使えるんちゃうかな。だって回線自体は拾えるみたいやったから。

 ちょっと考えた。このまま繋いだら流石にバレるんちゃうんかな。いくら詳しくないっていうても、回線を確認してる人がいてる筈やん。詳しくなかったとしても、いくつ繋がってるかくらいは確認出来るんちゃうんかな。少なくともオレは確認すると思う。

 確かにそれを誤魔化す方法かてある。なんとなくしか覚えてないけど、今も使える筈。

 最悪、自分でそういうプログラムを組んでしまえばいい。問題はこの端末でどこまで開発出来るんかやけど。ぶっちゃけ自信はない。開発環境も整ってないんやもん。それに時間もない。

 バレるの覚悟で、ジェームスやヴィヴィアンにメールを送るっていう手もある。最悪、ルノでもいい。ゆりちゃんのメアドは忘れたけど、ルノのはかろうじて覚えてる。

 何人かに送ったら、流石に誰か一人くらい気付いてくれるんちゃうかな。きっと探してくれてると思うし。

 でもメールを送ったとして、バレたらどんな目に遭うやろか。きっと殴られるだけじゃ済まへんやろ。ミランダが人差し指を失くしたくなかったように、オレは手を失くしたくない。手が使われへんようになったら、きっと絶望すると思う。足をぶった切られたとしても、平気やと思う。どうせ運動せぇへんし。でも手だけは嫌や。どうしても手だけは困る。キーボードが自由に触られへんようになったら、オレはきっと絶望して死のうとするんちゃかな。

 とはいえ、オレを利用したい筈のランボルギーニが、そんな事を許すとも思えへんねん。だって手がなかったら、オレに働けなんて言われへんやろ。足ならともかく、腕だけはない気がする。

 賭けは好きやないけど、やってみる価値はある。

 オレは思い切って、ネット回線に繋いだ。WEPキーは適当にプログラムを組んで総当たりにする。そしたら割と簡単に繋ぐ事が出来た。繋がれへんと思ってるんやろけど、オレにパソコンを渡したミランダが悪い。

 とりあえず適当なメールアカウントを作って、思い出せる限り全員のメアドにメールを送った。

「ドゥシャン・ポポヴ。ミランダとケイティが一緒にいる。船にいて、フランスに向かってる。助けて」

 バレる前に送信するために、とりあえずそれだけ送った。船にいるって事だけでも伝えとかんなあかんと思ってん。とにかく早くせんなバレてまうやん。ちょっとでも情報は多い方がいい。

 それから現在地を探すと、その座標を同じようにメールに添付して送った。

 座標はゆっくり動いてて、なんとなくフィリピンの方に向かってる事しか分からへんかった。流石にそんなところまでは行かへんと思うけど、どっかいい感じのところで大きい船と合流するんやと思う。船や港には詳しくないから分からへんけど、きっと大きい港に行くんちゃうやろか。

 そのまま様子を伺ってたら、ヴィヴィアンからすぐに返事が来た。

「大丈夫か? 近くに誰かいてる?」

 オレはそれにすぐ返事を送った。

「誰もいてへん。ときどきミランダが来る」

 流石ヴィヴィアン、返事が早い。

「何があった?」

「ミランダに話を聞きに行ったら殴られた。どっかの港でコンテナに閉じ込められて、しばらくしたらケイティが来た。それから船に乗せられて、今、海の上」

 ジェームスは今頃キレてるんやろな。

 見張りの元工作員は何をやってたんやって。気の毒になるほど怒られてるんちゃうかな。ヴィヴィアンにもキレてるかもしれへん。ジェームスはキレたら怖いからな。何を怒鳴るか分かったもんじゃない。

 きっと死ぬほど心配してるヴィヴィアンに、自分が無事って事だけは伝えよう。

「スタンガン使われたけど、今はもう大丈夫。ケガしてない。でもこのままどこかで別の船と合流するって聞いてる」

 メールを打ってたら、凄いヴィヴィアンに会いたくなった。しがみついて、思いっきり甘えたい。今すぐ会いたいって送りたいけど、そんな事より大事な情報がある。

「途中でランボルギーニを見た。それにミランダが捕まったのはわざとや」

 そこまで打ったところで、ミランダが部屋に入ってきた。

 とにかくそれだけ送信すると、オレはパソコンをちょっと閉じてドアの方を見た。

「どうかしたん?」

「それ、ちょっと見せて」

 よく見たら、ケイティが一緒にいる。

 送信済みやから見られたって何も怖くない。でも何をしてたかはバレたくない。とっさにブラウザを閉じると、パソコンを二人に渡した。

「何?」

 ミランダは不思議そうにパソコンを覗き込むと、ケイティに言った。

「ネットに繋がってます。だからやめた方がいいって言ったじゃないですか」

「でもここじゃネットは繋がらないんじゃないの?」

 ケイティって、どうやらあんまりパソコンが使えへんらしい。インターネットがどういう仕組みで動いてるのか、知らんかったら仕方がない。詳しかったらオレにパソコンを渡そうとは思わへんやろ。でもそのおかげで助かった。

 ヴィヴィアンにメールを送れた事には感謝しかない。

 ミランダはケイティにパソコンを渡すと、オレを見た。

「何をしたん?」

「大した事は何も」

 嘘じゃない。ちょっとネットに繋いでメールを送っただけ。何もおかしな事はしてない。

 でもミランダは真剣な顔をしてて、オレの隣りに腰を下ろした。意味が分かってなさそうなケイティは、パソコンを持ったままこっちを見てる。

「ケイティさんはホンマにダンテの事を迎えに来ただけなんやで?」

 よく分からんまま、オレはミランダを見つめた。

 だって、迎えに来たって言われても、オレは来てほしくなんかなかってんもん。オレはスタートリガー社で楽しくやってたんや。ジェームスとヴィヴィアンがおって、幸せやったんや。それを邪魔したこの人に、感謝せぇとでも言うん?

