第六話
これは私が学生の頃の話です。……「こっくりさん」って知ってますか?……そうです、五十音や数字、あとは鳥居を書いた紙の上に五円玉を置いて、呪文を唱えるっていうあれです。私が学生の頃、こっくりさんがとっても流行っていまして、放課後にはどの教室でも好奇心旺盛な人たちが残って、こっくりさんをしていました。学校側は当初、「あんなに気味の悪い遊び、今すぐにでもやめさせるべきだ」として、全校集会などで「こっくりさんの禁止」を言い渡したんです。まあでも、学生に対して「禁止」といったところで、破られるのが常ですよね。何としてもこっくりさんをやりたい彼らは、見張りを立てるなどして対策しました。そして小賢しい人たちは「金さえ払ってくれれば見張りをやる」と言って、小遣い稼ぎを始めることもありました。その後、金銭トラブルが大きくなって暴力沙汰にまで発展してしまい、見張り行為も禁止され、教師は生徒全員が教室を出るまで残り続けるというルールまで生まれました。
ただ、好奇心旺盛な世代に禁止を言い渡したところで、意味はありません。こっくりさんをやる場が学校からそれ以外に変わっただけです。ある者は学校近くの公園で集まって。またある者は駅前のカラオケの個室で。またある者は友人を家に呼び自宅で。ひどい者はカフェやファストフード店の店内でやる者もいました。誰が見ているかわからないところで、そんな不気味な遊びをされると店にどんな影響があるかわかりません。お店側は制服から特定し、学校に苦情の電話を入れました。学校側は困りに困った挙句、他所に迷惑をかけるぐらいなら学校内で満足してもらった方がいいということで、一か月足らずで「こっくりさん禁止令」が解除されました。こっくりさんが大好きな友人たちはとても喜んでいまして、私はその時こっくりさんの何が面白いのかさっぱりわからず冷めた目で皆を見ていました。
「こっくりさん禁止令」が解除された日の放課後、友人の一人が私をこっくりさんに誘ってきました。「興味ないから」と断る私に対し、彼女は「まあまあ、見てるだけでもいいから」とごり押してきます。私はその日、特に予定もなかったので仕方なく折れて、友人に付き合うことにしました。友人たち三人が机の周りに集まり、使い古した例の紙を広げます。そしてポケットから五円玉を取り出し、鳥居の所に置くといつものが始まりました。「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」。いつもの呪文です。調べてみると、どうやらどこかのサイトで紹介されていたやり方をそのまま真似ているようで、私はその時点で「ただの真似事じゃない」と興味を失っていました。
しかし、紙の上に置かれた五円玉はそんな私をあざ笑うかのように、動き始めます。友人たちは「来た来た!」と盛り上がっていたようですが、私は誰かがゆっくり動かしているんじゃないかと、疑ってかかっていました。彼女たちは早速、こっくりさんに質問をします。一つ目の質問は「木下君に彼女はいますか?」というものでした。……木下君はクラスで人気だった男子のことです。私は木下君のことを優しくていい人だなという程度にしか思っていなかったので、わざわざこっくりさんを呼び出してまでそんなことを聞くなんてくだらないなと、心の中で笑っていました。
三人の友人がそれぞれ一人ずつ質問を終えた時、友人の一人が私に「何か聞きたいことない?」と言ってきました。最初は別にいいと断っていましたが、せっかくだから何か考えてと押し付けられました。そうしてしばらく頭を悩ませていると、ある一つの質問を思いつきました。「この学校でこっくりさんを流行らせたのは誰ですか」という質問です。……正直、あんな不気味な遊びが学校内で流行るなんてはっきり言えば異常です。それも皆、誰かに強制されているのかと思うほどのめりこんでいまして。どうしても聞いてみたかったんです。私はその質問を口にしました。すると、五円玉は今までにないスピードで「いいえ」の所に収まります。皆、眼を見開いていました。ここまですさまじいこっくりさんの拒絶は初めてだったからでしょう。友人は質問を復唱します。こっくりさんは動きません。もう一度、質問しました。こっくりさんは少しだけ下がると、もう一度「いいえ」の上に戻りました。どうしても教えたくないようです。私はそこで、なんだか危ない感じがして、「もういいです、すいませんでした」と謝りました。すると五円玉は「はい」の方へと移動します。許してもらったということでいいのか、判断に困りましたが私は帰ることにしました。すっかり遅くなってしまって、そろそろ夕食の時間に間に合いません。荷物をもって教室のドアに手をかけたその時、友人の一人がまた、その質問を繰り返すのです。
