アウェイキング・ザ・ファイティング・パワー その2

 護衛騎士団の後方から邪悪なマジカル・パワーの光が差す。セイコは後方を向く。荒くれものは腰蓑姿に変身していた。むき出しの上半身には邪悪なマジカル・パワー・髑髏及び呪術的入れ墨がびっしり彫られている。


 魔人†シャム†だ。


 その恐怖的マジカル・パワー・タトゥーを見ればわかる。眼前に死がある。同時にセイコを含む騎士団たちは思いだした。カノープスの発言を。


『ジミー。この際だ。姫様に手を出しても良い。許す。だが、絶対に姫様を死なせるな。攻撃から姫様を護り抜け』


「馬鹿共は使いようだぜ。後ろを見ろ。カノープスとかいう女の魔人はほかの魔人どもにつきっきりだ。ククク。」


 セイコは後方を見る。舞い上がる粉塵。激しい戦闘を繰り広げられている。やはりカノープスの援護は期待できない。カノープスの言う通りここは護衛騎士団のみで切り抜ける必要がある。


「バカ共を囮に俺は獲物を楽に安全に捕まえられるというわけだ」


 シャムは科学木馬の座席の上にサーフィン的姿勢で立ち、彼の武器マジカル・パワー・投槍器アトラトルを構える。

 当然アトラトルにはマジカル・パワー・投げ槍ジャベリンが装填済みだ。シャムの目は邪悪にゆがんでいた。


「殺しはしない。死人とのお話は難しいからな」


カノープスが予言した危険がセイコに迫る。同時に使い魔空飛ぶ箒の悲痛な叫び。


「やめてくれ! 魔人に突っ込むのは! 死ぬぞ!」


 セイコの脇を猛スピードで飛翔する使い魔空飛ぶ箒。祖の乗り手も絶叫していた。


「お、俺が相手だァ!」


 ジミーだ。カノープスの忠告を護るために、魔人に捨て身の攻撃を仕掛けたのだ!


「ククハハハ! 相手にならんぞ! 人間スカム! 無様に散れ!」


 シャムはマジカル・パワー・アトラトルを振りかぶった。マジカル・パワー・ジャベリンが放たれそうになる。セイコの鼓動が早まった。

 彼ががセイコの腋をすり抜けるその一瞬、セイコはジミーの目元を見た。


 目じりに涙が浮かんでいる。


 やはり、死ぬべきは彼ではない。


 ドクン。セイコの鼓動が大きくなる。

 セイコは過集中。水飴のように流れる時間の中で素早く動いた。箒の上で前傾姿勢を取り、重心を傾けて向きを翻す。最短最速で飛行し、ジミーの前に出る。

 瞬間、シャムが持つマジカル・パワー・アトラトルからマジカル・パワー・ジャベリンが放たれた!


 マジカル・パワー・ジャベリンは一瞬でセイコの目と鼻の先。だが、セイコはひるまなかった。

 彼女は両手を前にかざす。


「私が守る!」


 セイコは思いっきり叫んだ。そして、ギュッと目をつぶった。しかし、いつまでたっても衝撃や痛みはやってこない。代わりにシャムの声がセイコの耳に入ってくる。


「何ィ!? そんなバカな!」


 彼女は恐る恐る目を開けた。そして見る。状況を。まず最初に目にはいったのはマジカル・パワー・ジャベリン。セイコを殺すはずだった武器は力なく落下している。次に眼下のシャム。魔人は驚愕に目を見開いている。


「セイコ様……!」


 セイコはその声の方に振り向いた。ジミーが目を丸くしている。彼もシャム同様、動揺していた。箒たちも騒めく。


「今のって……」「マジカル・パワー?」「嘘」


「アナタ魔人だったの?」


セイコを乗せた使い魔空飛ぶ箒が彼女に尋ねる。セイコは困惑。マジカル・パワー? 魔人? いずれも身に覚えのない事だ。


人間スカムごときが、俺のマジカル・パワー・ジャベリンを叩き落してんじあゃねえぞ!」


 困惑から抜け出したシャムは怒りを込めてマジカル・パワー・アトラトルを構える。セイコももう一度身構える。また先ほど起こした何かを起こすために。困惑などしている暇はない。やらねば何も守れぬのだ。


 だが、マジカル・パワー・ジャベリンが放たれることはなかった。


 ザク。


 シャムの頭蓋が割れた音だった。頭に何かが刺さったのだ。


 突然の出来事に、その場にいた全員が息を呑む。同時にシャムは困惑。自分に起きたことが理解できなかったのだ。


 だが、セイコにはわかった。


 その飛来物はカノープスが持っていた金の手斧だった。彼女が後方で魔人と戦闘しながら投擲したのだ。


 シャムは投擲された金の斧を抜き、両手で必死に頭を押さえる。だが、血液は間欠泉のように溢れ止まらない。やがて、割れたシャムの頭蓋から血液以外の物が漏れ出した。マジカル・パワーの光だ。