 どう返事していいか悩んでたら、ミランダはオレの事を覗き込んできた。

「母親なんやで? 迎えに来てくれたんやで?」

 意味が分からん。

 顔は確かに似てると思う。背も低いからきっと体格も似てるんやと思う。でもこの人が母親って言われても実感はあれへんねんもん。

 どんなに考えても、オレの母親はヴィヴィアンや。

 そりゃヴィヴィアンってお母さんって年齢ちゃうけど、オレの事をホンマに大事してくれてる。怒ったら怖いけど、それでもあかん時はあかんって言うてくれる。オレの大事な家族や。

 今更母親ですって言われたところで、オレにはどうしたってこの人を母親と思われへん。ホンマに大事で愛してるっていうんなら、息子の幸せを尊重すべきやないん? ヴィヴィアンに譲れとまでは言わんけど、息子の自由にさせるべきやないんか?

 それやのにミランダは真剣な顔をしてて、オレの肩を掴むと揺さ振った。

「ダンテは会いたくなかったん? ケイティさんはホンマに会いたがっててんで」

「そんな事を言われても」

 オレは迷った。

 理想の息子やったらどう言うやろ? 会いたかったって口で言うのは簡単やけど、それ以外にどうすれば信用してもらえるんよ。オレには息子や娘がいる訳じゃないから、どうしたら嬉しいかなんて分からへんよ。

 パソコンでちょっとメールを送っただけでミランダはこの有様。多分、ミランダにはオレが喜んでなんかないってバレてる。

 そんなん喜べって方が無理あると思う。オレの平穏を邪魔してる女に会ったからって、どうやったら喜べるん? そんな無茶苦茶な話あるか?

 目の前でちょっと悲しそうな顔をしたケイティを見て、オレは考えた。

 ケイティやったら難しいけど、これがジェームスやったら簡単や。ずっと会いたかったって言われたら、オレもって答えてしがみつく。そばにおってってお願いして、いろんな話をする筈。普通の人やったらパソコンがあったら何をする? ハッキングなんかじゃなくて、普通の事。流石に、にちゃんねるではないと思う。

 ヴィヴィアンが昔、教えてくれた。嘘つく時は目を見て言えって。あの時はジェームスやったからバレてもどうって事なかったけど、相手はケイティや。それにミランダも見てる。工作員が見てるんやから、あんまり下手な嘘をつくべきやない。

「友達のフェイスブックを確認したかっただけやねん」

 とっさにそう言うと、オレは顔を上げた。

 ミランダはちょっと不思議そうな顔をする。オレがアカウントを持ってるとは思ってなかったんやろ。だってランボルギーニに禁止されてたし、別に何かしたい訳でもなかったし。

 でもルノに言われて登録したアカウントがある。

 相変わらず顔の写真なんか載せてないけど、ときどきプリンの画像を上げてる。それからゆりちゃんとルノの写真を見たりしてる。最近やとジャメルさんとも友達になった。ルノはときどきフランス語で日記を書いてるけど、ゆりちゃんはスケボーで行ったところの写真を上げてる。ジャメルさんは毎回、食べた物の写真を上げたりしてた。

 オレは日記なんて書かへんから、プリン食べたってそればっかりやけど。パソコンでやる普通の事ってそれしか思いつかんかった。

 とりあえずごまかしにはなるかと思って、オレはそう言うてん。

 ミランダはハッカーやない。パソコンにそこまで詳しくない筈やから、SNSがいかに危ないかを知ってる訳じゃないやろ。写真から簡単に身元がバレるとか、交友関係から誰かが分かるとか、そういうのん知ってる訳やない。実際、SNSかて正しく使えば何の問題もない。

「友達って?」

 ミランダに聞かれたから、ルノって答えた。

 実際、他に友達って言うたらゆりちゃんとジャメルさんしかいてへんし。

 ミランダはちょっと怪しんでるみたいやったけど、ケイティはそれで十分やったみたい。そうなのって不思議そうにこっちを見てるだけやった。

「オレ、船に乗ったん初めてやから、書こうと思ってん。あかんかったんやったらごめんなさい」

 出来るだけ申し訳なさそうな顔をして、ミランダを見た。

 目を真っ直ぐ見つめて、落ち着けって言い聞かせる。ヴィヴィアンみたいに嘘はつかへんかったとしても、ちょっとの間でもバレんかったらええねん。例えあとでボコボコにされるとしても、今は時間を稼ぎたかった。

「お母さんと話したかったけど、忙しいみたいやったから」

 オレはそう言うと、目の前のケイティを見つめた。

 正直キモイ。でもこの人はケイティじゃなくてヴィヴィアンやと思い込もうとした。ヴィヴィアンにやるのと同じようにするんやって、自分に言い聞かせる。

 ケイティはそれを聞いたら嬉しそうに笑った。

 よし、いい感じや。

 オレは立ち上がるとケイティのところまで行った。

「今までどこにおって何をしてたん? オレ、お母さんの話が聞きたい」

 ミランダにはバレてるみたいやったけど、ケイティには効果的やったみたい。パソコンを返してくれると、にこにこ笑ってオレの隣りに腰を下ろした。このまま少しでも情報を引き出そう。今のオレに出来るのはそれだけやから。

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