ドアはものすごい勢いで開き、私は誰かに背中を押されて教室から出てしまいました。誰が私を押したのかと振り返ると、またもやすごい音を立ててドアが閉まります。教室にいたのは私と友人の三人だけで、彼女たちはまだ五円玉に指を乗せて椅子に座っていました。私の異変を見て必死に立ち上がろうとしているのは表情で分かりましたが、誰かに押さえつけられているかのごとく動けないでいました。友人たちは必死に叫んでいるように見えますが、彼女たちの声がなぜか全く聞こえません。私がドアを開けようと奮闘している音は廊下中に響いているのに、彼女たちの声だけが聞こえませんでした。
私が騒いでいるのを聞かれて、他の教室に残っていた人たちも集まってきました。彼らは私の説明を聞くと、教室のドアや窓などから教室内への侵入を試みました。中にいる友人たちは自らが今置かれている状況に恐怖しているのか涙を流し助けを求めているように見えます。彼女たちの手元を見ると五円玉がゆっくりと動いているような気がしました。誰も何も質問していないのに動き始めた五円玉に彼女らの視線が釘付けになります。……私には五円玉がいかなる文字をなぞったかはわかりませんでした。ですが、のちの彼女たちの恐怖にとらわれた表情は今でも容易に思い出せるほどです。
教室のどこにも鍵はかかっていないはずなのに、教室内へ入ることは不可能でした。ドアや窓、教室上部にある光を取り入れるための窓をたたき割ることすらできません。隣の教室からベランダをつたって近づこうとした人もいましたが、そちら側の窓も開かないようでした。そうして彼女たちを助けようとする人たちが教室を囲んでいた時、私たちの目の前で彼女たちのうちの一人が消えてしまいました。いつ消えたか、どのように消えたか全くわかりません。ただ、目の前で忽然といなくなってしまったのです。ともにいた残りの二人はなお絶叫し、頭を振り回して助けを求めています。それを不憫でならないと思った教師の一人が、やけっぱちとばかりに金属バットを振りかぶり、窓目掛けて叩きつけました。しかし窓は壊れることなく、金属バットは跳ね返され教師の頭を殴りつけました。教師はその勢いのまま廊下にある柱に頭をぶつけてしまい、血を流して倒れてしまったのです。……私たちはここで「こっくりさんに逆らってはいけない」ということを痛感しました。今までのこっくりさんに対する認識は、秘密のことを教えてくれたり未来のことを教えてくれたりとただの便利な占い師だったのです。今は、怒りを買ったことにより人の理解を超えた現象を見せつけられています。私たちはどうすることもできませんでした。ただ、こっくりさんの怒りが静まるのを待つしかありません。
しかし、事態は静観だけで好転するほど都合の良いものではありませんでした。彼女らの親が一向に帰ってこない彼女らを心配して、学校に来てしまったのです。彼女らの親は教頭と連絡を取った際、教頭が下駄箱を確認し、まだ学校から出ていないことを伝えていたようでした。彼女らの親は私たちの説明を聞いても、当然と言えば当然ですが理解を示すことはありません。親が自分の手で初めて教室のドアに手をかけた時、初めて状況をその眼で確認しました。ただ、理解はどうしてもできなかったようで、彼らが次にとった行動は警察を呼ぶことでした。私たちは必死で止めました。彼らにはどうすることもできない、と。しかし彼らは聞く耳を持ちません。しまいには私たちのことを監禁犯だと言い始めたのです。もう、私たちに言える言葉は残されていませんでした。
