マッピング
兀兀翳
第1話 大阪とある書店にて
やたら背の高い本棚に囲まれた空間で、手洗いからこちらの机に戻ってくる青年が言った。
「私は久方振りに左巻きにグルグル巻いたセピア色のソーセージを産み堕としたよ」
「あぁ…船場、悪いが何を言いたいか分からん」
「そうか、卿は夢見るシャンソン人形だものな」
「は?」
ーーーーーー
大阪の梅田にあるルクア大阪という高層かつ複雑なビル内の9階にあたる施設のひとつに、書店とカフェが一体となった蔦屋書店がある。この書店の特徴として、ただ本を売る書店では無く落ち着いた場所でカフェを片手に優雅に読書ができる空間がある。今やインターネットの時代。わざわざ紙の本で無くとも電子で気軽に読むことの出来る時代。利用者が減り潰れていく書店が多く、そう遠くないうちに書店自体消滅するのではないかと危惧されているなか、蔦屋書店は好調である。何故ならこの書店はまた行きたくなるにはどうすべきかを考え、工夫を重ね魅力づくりに努めてきたからだ。その末できたのがカフェと併設した書店である。だが魅力はそこだけでは無い。インテリア、間接照明による空間デザインの拘り、各種の物販や様々なサービス提供を組みあわせた体験型のプラットフォーム、膨大な数の書籍など枚挙に暇がないので以上で言葉を断つ。
そんな蔦屋書店のカフェで
はっきり言ってやろう。こいつは賢いが基本アホだ。
くだらない事をしている船場にいらいらしてきた。
「おまえ、なにしにきた?」
「卿との戯れにきたが、なにかだめか?」
「いや、頭いいんだから俺に勉強教えてくれよ」
船場はポケットからスマホを取り出してなにかの診断テストを見せながら答える。
「先刻深層心理テストをしてその結果、どうやら私の脳内はHの事しか考えていないようだが、これでも頭がいいか?」
「しばくぞ!」
「私はネコで卿がタチという事か。どうやら破廉恥なのは卿みたいだな」
「は?」
殴りたくなる衝動を抑え、呼吸を整える。机にある俺のホットミルクは熱々だ。
「敢えてずっっっと無視してきたんだが、我慢の限界だ。教えてくれ」
「何を教えるんだ?」
「俺の名前は上祐怜央だ。卿って名前じゃねえ。というか会話するヤツ全員に卿って呼んでるよな。何故だ」
「君やあなたと同じ二人称にあたり、深い敬意を込めて呼ぶ語が卿であり、私は出逢った人全てを尊敬しているからそう呼んでいるのだ」
こいつ…納得しちまったじゃねえか。
「あぁ…なるほどな。あぁ…」
「卿は理解しようと努めている時と反論の余地があるか探す時にあぁ…と言う特徴があるな」
「バレてんのかよ」
「誰でもわかることだ」
「初耳だよ畜生こんな世界クソ喰らえだ」
「クソ喰らえという言い方は大変汚いな。ここは飲食を伴う場だ。丁寧に言うか迂遠に表現したまえ」
「電波な発言と正論しか言えねえのかおまえは…うんこ召し上がれですわ」
船場が大笑いした。意外とこういう下ネタが好きなのが不思議でもあり魅力でもあるのが彼の良さだ。
ホットミルクはさっきより冷えていたが、ちょうどいい熱さで美味しかった。
マッピング 兀兀翳 @mizimezimezimesignifier
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