デイリー・オカレンス・イン・ザ・ダーク・ワールド

デイリー・オカレンス・イン・ザ・ダーク・ワールド  前編

 暗く深いデミ・カシの森の中。人里離れたこの土地に一軒の山小屋がある。旅人は山越えの際、その小屋を使用したものだが、今や、近付く旅人はいない。なぜなら、その小屋はここ数ヶ月の間にがらりと様相を変えたからだ。


 その小屋は古臭さを感じるものの、よく手入れされていた。訪れた旅人達が、来た時よりも美しくの精神で、綺麗に設備を使用したためであろう。だが今は、廃墟そのもの。いや、それより酷い有様である。


 かつてはピカピカに磨かれていた窓ガラスには、ヒビが入っている。その上、赤黒いしぶきが付着している。ヒビが入った窓の隙間からは悪臭が漂い、その匂いに引きつられているのか、屋根の上にはいつもデミ・カラスの大群が止まり、ゲーゲーとやかましく鳴く。


 匂いにつられてやってくるのはデミ・カラスだけではない。暗黒物質天蓋に覆われた低い上空で円を描いて滑空するデミ・ハゲワシも小屋が放つ死の悪臭につられてやってきた凶鳥の一種だ。しかし、山小屋からなぜそんなにも、強烈な死の匂いがするのか? その答えは、一部屋しかない小屋の中にある。


 なんと、部屋の中の四方の壁際には肉塊が積み上げられているのだ。それらは全て、元々人間だった物だ。すなわち、死体の山。冒涜的肉塊。それが、悪臭の原因である。


 死の小屋と化した山小屋。血と肉塊で赤黒く染まった部屋の中に、この時一人の男がとらわれていた。


 彼は部屋の真ん中に置かれた椅子にしばりつけられていた。その上目隠しもさせられ、猿轡も噛ませられている。男の足元には先端が赤く染まったペンチが打ち捨てられていた。その近くには血で赤く染まった歯が転がっていた。


 地面に転がる歯は六本。そのうちの一本は男の足元に広がる黄色かかった水たまりに浸っている。男は失禁していたのだ。しかし、男は拷問を受けたのだから責めることはできない。


 可哀そうな彼は今この時においてはひたすらに静かだった。死んだようにうなだれている。

 その、静寂を破る声が暗黒の世界に響き渡る。


「「「ジュウロクジー! ジュウロクジー!」」」


 暗黒物質天蓋下に浮かぶ無数の偽の太陽にして、この世界の光源、デミ・太陽達。彼らは一時間に一度、現在時刻を叫ぶ。小屋の壁越しに響くデミ・太陽のくぐもった時報が聞こえた瞬間、男は発狂し始めた。


「ンムーッ! ンムーッ!」


 男は何とかしてこの状況から逃れようと、もがき叫ぶ。だが、いくらもがこうと彼を縛る縄は解けない。代わりに、椅子が倒れた。男の頬に血液と尿が混じった液体があたり、ピシャリと音が鳴る。その直後、小屋の中に別の音が響いた。


 ぎぃぃ……。


 蝶番が軋む音だ。


 その音が鳴った方向は男の正面。すなわち入口のドアからだった。縛られた男はさらにくぐもった叫びをあげ、先ほどより激しくもがき始めた。なぜか。侵入者は恐ろしい魔人だということを男は知っていたからだ。


 魔人の名はニュー。ニューは男が縛られた椅子を片手で元に戻す。その後男の顔目掛けて刀と斧とナイフが飛来した。


 ニューの仕業には間違いないが、どうやったかは不明。だが、原理はどうであれ、男の両頬に、額に、赤い亀裂が走り、鮮血が飛び散る。男は痛みに耐えて黙った。そうしないと次の一撃が飛んでくることを彼は知っていたからだ。男が静かになったことを確認して、ニューは言った。


「休憩時間は十六時までの約束だった。そうだろう。なのになぜ、呑気に横たわって寝ている?」


 男は必死に呻いた。だが、猿轡がはめられたせいで言葉にならない。再度男に刃物が飛ぶ。今度は肩と足だ。邪悪な魔人ニューは傷をいたわったりしない。


「お前と違って俺は約束を忘れん。故に、待ち合わせ通り十六時にやってきた。約束だからだ。だから、お前も約束を守るんだ。情報を吐け!」


 縛られた男は必死に呻くが、猿轡をつけられているせいでなにを喋っているかは不明。


「教えてくれないのか。俺に四季の館の情報を。四季の館へと至る道を。夢の世界へ自由に入れる方法を! 約束なのにな。約束、守れん奴はお仕置だな」


 ニューは手に握ったマジカル・パワー・ステッキを静かに振り上げた。まるで、指揮棒のように。


 すると、オーケストラ奏者達が楽器を構えるかのように、小屋内に散らばる武器や凶器が浮かび上がる。ノコギリ、鞭、焼き鏝、彫刻刀、斧、刀、槍、エトセトラ。それらは椅子に縛られた男を囲い込む。

 おお! マジカル・パワー! 先ほどの男を傷つけた刃物攻撃はこれが原因か!


