第6話 歓迎会の話
「幹事……ですか」
橋本部長に呼ばれ、言われたのは新海亜門の歓迎会についてだった。仕事で組むことになった凛音に、会を取り仕切れと言うのである。厳密にいえばこれはパワハラかもしれない。だが、中小企業で働く社員にとって、この程度をパワハラ認定していては、どこに行っても働けないだろう。言われれば黙ってやるだけなのである。
「わかりました……」
特に難しい話ではない。参加数さえ大まかに決まってしまえば、あとは適当な店を予約するだけだ。当日は偉い順に挨拶を割り振り、適当な時間までやり過ごせばいい。
それに……
「他人の金で飲めるのは素敵っ」
部署での会合は福利厚生として、部長の判があれば経費で落ちる。予算に関しては多少考慮の余地ありだが、基本は幹事の裁量で好きな店に行けるのだ。ただ……
「今回の会合は参加人数が多そうだな。大部屋が取れる店、探さないと」
ブツブツ呟きながら廊下を歩いていると、前から新海亜門がやってくる。
「あ、どうも」
会議室ではあっという間に女性陣に囲まれてしまい、近付くことも出来なかった。仕事上、彼は上司となるのだから、話をしないわけにもいかない。
「先程は失礼しました。話し掛けようにも、あれだったもので」
言葉を濁すと、亜門はふっと笑みを漏らし、
「こちらこそすみませんでした。私も、今後について打ち合わせを、と思ってました。もし御迷惑でなければ、今夜食事でもどうですか?」
「へっ?」
いきなり、食事の誘いがきた。凛音は驚いてぽかんと口を開けたまま考える。多分、亜門的にはこれからの仕事の進め方を話したいのと、自分の部下になる市原凛音という人物を見極めたいのだろう、と。だったらこの誘いは、きっと断るべきではない。そう判断する。
「わかりました。お供いたします」
「それはよかった」
ホッとした顔で微笑む亜門は、事前に聞いていた年齢よりずいぶん幼く見える。まるで無邪気な少年のようだった。
「では携帯の番号を教えていただけますか? あとで店の場所をお送りしましょう。会社から二人で出るのは、市原さん的には避けたいでしょう?」
出来る男だ! と凛音は驚く。当然、会社終わりに二人で歩くなど、あってはならないことだった。社内のフリーな女子たちを敵に回すようなことをすれば、それはすなわち退職を意味する。魔法少女を引退するのは致し方ないことだが、会社を退職したら、生活が成り立たない!
「お気遣い、感謝します!」
笑顔でそう言うと、携帯を取り出し連絡先を交換し合う。
「あなたは……」
急に亜門が真顔になる。
「はい?」
「いえ、なんでもありません。では、また後程」
颯爽と去っていく姿を見ていると、後ろから声を掛けられた。
「市原さん」
「わっ……ビックリした。なんだ、片山さんかぁ」
「……なんだとはなんだ」
面白くなさそうに言われ、思わず吹き出す。
「ぷっ、失礼しました。……で、どうかしました?」
「どうかしましたかじゃないだろう? なんで君があの本社からの流れ者の下につくことになったんだ?」
「……流れ者」
間違いではないが、その言い方を聞きあまり好意的ではないのだなと知る。当然か。それじゃなくても子会社の人間は、本社の人間に対してさほどいい感情を持ってはいない。
「というか、片山さん、なにも聞かされてなかったんですか?」
仕事上、凛音は片山のチームにいる。急なこととはいえ、チームトップの片山になにも知らせずに移動はないだろう。
「禿げ本に聞いたのは今日の昼過ぎだ。全力で阻止しようとしたが、もう決定したことだの一点張りで、話もまともに聞いてもらえなかった」
「そうなんですか」
この会社に来てもうすぐ六年。片山のチームに配属になってからは二年になる。ベテランと言えるほど長くもない凛音を、本社からの出向者に付けるのは、確かに違和感があった。
「営業事務で言えば、市原さんよりもっと、ベテランの社員が数人はいるのに」
「ですねぇ」
違和感はあるが、上からのお達しなのだから仕方がない。
「まぁ、片山さんには福本さんもいますし、しばらくは私も兼任しますから大丈夫ですよ」
支障をきたさないように頑張りますね、という意味で言ったのだが、何故か片山はムッとした顔になる。
「市原さんはそれでいいの?」
「ん? ……いいの、とは?」
いつも温厚な片山がここまで駄々をこねる意味が、凛音にはわからなかった。
「……ああ、まぁいい。で、さっきはなにを?」
「さっき?」
「新海さんと話してたろ?」
「ああ、今後の話をしましょう、って」
「それだけ?」
「それだけですけど……」
「そうか」
ふいっと視線を外す片山。あの、と口を開きかけた時、「先輩!」とタイミングよく(悪く?)割り込んできたのは福本杏。
「あ、片山先輩も、ちょうどよかった」
「なに? どうかした?」
凛音が訊ねると、
「どうもこうもありませんよっ。明日からの仕事の割り振り、考えなきゃでしょっ?」
と、凛音の手を引く。
「ああ、そうよね」
「これで私もようやく独り立ちです!」
嬉しそうに話す杏に、
「あら、大丈夫よ。私がちゃんとフォローするから!」
と答えるも、杏は一瞬、浮かない顔をして見せた。
「ええ~、私まだ信用できませんかぁ?」
「え? いやいや、そういうことじゃないけど」
話しながら先を歩く二人のあとを、複雑な思いで付いていく片山であった。
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