火種

白川津 中々

◾️

もう人生に疲れてしまって、どうにもできず、どうにかする気にもなれなかったため、そろそろ終わらせようと思った。


思慮すべきは如何にして決行するかである。ヘタレ故、痛いのも苦しいのもごめんであり、どうにかして気楽に収められないかと調査してみると、低体温による意識喪失が最も安らかであるらしいと判明した。震える程の寒さの中、酒や導入剤を飲み後は大自然に身を任すだけというお手軽さ。これはもう決定であるが、今は夏。熱中症で脳がイカレる可能性の方が高い。

そこで閃いたのがマッターホルン。子供の頃にテレビで観た寒そうな山。そう、高い山の山頂付近はいつも冬景色なのだ。調べてみるとマッターホルンは年がら年中極寒の様相だというから、そこで敢行すればいいと決断。善は急げ。急遽パスポートを取り渡航。スイスへ。ハイジの国に到着である。チューリッヒに到着し麓のツィルマットへ電車で三時間。そこから更に乗り換えゴルナーグラードに移動。一時間もしないうちに標高3000メートルまで到達。この時点で既に寒い。積雪もあり、これは期待できるぞと胸を踊らせながらハイキングコースを辿りつつ、人目を盗んで道を逸脱。独自のルートで山頂へ向かう。人の手が入っていない道なき道を行き、気が付いたらどこここ状態。遭難したようだ。実に困った事だが、思い出した。俺は観光に来たわけではないのだ。気温を見れば氷点下。条件は十分。錠剤かっこみ酒を飲み、後は寝るのを待つのみ。さすれば安らかな最後に導かれん……それでは、南無阿弥陀……


……


……


……いや、寒い。

ネット情報に騙された。寒くて寝るどころではなく、全然苦しいし痛い。無理。こんな最後は望んでいないし助けてほしいという事で生き残る方向へ脳がシフト。替えの服を地面に広げ、最後一服しようと道中に買ったマルボロをその上に並べてライターで着火。灯る火種に燃えそうな物を投入すれば即席狼煙の完成である。暖を取りながらの救助頼み。生まれて初めて「助けてくれ」と口にしながら、俺は心細くなっていく命を必死で守ろうとした。


火はいつまで持つか、いつまで耐えればいいのか、自分の肩を抱きながら、俺は確かに、生きたいと感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

火種 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