夏が来たからキャンプした!

 今年度の親子活動は、なんと、校内キャンプに決まった。

 書読小学校の三年生。せっかくだから、記憶に残る楽しいことをしてあげたい。

 熱い思いを持つ保護者達が多かった。


 夜の学校、それだけでワクワクする。

 家庭科室でみんなでご飯を作ることは何よりの経験になるだろう。

 さすがにキャンプファイヤーをするわけにはいかないけれど、天体観測は勉強にもなる。

 起床した直後は一番無防備な時間だ。自分をさらけ出すことにつながる。逆に、友達のいつもとは違う一面に触れることができるだろう。


 親子活動と言いながら、夜間はさすがに自宅へ帰ることを希望する保護者が多かった。親と離れるのも、成長の一過程だ。


 そう、保護者達は張り切った。

 自分たちが楽しかったことは経験させてやりたい、それが親心というものだから。


 テントあります。調理手伝います。夜、見守りできます。起床時にあわせて学校に行けます。

 役員以外も盛り上がっていた。


 一方、子どもたちは…。

「キャンプだって! 楽しそう!」

「でもさ、怖くない? 大人は少ないんでしょ?」

「怖いって何が?」

「いや、トイレの花子さんとかさ」

「音楽室も怖いよ」


 そう、この小学校の音楽室には、幽霊が出るといううわさがあった。

 音楽室は、いつ行っても薄暗い。壁にはたくさんの肖像画が張られていて、異様な雰囲気だ。

 貼られた肖像画も、どこから見ても書かれた人物と視線が合ってしまう。まるでこちらをじっと観察しているみたいだった。


「トイレは、怖いって言えばきっと大人の人が付いてきてくれるよ」

「音楽室はその日に行くことないでしょ。楽しみじゃない!」


 怖い派と楽しみ派に分かれていたが、それでもキャンプの話が盛り上がっていたところをみると、それなりに楽しみにしていたのだろう。


 そして、当日!


 その夜の天気予報は快晴。


 お風呂に入ってから集合。早速カレーを作る。


 家庭科室でカレーを作っている間に、父親たちがテントをセッティング。

 校庭に集まって、少し夕食には早い時間だったけれど、みんなでカレーを食べた。自分たちで作って、外で食べるカレーは格別!


 子どもたちのテンションも高まっていく。


 食事の後は、天体観測。


 ちょうど新月で、星が良く見えた。

 残っていた先生が、星座を教えてくれる。

 あれが北斗七星で、あれが北極星で、あれがこぐま座で。でも、どう見ても説明されるような形には見えなくて、子どもたちはちょっと困っている。だって、こぐま座って言われても熊の形になんか見えない。

 あとから誰かのお母さんが星座の物語をしてくれて、それはとっても面白くて、みんな黙って聞いていた。


 そうして、みんながテントに戻った時にいくつかのテントでトラブルがあった。

 寝具が足りないのだ。

 それぞれが準備しておくよう伝えていたのだが、保護者の帰った後ではどうしようもない。保護者のほとんどは、食事の後片付けを済ませて帰路についていた。


 夏だから、風邪をひくことも無いだろう。

 校内に残った保護者達はそう判断して、手持ちのタオルを渡した。お腹にはかけて寝なさいよ、そういう言葉を添えて。


 テントの中で、ひそひそごそごそ音がする。くすくすと笑う声も響いてくる。

 楽しんでくれてるな、大人たちは満足な思いで過ごしていた。


 ときどき、トイレに行きたい、と言ってテントから出てくる子がいる以外は用事もない。何人かは、ビールを開けて今回のイベントの成功を祝っていた。


 そのときである。


 ピアノの音がした。

 かなりはっきりと。子どもたちのテントのささやきが消えていく。


 ピアノの音は、しっかりとした音楽になって聞こえてくる。


「きゃー」

 ひとつのテントで叫び声が聞こえた。その叫び声は拡散していく。中には本気で泣き出す子もいる。


「おばけだ!」

「帰りたいよう」


「待て待て。あれは音楽の先生が弾いているんだよ」

 大人たちは、子どもを落ち着かせようと必死だ。


「こんな時間にですか?」

「こんな時間っていうけどな、まだ10時だぞ」


 そうしてようやく騒ぎを収めて、そして、翌朝。


 いくつかのテントで騒ぎがあった。

 人数があわないのだ。


「夜は4人で寝たけど、私たちのテントは3人班だった! 昨日のあれは誰?」

「うちは4人班だったのに5人いた! なんか、タオルだけある!」


「ぎゃーっ」


 騒ぐ子供たちを、あとは帰るだけだからとどうにか沈めてはみたものの。大人たちにも恐怖心がなかったわけではない。


「ねえ、昨日のピアノの音。音楽の先生は8時ごろに帰っていったよね?」

「うん。あの先生が音楽室のカギを持っているはずだから、誰もピアノにさわれるはずはないんだよ」

「そうだよね。気が付いていたけど、怖がらせるのも悪いかと思って黙ってたんだ。でも、みんな気が付いてたんだ」


 恐怖心をこらえ、迎えに来た保護者に子供たちを渡す。


 誰一人けがもなくイベントを終了できた、と挨拶があって解散となった。




「おつかれ~」

「お疲れ様」

「いやー、今回は頑張ったね」

「ちょっとやりすぎじゃなかった?」

「だって、こんなイベントいままでほとんど無かったし、これからもあるかどうかわからないだろ?」

「いや、ピアノぐらいなら良かったけど、子どもたちの中に紛れ込むのはどうなの? 朝からちびってる子、いたからね」

「え? だってせっかくだから、こっちも楽しみたいじゃん?」


 会話の主は、学校の怪談の主人公たち。


 学校でのキャンプが開催されることは二度と無かった。





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