第14話
庄屋の屋敷に来た。
長屋門のまわりには、人だかりができている。
その人垣の中から、おことが飛び出してきた。
「今朝早く、作男が見つけたんや。富吉さんが
おことを押しのけ、それから人垣を分けて、おりんは厩へ駆けた。
信じるものか。
信じるものか。
厩の脇の土の上に、人が横たわっていた。
おりんは走りより、筵を剥ぎ取った。富吉だった。
おりんの手から、南天の実が富吉の顔に落ちる。
「もう、死んどるぞ、離れんか」
誰かが後ろで怒鳴った。
「離れろと、言うとるに」
また誰かに言われ、おりんは体を掴まれた。
「誰がこんな目に遭わせたんや?」
周囲をねめつけたおりんに、さきほど怒鳴った者らしき声が響く。
「誰が遭わせたわけやない。冨吉が自分で――」
「嘘や!」
そんなことがあるはずがない。
雨をしのいだ軒下で、村を出ると、目を輝かせていた冨吉ではないか。
あんた目をしていた男が、自分から死を選ぶはずがない。
富吉の体にすがったまま、おりんは叫んだ。
「誰や? 誰がやったんやー!」
「すんません、すんません」
泣声で言ったのは、おことだった。おことは人だかりに頭を下げながら、おりんの腕を引っ張る。
庄屋の善右衛門もやって来た。
「放せ! 放せぇ」
おりんは叫び続けた。
こんなこと、信じられん。
信じん、あては信じん。
富吉が自分で死ぬはずがない。
殺されたのだ。きっと誰かに。
そのとき、 門の外で、おおっと太い声が響いた。
「善右衛門は、おるかあ!」
声が続いたと思うと、人だかりを分けて、数人の男たちが庭へ入ってきた。男たちは肩を怒らせ、目が血走っている。
樵たちだった。
新造もいる。
男たちを認めて、庄屋の善右衛門はさっとおりんから離れ、母屋の方へ向かった。
「おい、待て!」
樵の一人が叫び、数人が後に続いた。
庭の中は騒然となった。
「わしらの山をおめえ様が買ったちゅうのは、本当か?」
母屋に入ろうとした庄屋に追いついた樵の一人が、怒鳴った。
善右衛門は返事をしない。
「わしらは、どうなる?」
「わしらを殺す気か!」
「山を、返せ!」
口々に叫ぶ樵たちの声に、善右衛門は今にも泣き出しそうな顔になっている。
そういえば。
富吉の声が蘇った。
――時代は変わったんや。山は村のものじゃなくなる。
いつか富吉が言ったことと、樵たちの怒りとはつながっているのだろう。
呆けたように立ち尽くし、おりんは樵たちの騒動を眺めた。
村の山がどうなろうと、そんなことはどうでもいい。
富吉が死んでしまった。
村も山も、これまでもこれからも、なんの意味があるだろう。
「あては信じん……」
呟くおりんに、おことがうんうんと頷いた。
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