第17話

「駒吉さんは言ったんや。霧谷に来い、楽しいことがあるぞと」

 泣きじゃくりながらおことが、叫ぶ。


「おまえも、おきよみたいに殺されたいんか!」

 順蔵の怒鳴り声に、おことがわっと叫んで顔を両手で覆った。


 膝の力が抜けて、おりんはすとんとその場にしゃがみこんだ。

 順蔵の持った松明たいまつから、はらはらと火の粉がおりんの足元に落ちる。 

 草鞋の足に落ちた火の粉が熱いはずなのに、おりんは声をあげるのを忘れている。


「はじめに気づいたのは、富吉といっしょのときやった」

 おことの背中をさすりながら、順蔵はおりんを振り返った。


「俺と富吉は、おきよと駒吉が霧谷へ向かうのを偶然見かけたんや。

 富吉はおきよのことを知らんかったが、俺はすぐにわかった。庄屋には木地師が頻繁に顔を出すからな。

 それで、ちょっと興味が湧いて、後をつけ、あの二人の仲を知った。

 おきよが殺されるちょっと前のことや。

 おきよを殺したのは、駒吉に違いないと思っとった。だから、おりんに――」

 そう言って、順蔵はおりんを振り返った。


「下手人は探すなと言ったんや」


「嘘や。なんで、駒吉が」

 

 激しく首を振りながらも、おりんには思い出すことがあった。


 山菜取りに行ったあと、駒吉は、体に引っ掻き傷を作っていたではないか。

 あれは歯向かってきたおきよにつけられたものだったのかもしれない。


「俺は駒吉を疑ってたから、いつかの雨の日も、霧谷に向かった駒吉を追ったんや。そったら帰りに、おりんに会った」


 橋の上で見かけたときの、慌てた順蔵の姿が蘇る。

 順蔵は駒吉を追っていたからこそ、おりんから逃げるように立ち去ったのだ。


「駒吉は昔から優しい子や。そんなこと、できん。なんで殺しなんか――」


「駒吉はいろんな女を霧谷に連れてきたようや。弟には別の顔があったいうことや」


「富吉さんは――」


 おりんは呟いたが、答を聞くのが恐ろしかった。

 自分の弟の非道を、これ以上耳にしたくない。


「富吉は俺と間違われたんやろう。駒吉は俺が何か感づいているのを疑っていたから」


 富吉と順蔵は背格好が似ている。

 おりんはぎゅうっと目を閉じた。


 そのとき、ふいにい背後からうおぉと叫び声がして、おりんは背中を殴られ、前にのめった。


「駒吉!」


 鬼のような形相の駒吉だった。

 駒吉は順蔵に体をぶつけ、床の上に転がった。


「ひゃあ!」

 おことが叫んだ。

 おりんも叫んだ。松明たいまつが床に飛ぶ。

 

 火が、床の木っ端に燃え移って、煙を出し始めた。


「駒吉!」

 おりんは叫んだ。

 だが、駒吉は順蔵に組み敷かれて声が出せない。


「もう、堪忍してやって! もう堪忍」

 

 そのとき、おりんの横で火柱が上がった。

 わあっとおことが叫んだと同時に、小屋の梁が落ちてきた。

 

 粗末な小屋の、火の回りは速い。


「危ない!」

 おことを突き飛ばしたとき、梁は転がる駒吉と順蔵のほうへ傾いた。


 ふいに、耳元で低い声がした。


――若い男が死ぬぞ。

 おみよ婆の声だった。


 おりんは駒吉のほうへ向かおうとした。だが、炎が邪魔して前へ進めない。


「小屋を出ろ、焼け死ぬぞ」

 順蔵がおりんの腕を取った。


「駒吉!――駒吉ぃ――!」

 小屋の外に向かって、順蔵に体を引きずられながら、おりんは叫び続けたが、駒吉の返事は返ってこない。


 呆然と燃える小屋を見つめるおりんの袖を、順蔵がそっと引いた。


「駒吉は死を選んだんや」


 燃え続ける小屋の中からは、木の焼ける音だけが響いてきた。

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