(4)




 午後は、映と共に夏葉の卓球の試合の応援に向かった。

 夏葉の試合の観戦は、夏葉の緊張が伝わってくるからか自分の試合よりもっと緊張して終始手に汗握っていた。試合には残念ながら1戦目で負けてしまったけれど、夏葉は私たちが応援に駆けつけたことにすごく喜んでくれた。

 映はバスケ以外にもたくさんの競技で助っ人として呼ばれており、最初から最後まで忙しそうだった。


 そうしてあっという間に予定されていたゲームが終わっていき、いよいよ閉会式が行われる時間が迫ってきた。

 あちこちでゲームを終えた生徒たちが、ぞろぞろと朝のようにグラウンドに一堂に介す。

 けれどグラウンドを包む空気は朝とは違う。それはゲームを終えたばかりの冷めやらない興奮や疲労感ももちろんあるが、閉会式の後に待っているフォークダンスのせいだろう。

 おそらく半数以上の生徒が身の入っていない閉会式が終わり、いよいよフォークダンスの時間になった。

 生徒たちがクラスごとに成していた列が崩れ、予め誘っていた人も、そしてこれから誘う人も、お目当ての相手の元へ向かいだす。

 別に異性ではなくてはいけないという決まりがあるわけでもないので、私は夏葉を誘うつもりだった。声はかけていないけれど、多分夏葉なら一緒に踊ってくれるはずだ。


 けれど無意識に視線は、違うクラスの映の姿を捜してしまう。

 映はどうしているだろう……。

 するとその時。


「日依」

「え?」


 突然背後から声をかけられ、私は驚いて振り返っていた。

 だって耳を打ったその声が、ちょうど頭の中に思い浮かべていた、その人のものだったのだから。


「映?」


 振り返ればやはり映が立っていた。


「なんでここに……」

「日依はもう踊る相手決まったのか?」


 映が穏やかな声音で問いかけてくる。

 なんで映が私に声をかけてきたのか、その意図がわからなくて混乱する。私が余ることを心配してきてくれたのだろうか。映は自分に向けられる好意にひどく鈍感だから、自分を誘いたいと思っている女子がたくさんいることを知らないのだ。でもそれだと映の恋を応援するという計画が破綻する。


「それは、」


 口ごもったその時、けれどそこにまた重なる声があった。


「あの、弓月くん……」


 振り向いた映と共に視線で声の主を辿れば、小柄で可愛い女子がそこに立っていた。

 耳の下でツインテールを作り、その上に覗く耳の縁を真っ赤にしたその女子のことを、私は一方的に知っていた。映のクラスメイトの井上なぎさちゃんだ。まるでひらひらのアイドル衣装がよく似合いそうな彼女は、校内1の美少女だと言われている。

 彼女が映のことを好きなことは知っていた。さっきのバスケの時も近くにいて映のことを応援していたし、映に向ける視線に熱っぽい温度が潜んでいたから。


「井上さん、どうしたの?」

「ちょっと話があって……いいかな?」


 このタイミングでの呼び出しといったら、フォークダンスのお誘いであることは明白だった。

 あ、と思った時にはもう、口を開いていた。


「行っておいでよ」


 その流れに追随するように井上さんが頭を下げる。


「お願いしますっ……」

「うん、わかった。日依、ちょっと待ってて」


 まったくもって井上さんの好意に気づいていない様子の映は、井上さんに手を引かれるまま行ってしまった。

 美男美女のふたりが並んで歩いていることで、ちらちらと周囲の視線を集めている。


 あたりの空気がしんとして、注目を集めていることには気づいていた。案の定、ふたりが離れると、私たちのやりとりを耳を澄ませて聞いていたまわりのクラスメイトたちがやいやいと口を開く。


「えっ、弓月くんのこと送り出しちゃっていいの? あれ絶対フォークダンスのお誘いだよ」

「日依ちゃんは弓月くんと踊るものだとばかり思ってた」


 映とはクラスが違うけど、私と映が幼なじみであり一般的なそれよりも仲がいいことは周知の事実だった。映は目立つし、そんな彼が休み時間や放課後になると「日依」と教室に姿を現すせいだろう。それをなぜか親みたいな温かい目で見守られている。クラスメイト曰く微笑ましいかららしい。

 そんなクラスメイトたちには申し訳ないけれど、私は映を解放してやりたいのだ。


「私はただの幼なじみだから」


 もう何度心の中で言い聞かせたかわからない言葉を口にする。ただの幼なじみが、いつまでも映の人生に出しゃばってはいられない。


 すると、ずっと張り詰めていた糸が、そこでぷつんと切れたのだろう。急に頭にズキンズキンと波打つ痛みが走る。本当はバレーをしてからずっと体調は本調子ではなかった。無理に体を動かした後遺症がまだ残っている。

 ちょっとまずいかもしれない。自分の体のことだから、自分が一番わかっている。このままでは倒れかねないと。

 私は「ちょっとトイレ行ってくるね」とまわりに嘘をつき、きっと青白くなっているだろう顔をあまり見られないようにして、グラウンドを離れた。

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