警察の方が来ると、ひとまず道具を使っての突破が試みられました。それはすでに教師の一人が行ったことですが、彼らはもう私たちが話す言葉のすべてを嘘とでも思っているのか、もはや意思疎通は不可能でした。しかし、ドアの破壊は失敗。窓に穴をあける機械も謎の故障により使えず。瞬く間に打つ手なしとなってしまったのです。すると警察の方はパトカーから拳銃を持ってきました。監禁事件と親たちが話していたせいもあり、それなりに装備を整えていたようです。隊長と思しき人物が窓に向けて拳銃を構えます。跳弾の心配もありますが、もはや四の五の言っていられる場合ではありませんでした。他の警察の方は「危ないから離れて」と私たちを教室から遠ざけます。そして、ついに拳銃から弾が放たれました。耳が痛くなるほどの発砲音がするのと同時に、拳銃を撃った警察の方がその場に倒れこんでいくのが見えました。彼の胸からは血が噴き出し、留まるところを知りません。
撃たれた窓は傷一つついていません。まるで反射したかのように、弾は警察の方の身体を貫いて、壁にめり込んでいました。そうして窓を見ていると、とあることに気づきます。教室の中にいた友人がまた一人消えているのです。中の声が全く聞こえないせいで、中の様子は見ていることでしか把握できません。先ほどのように教室から目を離した瞬間があれば、その間、教室で何が起こっているかは全くわかりません。自分の娘が消えた親は泣き叫び、教室へと押し入ろうとします。開かないと分かっていても、じっとしているわけにはいかなかったのでしょうか。しかし、教室のドアはなぜか開きました。最後まで残っていた友人はすっかり力尽きて、床に転がっています。机の上に置かれていたあの紙ではまだ五円玉が動き続けており、警察の方が回収するまで「きくな」と繰り返していました。
その後、頭を打ってしまった教師と銃を撃った警察の方が救急車で搬送されていったのですが、警察の方は心臓が破れており、助からなかったそうです。教師の方は意識を失うほどの重傷だったのですが、何とか意識を取り戻し無事に退院されました。その後、教師に復職したそうなのですが、あの日の記憶が思い出されるのか、放課後に生徒が教室に残っていると、厳しく注意して早急に帰らせるようになったそうです。そして、消えた友人二人の両親はすぐに警察に失踪届を提出し、十年以上経ち警察がすでに捜索を打ち切っていても、探し続けているそうです。
そして、あの日生き残った友人についてなのですが、あの事件以降気を病んでしまいまして、入院と退院を繰り返していたんです。今から五年前、確か五度目の入院をしていた時、病室から姿を消してしまったのです。看護師の方がその友人宛に届いた手紙を彼女に渡すと、彼女は「ひとりにしてほしい」と頼んできたそうです。もちろん最初は看護師もそれを許可しませんでした。もともと精神不安で入院しているのに、ひとりにすれば何をしでかすかわからないですから。ですが、その日の友人はいつになく強情でして。「五分、いや三分でもいいから」と執拗に食い下がります。……看護師の方は折れてしまいました。彼女は薬を飲んだ直後で精神が比較的安定しており、看護師の方はその日に限って仕事が詰まっており少しでも時間が欲しかったのです。看護師の方は「何かあったらナースコールを押してくださいね」と念押しし、彼女の病室を後にしました。
それから三分後、病室に戻った看護師を出迎えたのは誰もいない病室でした。当初はトイレにでも行ったのかと思い、特に焦ることはなかったそうです。しかし、何分待っても戻ってこない。そこでようやく看護師は事態の深刻さを理解しました。他の看護師に見つかれば絶対に叱られる。そう考えた看護師はまずは一人で部屋の中を探し始めました。どこに行ったか、何かしら手掛かりがあるかもしれないと考えていたそうです。……そして看護師は、机の上に置かれたあの紙と五円玉を見つけました。五円玉は「よ」で止まっています。そばにあった手紙には「さがして」とだけ書かれていました。
その後、彼女の失踪を知った両親たちも、失踪してしまいました。自宅には同じようにあの紙と「よ」で止まった五円玉。そして「さがして」という紙が残されていたそうです。……これは、もう五年も前の話で、最近まで忘れていました。……昨日、ある封筒が届いたんです。中には、こっくりさんをやるための紙と、五円玉。そして「さがして」と書かれた手紙が入っていました。
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