セミよ鳴け

青空一星

今度こそ勝ってやる!

 日差しの増してきたこの頃。

 若い頃は野を駆け山を駆けしていたような気もするが今はそこまでの元気は無く。すぐ手を伸ばせばつかめるその辺の虫でさえつかもうとは思わない。

 なんでかと思えばなんでだったか。一緒に遊ぶ友達だとか、何かに急かされてて余裕が無いとか。そんな在り来たりなもののせいな気もする。


 夏。日中ことごとく晴れる日! ひねくれた梅雨が終われば後は洗濯三昧な毎日だ。

 寝る前に回した湿り気を取り出してバサッ、と広げて、ぱっぱっと水気を切った気になれば挟みに固定してやる。その繰り返し。

 梅雨の鬱憤を晴らすがごとき湿気の山粉砕期が今日だ! 重い腰はとっくに持ち上げ、投げ捨てれば完成される束の間の達成感のため、内心スパートをかけて黙々と挟んでいく。


 無地のシャツをつるし上げにした時音もなく蝉が飛んできてシャツにとまった。それを見て俺は、それをつかまなければいけない気がした。


手をかかげる。


 蝉に手が影になって重なっているのに蝉は微動だにしない。まるでここには脅威がいないとでも言いたげだ。イラッとしてなおさらつかまなければならない、と手を近付ける。それでもやつは何も言おうとはしない、こっちを向こうともしない。「面と向かわなくたって見えている」こいつの目は前だけでなく後ろをも見える特別性だ人間の俺なんかとは違う。今見るべきものも見えない俺とは


パンッ!!!


「かだ」


 腕に蚊がいた。だから叩いた。見るとだいぶ強く叩いたせいで赤くなっていた。もう逃げちまったよな。

シャツを見ると蝉はまだそこにいた。

 俺を見ていた。嘲笑っていた。手を近付けても蝉は動かない。やつの脇腹をつまんだ

ミ゛


 やつはとんでいった。


 俺は少しの達成感と、……どうしようもないやるせなさを得た。


「く そ がああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ベランダで叫んだ。反応するオーディエンスはいない。どうしようもない発露。俺は叫んだ。あいつの代わりにだ。いや俺が叫んだんだ! あいつのためなんかじゃない!


 残った洗濯物を投げ捨てようと思ったがてきとうにぶら下げるだけぶら下げ俺はスーパーに向かった。望みのブツはゲットして枯れたのどの水分補給もすませた。俺を止める者はいない。


 近くの山へ向かった。何時間も歩いて。道中の木もこまめにチェックして、俺はやつを求め続けた。

 日が傾いて。やつ以外のトリなんかが鳴いて、俺もだれのとも知らない山で叫んで。ブツを木に叩き付けて。俺は――


~~~~~


 夜。日曜の夜。ビール片手に空を見る。

 蚊取り線香は臭くて、本当に刺されたうでがかゆくなってきた。

 スーパーでかゆみ止めでも買っておくんだったと思いながら脂身と一緒に流し込む。


 夏になったばかりの夜はしずかで、当然ミリ単位の早起きをしたあいつの声も無い。一人寂しい晩餐だ。


 くたくたの手足。焼けた肌。明日の筋肉痛がこわい久々の冒険バカやった。


「月夜にかんぱーい!」


 わざとらしく言ったセリフも負け犬にゃ立派な遠吠えだと思えた。

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