「俺がマジカル・パワー・ステッキを振るえば斬撃が一回お前を襲う。嫌なら情報を寄越せ」


 縛られた男はうめき声をあげるばかりだ。男は猿轡をはめられており、その上、目も布でふさがれている。そんな状態で彼が情報を喋ることなど不可能! ニューはそれがわからぬ馬鹿なのか?


 違う。そのことは彼の目元を見れば明確だ。彼の目元は愉悦で細くゆがんでいた。興奮を隠しきれぬ声色でニューは言う。


「へへ。へへへ! ならいくぞ。一発目だ!」


 ニューがタクトを振りあげようとしたその時だった!小屋に聞きなれぬ音が響いた。


 コンコンコンコン。


 その声はニューの背後、すなわち、玄関からだ。侵入者はマジカル・パワー・ステッキを下ろし、玄関の方へ向かう。


 宙に浮かぶ無数の刃物達は方向を変え、玄関を向いた。だが、そのことを扉の向こうにいる人物は知らない。扉を叩く者が呑気に中に向かって話しかける。


「旅のものです。この小屋を使いたいのですが、誰かいらっしゃいませんか?」


 女の、それもかなり若い女の声だった。


 ニューは女の問いかけに答えず意地の悪い笑みを浮かべながら取っ手に手を伸ばす。なぜなら、扉が開いた瞬間無数の刃物が訪問者の女に襲いかかるからだ。


 何も知らない旅人は困惑しながら、泣き叫ぶに決まっている。その残酷な未来を現実にすべく、ニューは扉の取っ手を掴んだ。あとは、取っ手を捻って扉を開けるだけ!


 だが、ニューは手を止めた。意地の悪い笑いも引っ込めている。彼は、訝しんだのだ。


 悪臭が漂い、悍ましい見た目の小屋に一人でノコノコやってくる若い女の旅人? そんな奴はまともな人間では無い。侵入者が思考を巡らせる間も、扉は叩かれ、その向こうから声が響く。


「誰かいないんですか?いたら返事してください!」


 ならば、この凄惨な場所に飛び込んでくる女の正体は一体?


 考えられる選択肢は、一つ。扉の向こうにいる何かが、ニューの同類、すなわち、魔人であること。


 魔人とは人間を超越したマジカル・パワーの化け物だ。ニューがマジカル・パワー・ステッキで凶器を宙に浮かばせていられるのも彼が魔人であるからに他ならない。


 侵入者は手を引っ込め、マジカル・パワー・ステッキを構えようと試みる。だが、遅かった。


「なぜ、返事をしないんですか? 邪悪な魔人がいるというのに」


 瞬間、扉が小屋側に吹き飛んだ!


「グワァァァァ!」


 吹き飛んだ扉にニューは直撃! そのダメージにより、宙に浮いていた武器がその場に落ちる。


 彼が操るマジカル・パワー・テレキネシスは繊細なのだ。武器の落下により生じた金属音が血塗られた床に響き渡る。それと共に、ブーツの音。扉を蹴破った旅人の足音だ。目隠しをされているため、何が起きたか分からぬ男は、椅子に縛られたまま、呻き声を上げる。


 その哀れな男を旅人は見る。旅人は少女だった。


 少女は栗色のポンチョを羽織っている。髪はブロンドウェーブのショート。彼女が視線を縛られた男から、マジカル・パワー・テレキネシスの使い手に向けた際、その短く綺麗な髪がふわっと揺れた。


 いたいげな装いながらも、彼女の視線は鋭い殺意を帯びて、残虐な魔人を貫く。視線を向けられた魔人は怒りに身を震わせながらも少女を睨みつける。


「テメェ――」


 少女は男の恨み節を最後まで聞くことなく、叫んだ。少女の体はマジカル・パワーに包まれた。


「マジカル・チェンジ†アステリズム†」


 蛾めいた腰の大きなリボン! 長く腰まで伸びた髪! 揺れるフリルと膝上のドレス! そう、マジカル・チェンジは変身のシャウト。旅人は魔人アステリズムへと変身したのだ!