「そ、そんな……俺の、マジカル・パワーが! お、俺の肉体が……」


 シャムは苦しげに呻き、塵と化して朽ち果てていった。魔人は死ぬと灰塵と帰す。肉体をなくした彼の魂は空を覆う暗黒物質に吸い込まれていく。シャムという乗り手を失った暴走科学木馬はバランスを崩して横転した後、爆発した。



「「「「ジュウハチジー! ジュウハチジー!」」」」


 デミ・太陽の時報は森の中に響き渡る。ここは荒野から、デミ・六キロメートルほど離れた森。風に揺られた木々の梢がさざ波めいた音を立てる。

サンゼン王国が存在するのは天を暗黒物質に覆われた空無き世界。だが、そんな世界にも植物は生育する。


 ただし、普通の植物と少し違う。デミ・植物だ。この地の優占種デミ・アカシアの木の幹は薄いピンク色で二回偶数羽状複葉の小葉は薄い水色をしている。

 薄い水色の梢の下、危機を逃れた騎士団たちは休息をとることにした。終わりが見えない逃亡の旅にあたって、不眠不休での移動は逆にナンセンス。


 そもそも休憩をとらねば、使い魔がばててろくに動けなくなる。使い魔はただの道具ではないのだ。


「疲れた」「少し休まなきゃ動けない」「眠らせて」


 愚痴を吐く使い魔空飛ぶ箒達と話し合い、彼らの体調を整えているのがカウンセリング担当の騎士団員の仕事だ。ジミーはこれに当たる。

 彼らがしゃべる傍で聞こえてくるのは、火の粉の爆ぜる音だ。ぱちぱち。火の粉と一緒にいい匂いのする湯気が周囲を漂う。寸胴鍋が火にかけられている。

 騎士団員が食事を作っているのだ。


 腹を空かせるカレーの良い匂いに別の香りが混じっていた。独特で甘ったるいハーブの香りだ。

 そして、その匂いにはエメラルドの色がついていた。その色付きの香りの発生元には一人の兵士。彼が振るペンデュラムから香る煙が放出される。


 その香りは拡散されていき、デミ・アカシアの森の一部を覆う。マジカル・パワーの結界だ。エメラルドの香りは敵を欺き、騎士団員たちを守るのだ。

 料理や結界の担当ではない騎士団員はけが人の治療や、テントの設営、道具の整備などを行う。皆が皆、部隊のためにテキパキと働いている。


 騎士団員達が働く横でセイコはただひたすら正拳突きを繰り返していた。


「せいやっ! せいやっ!」


 掛け声とともにセイコは拳を前に出す。その様子を見ながら、包帯を抱えた騎士団員は彼女の脇を通り過ぎていった。仕事をしていないのはセイコだけだ。


 使い魔たちも彼女を見てひそひそと話す。だが、セイコはそれでも正拳突きを繰り返す。


「せいやっ! せいやっ!」


 セイコは何度も拳を突き出した。何度かわからぬほどその行為が繰り返された時、背後から誰かがセイコに話しかけた。


「何をやっていらっしゃるのですか? セイコ様?」


 セイコは振り向く。そこに立っているのはカノープスだった。彼女が着ているマジカル・パワー・アーマーは真っ赤な血に染まっていた。両手に持つ金と銀の手斧からも血が滴る。


「血、血が! 大丈夫ですか!?」


「姫様、冷静に」


 彼女は魔人化を解き、セイコの前でくるりと回った。


「怪我があるように見えますか?」

「……いいえ」

「良かった。思いの外錯乱してはおられぬようですね」

「錯乱? 私は冷静ですよ」

「では、先ほどの正拳突きは一体何なのです」

「これが今私に出来る最善なのです」


 セイコはなにも初めから正拳突きを繰り返していたわけではない。


 セイコは騎士団の助けになりたかった。だが、同時に火おこしや結界貼り、使い魔のメンテナンスなどの高度なことが出来ないことをセイコはわかっていた。故に、初めはデミ・ジャガイモの皮むきや、包帯を巻くなどの簡単な仕事を手伝おうとしたのだ。

 だが、彼女はお姫様。


 四季の館と王宮で厳しい教育を施されはしたものの、日常雑務などやったことはない。彼女がジャガイモの皮をむこうとすれば指を切り、彼女が包帯を巻こうとすれば絡まった。やる気が空回りするのだ。それで騎士団員達からやんわりと戦力外通告を受けた彼女は手持無沙汰になってしまったのだ。


 それでもセイコは皆のためになりたかった。それでセイコは役に立つことが出来る手段を考えた。そこで、先ほどの荒野での戦いの一幕を思い出したのだ。魔人シャムのマジカル・パワー・ジャベリン攻撃が不発に終わった時、ジミーは言った。

