第7話 【侍女レティア視点】沈黙の朝

――


あの日の朝、王宮の食堂は静かだった。

ただ静かすぎた。まるで、誰かが呼吸を止めているような、張りつめた空気が漂っていた。


レティア・ブリュンヒルドは、下座の柱陰に立ち、無言で朝食の進行を見守っていた。

本来ならば、第七王子――ユウリ様の食器を整えるのは彼女の役目だった。


だが今は違う。

彼の母である“カグヤ妃”が殺されて以降、彼女はユウリ様から遠ざけられた。


直接命じられたわけではない。ただ――「空気を読む」だけでよかった。

関われば、自分の家も潰される。

王妃派の目は、常に監視の意味で光っていた。


だから彼女は沈黙した。ユウリ様の寝室を訪れることも、傷の手当てをすることもなくなった。


(……私が、見捨てたんだ)


それでも、毎朝見に来てしまう。

王族たちが席につき、料理が運ばれる様子を、壁の陰から息を殺して見ていた。


そして、その“事件”は起きた。


ユウリ様が、自らの皿のスープを口に運んだ――その瞬間。


顔が苦痛に歪み、肩を震わせ、息が詰まったように見えた。


(っ……!)


喉元まで声が出かかった。

けれど彼女は動けなかった。動けば、今度は自分が“処分”される。

それでも目をそらすことだけはできず、ただ、祈るように見つめていた。


すると、服の中に隠れていた小さな獣――

いや、“幻獣”が、彼に光を注いだ。


白銀の尾がユウリ様を包み、その苦しみを鎮めた。


やがて、彼は椅子に静かに座り直し、何事もなかったように冷たい目を食堂に向けていた。


誰も言葉を発しない。毒を仕込んだ一部の者を除いて、誰も驚かない。きわめて日常の風景。


(あり得ないッ!間違いなく毒が仕込まれていた。毒を耐えたことは耐性スキルか何かを持っていたのだろうと推測できるが、生まれて数年の子どもが毒を飲んだ後に、何事もなく振る舞うなんて、およそ到底考えられない…ま…まさか、あの方は…%#¥€$,.... なのでは…)


レティアの視界が歪んだ。


かつて、二歳のユウリ様に温かいミルクを飲ませていた手が、今は震えている。

あの頃、カグヤ様に頼まれて、よく読み聞かせをした。

病弱だったカグヤ様に代わり、彼を抱いて、あやして、笑わせた。


――あの笑顔は、もう二度と戻らない。


(それでも……まだ、生きている。誰にも助けられず、それでも、ひとりで生きてる……)


彼女は柱の陰で、胸元を掴んだ。


それは、負い目と深い後悔だった。

そして同時に、彼が今も生き延び、誰よりも強くなっているという畏敬でもあった。


(許されるなら、もう一度……)


だがその願いが叶うことはない。

彼はすでに“保護されるべき幼子”ではなく、“敵だらけの戦場を生き抜く者”になってしまったのだから。

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