第14話 後輩のSOS話
「はぁ」
週明け月曜日の昼休み。
久しぶりに後輩の福本杏と昼食を共にしていた時、珍しく杏が溜息をついた。
いつも明るい杏がこんな風に深刻な顔をするなど、今までになかったことだ。本当は、自分の話を聞いてもらおうかと思って誘ったランチだが、事情が変わった。新海とのあれこれは、また今度にしようと、話題を引っ込める。
「え? なになに、彼氏と喧嘩でもしたの?」
「あ~……ちょっとぉ」
「喧嘩の理由は?」
恋愛相談など、恋愛経験ゼロの自分ができるわけがないとはわかっているが、せめて元気付けてあげたいと、先を促す。
「いえ、彼となにかあったってわけじゃないんですよねぇ」
「あら、そうなの? じゃ、なんだろ……太った?」
「ちょっ、先輩ってたまにほんっと失礼ですねっ」
ぷぅ、と頬を膨らませる杏。どうやらこれも外れたようだ。
「ごめんごめん、だって福本さんが元気ない理由って、思いつかなくって」
「どうせ私は暢気に生きてますよーだ」
「あはは、そんなことないよ。ちゃんと話聞くからさ。どした?」
テーブルに身を乗り出し、杏をじっと見つめる。
「……実は、ちょっと最近、怖い目に遭ったっていうか」
「え? お化けっ?」
凛音は魔法少女だが、お祓いはできない。それに、霊感もないから心霊現象にはめっぽう疎いのである。
「だからっ! 聞く気があるんだかないんだかわかりませんね、先輩!」
呆れた顔で、返される。
「あああ、ちょっと先急いじゃった。聞く聞く! どうしたの?」
シャンと背筋を伸ばして首を傾げると、杏が重たい口を開く。
「わかんないんですよ? これって私の勘違いかもしれないし。でも……なんだか最近、その……誰かに後を付けられてる気がして」
「ええっ?」
思わず大きな声を出してしまい、杏に口を塞がれる。
「先輩、声、大きいですって!」
食堂は昼休みの会社員たちでごった返していた。おかげで注目を浴びずに済んだものの、周りの数人から冷たい視線を投げられた。
「ごめん、だって……それって、ストーカーってこと?」
声を潜めて訊ねると、杏は頬杖を突き、「ん~」と唸る。
「まったく思い当たる節がないんですよねぇ。私に彼氏がいるってことは会社のみんなも周知の事実だし」
「でも、ほら電車の中で見染められた、とか、近くのコンビニで働いてる従業員、とか、可能性はどこにでも転がってるじゃない?」
「そりゃ、そうですけど」
「実際、なにされたの?」
事と次第によっては、警察に相談した方がいいかもしれない。最近は物騒で、目を付けられて急に刺されるようなことだってないとは言えない。
「それが……帰宅の時に……」
「尾行されてるのっ?」
「ような、気がするんです。でも、気になって振り返ったり、コンビニに逃げ込んだりしても怪しい男がいるわけでもなくて。だから完全に私の思い込みかもしれないんですけどね。気になるっていうか……」
「それ、彼には言ったの?」
「勿論、言いましたよ~。何度か待ち合わせして一緒に帰ってもらったりもしましたし。でもそういう時って、出てこないじゃないですか?」
「確かに……」
狙うなら、一人で歩いているときだろう。誰かが一緒にいれば、怪しい行動は取れない。
「ここんとこ続けて嫌な感じがあって、なんか、帰るの怖くて……。誰かさんがチーム抜けたせいで残業の日もあるし~」
杏が凛音を睨んだ。
「うわ、ごめん! 私もそこに関してはなんとかしてあげたいと思ってる!」
片山の仕事のフォローがすべて杏に回ってしまうのはなんとか避けたいと思ってはいる。だが、“しごでき”亜門の事務処理もそこそこ大変なのが現状だった。
「いえ、言ってみただけです。私、仕事任されるようになって、俄然やる気出てるんで!」
おどけたように笑う杏を見て、凛音の中の正義感に火が付いた。
「わかった。そのモヤモヤ、私が解決する!」
「……へ?」
呆けた顔の杏に、凛音が宣言した。
「だからさ、私が福本さんのストーカーを捕まえるって話よ!」
親指をピッと立てて片目を瞑る。杏がぶわっと頬を染めて、
「先輩っ」
と、手を握った。
「そんな風に言ってもらえるなんて、私って幸せ者ですっ! ……でも、もしそれで先輩が危険な目に遭うようなことは困るので、やっぱり駄目ですよ」
「それは大丈夫!」
十五年に渡り、異世界の魔物と戦ってきた凛音は、意味のない自信に満ち溢れていた。いざとなったら変身して、技を繰り出して……
(……ってのは、ダメか)
魔法少女としての力を使っていいのは、対ハートブレーカーにだけ。そういう決まりがあった。人間に対して力を使うことはご法度だ。魔法少女は、規定が細かい。
「大丈夫って……どうするんですか?」
「えっと……その、おっ、応援を呼ぶから!」
ディーノに手伝いを頼むことにする。勿論、事後承諾なわけだが。
「応援?」
「そ! 男手を用意するから。それなら大丈夫でしょう?」
「男手……」
入社以来、凛音の口から男の話など聞いたこともない杏。急に出てきた「男手」に俄然、興味が湧く。
(もしかして……片山先輩?)
だとするなら、二人の距離を縮める絶好のチャンスになるかもしれなかった。
「それなら、安心ですね! 是非、お願いしたいです!」
「わかった。今日の帰りに福本さんの帰宅を見張ることにするわ。福本さんはいつも通りな感じで家に帰って!」
「はいっ」
こうして、福本杏、尾行作戦の火蓋が切られたのである。
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