『マジカル・パワーをお使いになられたのですか?』と。


 セイコは自分がマジカル・パワーを使った感覚はない。だが、状況的にマジカル・パワーを使ったのはセイコであった。

 だからこそ、セイコの脳内にある考えが浮かんだ。

 自分も魔人になれたのではないか、と。


 ならば自分の役割は強くなること。強くなって皆を守るために戦うことこそがみんなの役に立つのだ。


 故に、セイコはカノープスに近づくために特訓を開始したのだ。その特訓の第一歩目こそが正拳突きだったというわけなのだ。


「なるほど。そういうことだったのですね」


 セイコの説明を聞き、ソフィーはうなずく。


「……歯を食いしばりなさい」


 セイコは目を見開いた。


 パチン。


 音が鳴った。セイコは痛みと衝撃でその場にへたり込んだ。セイコは見上げる。彼女の視界には、翻ったソフィーの右手が見えた。頬をぶたれたのだとセイコは理解した。


「なぜです!」

「貴女が死んだら台無しです!」


 ソフィーのターコイズブルーの瞳がギラりと輝く。


「騎士団長のファーガソンは戦場に残りました。騎士団員達は魔人襲撃の恐怖に耐えました。なぜか? それはすべて貴女を傷つけさせないためです。多くの人々があなたを守るために歯を食いしばったのです。皆頑張ったのです。」

「だから、私は見ているだけに留まれと」

「はい」


セイコは反抗的な視線をカノープスに向け立ち上がった。


「私は常に母から言われてきました。ひとびとのしもべであれ、と。それが高貴な血を身に宿す者の務めだ、と」


「……姫、もう一度ぶたれねばわからないのですか」


「ぶたれることで私が強くなれるのでしたら何度でもぶってください。私は強くなって皆さんを守りたいのです」


 二人の視線がぶつかり、沈黙が流れた。しばしの無言の後、彼女は目を閉じ、額に人差し指を当てて、ため息をつく。


「折れる貴女の未来は見えません。情けないものですね。根競べでは負けてばかりです」


 カノープスは自身のマジカル・パワーによって未来を見ることが出来る。


「パンチの打ち方を教えましょう。未来の貴女はそれをお望みです。まずは貴女のパンチを見せてください」

「笑わないでくださいね?」


 セイコは構えたのち、撃った。


「せいやっ!」


 貧弱だった。ソフィーはその様を見てほほ笑みを浮かべる。


「笑わないでと言ったではありませんか」

「申し訳ございません」


 ソフィーは謝罪と共に、セイコへのレクチャーを始める。


「いいですか、パンチは体全体を使うのです。腕だけではダメ。まずは踏み込み――」


 ソフィーが踏み込むと、地面が少し揺れ、粉塵が舞う。


「セイ!」


 中腰のままソフィーは続ける。


「それから腰を回して、体全体の体重を拳に――」


 ソフィーのパンチ!


「ヤー!」


 拳を打つことで、空気が震え、風圧がセイコを襲う。セイコは拍手。


「このように繰り出すのです。次にキックですが――」


 カノープスは不意にセイコから視線を逸らす。セイコは首を傾げた。何か気がかりなことでもあったのだろうか。それとも気がかりなことが起きようとしているのだろうか。


 セイコはカノープスの視線の先を見た。


 そこには一人の騎士団員。名はレドー。レドーは右手で振り子ペンデュラムを揺らしている。揺れる振り子からは、藍の靄のマジカル・パワーが放出される。

 レドーが持っている振り子ペンデュラムは魔宝†プラネット†と呼ばれる特殊な道具である。


 魔宝とは、特定の条件下で儀式をこなすことで特別なマジカル・パワーを放つ宝物レリックのこと。

 また、魔宝はこの世に二つと同じものは存在しないという。セイコは四季の館でそのように習った。


 魔宝†プラネット†は特定のリズムで揺らされることによって、拡散するマジカル・パワーの波紋を作り、多様な種類の領域を作成する。敵の目をくらまし、寄せ付けなくするマジカル・パワー領域はすでに展開した。それが先ほどのエメラルドの靄。今の靄は藍色なので、作っているのは別の結界だ。


 尚、どれだけ巧妙に揺らし方をまねたところでレドー以外の人物は魔宝†プラネット†のマジカル・パワーを引き出すことが出来ない。魔宝を使うための条件には属人性も含まれる。

 ちなみに、カノープスもといソフィーが持つ金と銀の手斧ハチェットも魔宝であり、こちらもソフィーしか使えない。


 そのカノープスはと言うと、レドーのマジカル・パワー結界生成儀式をじっと眺めている。その後、周囲の様子を一通り見た。


「汚い魔人め……」


 呟いた後、ソフィーは魔人化した。


「マジカル・チェンジ†カノープス†」


 再びソフィーはマジカル・パワーの鎧騎士に変身!


「戦闘準備だ!」


 叫ぶカノープス。兵士たちの目つきが一瞬にして変わる。各自己の武器を探した。広場に包む緊張感。レドーは結界生成の儀式を中断し、カノープスに直訴。


「敵避けの結界は張られています! なぜ戦闘準備なんか!?」


「お前にミスはない。だが、敵はもう結界の中だ」


アウェイキング・ザ・ファイティング・パワー その3 へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る