カフェ・オーマは今日も開店中
九戸政景@
プロローグ
ショウナ山のふもとの
「こんにちはー」
「あっ、アネットさん!」
黒を基調とした白いフリルのついた制服姿の長い赤髪を一本に結んだウェイトレスが笑みを浮かべると、銀色の薄手の鎧をまとって細身の剣を手にしたアネット・ファロンは笑みを浮かべながら席へと近づいた。
「どうもです、リホさん。今日もギルドのクエスト帰りなんですけど、クエスト終わりにはやっぱりここのコーヒーを飲まないとしっくり来なくて。味も深くてしっかりとした苦味があるから頭もスッキリするんですよね」
「そう言ってもらえて嬉しいです。さて、今日のコーヒーはどちらにしますか?」
ウェイトレスのリホ・イシヤの問いかけにアネットは少し考えてから答えた。
「んー……昨日はホットにしたから今日はアイスにしようかな。あとはちょっとお腹も空いたからショートケーキもお願いします。コーヒーもそうですけど、ケーキを食べるとすごく元気が出るんです」
「かしこまりました。マスター、アイスコーヒー1にショートケーキ1です!」
「わかった」
カウンターの向こうに立つ短い銀髪の男性、デューク・マグラスは頷きながら答え、厨房へと入っていった。そしてアネットがカウンター席に座ると、リホはにこにこ笑いながらアネットに話しかけた。
「今日はどんなクエストだったんですか?」
「ここから離れたところにあるダンジョンの探索です。クエストを受けたのはここのギルドなんですけど、他にクエストを受けたメンバーっていうのが腕試しみたいな感じでよそから来た冒険者達で、その人達があまり感じがいい人じゃなくて……」
「あー……それはガッカリしますよね。それじゃあ、その人達はもうノトオから出発したんですか?」
リホの言葉にアネットは頷く。
「ええ、クエストが終わってギルドに報告したらもうすぐに。男性三人だったんですけど、その人達は仲間同士だったみたいで、クエスト中も私を女だからってバカにするような事ばかり言うんですよ。Bランクの自分達がいればAランク相当のこのクエストも余裕だとか言ってたんですが、実際は全然ついてこられなくて。結局私が大部分を片付けることになったんです」
「あ、もしかしてすぐにいなくなったっていうのは……」
「はい、尻尾巻いて逃げていきました。その姿があまりにも哀れで笑っちゃったんですが、やっぱり嫌な人達だったなと思ったらなんだかムカムカしちゃって。それでそのムカムカをどうにかする意味でもここに来たんですよ。ようは自分への慰労ですね」
アネットが笑みを浮かべながら言うと、リホも笑みを浮かべながら頷いた。そしてそれから数分程度でアネットの目の前にはショートケーキが載せられた皿と数個の氷が入ったアイスコーヒーが注がれストローが刺されたグラスが置かれた。
「ショートケーキ、アイスコーヒー、できたぞ」
「わあ、今日も美味しそう……クエストを受けるために色々なところに行く機会がありますけど、ここで出てくる食べ物や飲み物以上に美味しそうなものなんて見た事ないですよ」
目を輝かせるアネットに対してリホはクスクス笑った。
「マスターも含めてウチのスタッフは優秀ですから。それではどうぞごゆっくり」
「はい。それじゃあいただきます」
アネットは手を合わせてから言うと、幸せそうな顔で食べ始めた。
「ん~、おいしい~! ホットのコーヒーも温かい中で少し香ばしさのある風味が口の中いっぱいに広がって美味しいけど、アイスのコーヒーも冷たくてスッキリした味わいの中にちゃんとした苦味があるから気持ちも引き締まる感じがする!」
「ケーキはどうですか?」
「クリームがベタッと甘いわけじゃないのにしっかりとした甘味を感じられる上にミルクの濃厚さが気持ちを穏やかにしてくれて、食感がとてもふわふわのスポンジと瑞々しくて爽やかな酸味と甘味があるこのイチゴも口の中でいっぱい楽しませてくれて……はあ、ここの町にこんなにいいお店が出来てくれて本当によかった」
アネットが幸福そうな顔で言うと、リホはクスクス笑った。
「疲れてる時にはやっぱり甘いものですからね。マスターも今ではその気持ちわかりますよね?」
「ある程度はな。だが、甘味よりは苦味があるものの方が私としては好みだ。その方が気持ちが引き締まるからな」
「たしかに朝一番に飲むコーヒーってこれから頑張るぞっていう気持ちになりますしね。今もそれなりにありますけど、コーヒーを使ったメニューをもう少し増やすのもいいかもしれないなあ。マスター、その時は皆さんと一緒に試食をお願いしますね」
デュークが頷くと、アネットはショートケーキとアイスコーヒーを味わいながらデュークとリホを見回した。
「ほんとお二人ってお似合いですよね。このノトオ以外でも最近噂になってますよ。ノトオには美男の店主と可愛らしい店員がいる酒場みたいなとこがあるって」
「そういえばこの世界にはカフェっていう概念自体がまだ浸透してないですからね。マスター達にこの世界でカフェをやりたいと言った時もなんだそれはって顔をされましたし」
「お前との出会いは突然だった上に聞いたことのない言葉だったからな。だが、お前の誘いに乗ってこのカフェを始めたのはよかったと思っている。感謝するぞ、リホ」
デュークの言葉にリホは笑みを浮かべる。
「いえいえ。カフェのアイデアも私の世界のスイーツやドリンクの味を“魔王様”達に気に入ってもらえて私も嬉しいですよ」
「元、魔王だがな。さて、今日もアネット以外に何人も客が来る事が予想される。リホ、四天王達を労いながら激励をしてきてくれ」
「わかりました。私達も元気に頑張っていきましょう!」
デュークが頷き、アネットが静かに微笑む。『カフェ・オウマ』の店内はその後も賑やかになり、リホ達が働き、訪れた客達が注文の品に舌鼓を打つ中でステンドグラスを通して明るい光が差し込んでいた。
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