 ファイティング・ポーズを構えるアステリズム。腰が入った力強い構え。対する、ニューはマジカル・パワー・ステッキを構える。


 冒涜的肉塊と血に塗れた小屋内の空気がマジカル・パワーと殺気で歪む。異常な空気に椅子に縛られた男が呻き声をあげた。


「ムーッ!」


 そのくぐもった声が合図となり、魔人ニューが動く。


「死ねェ! 殺人姫!」


 マジカル・パワー・テレキネシスの予備動作の為ステッキを振り上げる。


 それにより、周囲に散らばった凶器が浮かび上がる。そう、彼の攻撃には準備が必要だ。人間相手ではそれでも問題ないが、敵は魔人。その予備動作はただの隙だ。

ニューがステッキを振り上げた瞬間、アステリズムは彼の懐に潜り込み、その勢いのまま右腕を蹴り上げた!


「グワァッ!」


 マジカル・パワー・ステッキは 放物線を描き、部屋の角に積まれていた冒涜的肉塊に突き刺さる。同時に武器はまた地面に落ちた。これでニューはマジカル・パワーを使えない。戦えない。だが、アステリズムはそれで終わりにはしなかった。


「セイヤーッ!」


 アステリズムはシャウトと共に無防備となったニューの腹に拳をぶち込む。


「グワァッ!」


 くの字に吹き飛ばされたニューは壁に激突。その衝撃で冒涜的肉塊が飛び散る。アステリズムのドレスや顔、髪にその悍ましい飛沫が付着。だが、彼女はそれを気にかけることなく、魔人ニューの元へ歩みを進めた。肩を怒らせ、その華奢な身体に殺気を漲らせながら。


 ニューは恐怖に顔を歪ませた。


「待て!」


 ニューは叫ぶ。


「ま、まさか、俺を殺しはしないよな! そうだよな! 初対面の相手だ。そんな非道なことしないよな?」


「いいえ、殺します」


 アステリズムは一言。その後、ニューの右腕にチョップを繰り出す。


「ギャアアアア!」


 アステリズムのチョップによりニューの右腕、切断! 宙を舞う、彼の右腕にはマジカル・パワー・ステッキが握られていた。


 そう、彼は吹き飛ばされた際マジカル・パワー・ステッキを拾っていた。ニューは命乞いをするふりをして、アステリズムに不意打ちをかけるつもりだったのだ! だが、右腕が無くなった以上、彼にはもうそれをできない!


「そんな! 馬鹿な!」


 悲痛な叫びをあげるニューに対する、アステリズムの視線は冷たく、慈悲はない。それを感じたニューは泣きじゃくって叫ぶ。


「なんて非道い野郎だ!」


 アステリズムも合わせて、叫ぶ。


「そんなことは百も承知! アナタを殺します!」


 アステリズムは叫びと共に踏み込んだ!


 その衝撃が小屋の地面に散らばった肉塊を一瞬浮かす。それほどまでに強い踏み込み。そこから発せられるパンチも強力なのは想像に固くない!


「ヤメローッ! ヤメローッ!」


 叫ぶニュー。だが、アステリズムはその願いを聞き入れることはない! 殺すと宣言したのだから! 殺意のこもった拳が放たれる!


「セイヤーッ!」


 彼女が放った拳はニューの腹を貫いた!傷口及びニューの口から血が間欠泉のように溢れる!


「ギャアアアアアアアアアアア!」


 悍ましい断末魔をあげるニュー。だが、その声は徐々に力を失っていき、か細くなっていく。声も、血も出なくなったその時、ニューの口から魂がまろびでた。


 ニューの魂は暗黒物質に覆われた空へと飲み込まれていく。魂を失ったニューの肉体は姿を保つことができずに崩壊した。塵とかした彼の肉体は一抹さえこの世界には残らない。魔人の死とはそういうものなのだ。


 ニューの肉体消失を見届けたアステリズムは次にやるべき事を思い浮かべる。


 それはもちろん、ニューにより縛られた男の解放。まずは猿轡と目隠しを外してやらねばならない。だが、もう、それらは外されていた。彼女は背後より、声を聞いた。猿轡をはめられ、喋れぬはずの男の声を。


「た、助け……」


 アステリズムは驚き振り返る。そして、目を見開いた。縛られた男の肉体半分が椅子ごと、冒涜的肉塊に飲み込まれていた。



デイリー・オカレンス・イン・ザ・ダーク・ワールド 後編へ続く

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