第24話:涙の再会

真実を知ってから一週間が過ぎた。玲奈とルカは少しずつ関係を修復していたが、まだ完全に元の関係には戻っていなかった。お互いを思いやりながらも、どこかぎこちない空気が残っていた。


朝、玲奈が庭園を散歩していると、ルカが一人で金色の花の前に立っているのを見つけた。彼の背中は寂しそうで、深い悩みを抱えているのが分かる。最近の彼は、時々遠くを見つめるような表情を見せることがあった。


「おはようございます」


玲奈が声をかけると、ルカは振り返った。その表情には、いつもの穏やかさに加えて、何か決意のようなものが宿っている。しかし、目の奥には深い迷いも見え隠れしていた。


「おはようございます、玲奈」


「何を考えていらっしゃったんですか?」


玲奈がそっと近づくと、ルカは金色の花を見つめ直した。この花は、二人の愛が深まるにつれて美しく咲くようになった特別な花だった。


「自分の正体について...そして、これからのことについてです」


ルカの答えに、玲奈は不安を感じた。彼の声には、いつもの安定感が欠けているように思えた。


「これからのこと?」


「はい。僕がどう生きるべきか、まだ答えが見つからないんです」


ルカは金色の花に手を伸ばした。花びらに触れると、微かに光が宿る。


「神の分身として生まれた自分と、人間として愛を知った自分。どちらが本当の自分なのか」


「それは...」


玲奈は何と答えていいか分からなかった。彼の人生に関わる重大な問題に、軽々しく意見することはできない。でも、彼が一人で悩んでいることが辛かった。


「最近、夢をよく見るんです」


ルカが続けた。


「光に包まれた場所で、誰かと話している夢。でも、目が覚めると内容を思い出せない」


「それは...アリエル様の記憶でしょうか?」


「おそらく。でも、その記憶が僕を混乱させているんです」


ルカは困ったような表情を見せた。


「過去の記憶と現在の感情が混ざり合って、自分が何者なのか分からなくなる時があります」


玲奈は胸が痛んだ。愛する人がこんなに苦しんでいるなんて。


「でも、一つだけ確かなことがあります」


ルカが玲奈の方を向いた。その瞳には、迷いながらも強い意志が宿っていた。


「君への愛だけは、決して変わりません」


その言葉に、玲奈の心は温かくなった。しかし、同時に切ない気持ちも湧いてくる。彼がこんなに苦しんでいるのに、自分は何もしてあげられない。


「ルカさん」


「はい」


「一人で抱え込まないでください。私と一緒に考えましょう」


玲奈の優しい言葉に、ルカの表情が少し和らいだ。


「ありがとう。でも、これは僕自身が見つけなければならない答えなんです」


「そうかもしれませんが、隣にいることはできます」


玲奈の手がルカの手に触れた。その温もりが、彼の心を少し軽くした。


その日の午後、二人は図書館で過ごしていた。並んで座りながらも、以前のような自然な雰囲気ではない。お互いを意識しすぎて、ぎこちなさが残っていた。


玲奈は詩集を読んでいたが、集中できずにいた。隣に座るルカの存在を強く意識してしまう。彼もまた、古い書物を開いているが、ページを めくる手が止まっていることが多かった。


「玲奈」


ルカが本を閉じて話しかけた。


「はい」


玲奈も本を閉じて、彼の方を向いた。


「君は僕を許してくれましたか?」


突然の質問に、玲奈は戸惑った。


「許すって...」


「隠し事をしたことを」


ルカの真剣な眼差しに、玲奈は心の奥を見つめた。確かに、隠し事をされたことは悲しかった。信頼していた人に裏切られたような気持ちになった。


「完全に許せたかどうかは、まだ分かりません」


玲奈は正直に答えた。嘘をついても意味がない。


「正直に言うと、まだ少し傷ついています」


ルカの表情が暗くなった。


「でも、あなたを愛する気持ちは変わりません」


玲奈の続きの言葉に、ルカは驚いた。


「愛することと、傷つくことは別のものなんですね」


「はい。傷ついても、愛は消えません」


玲奈の言葉は、心からのものだった。


「それが分かって、自分でも驚いています」


「それだけで十分です」


ルカは微笑んだ。その笑顔には、安堵と感謝が込められていた。


「時間をかけて、もう一度信頼してもらえるよう努力します」


「急がなくて大丈夫です」


玲奈も微笑んだ。


「私たちには時間があります」


二人の間に、久しぶりに自然な雰囲気が戻ってきた。隠し事による溝は完全には埋まっていないが、それでも愛し合う気持ちは確かにある。


「ところで、最近気になることがあるんです」


ルカが話題を変えた。


「何ですか?」


「神殿の空気が変わっているような気がします」


「空気?」


「はい。何か重要な出来事が起こる前兆のような...」


ルカの言葉に、玲奈も思い当たることがあった。確かに最近、神官たちの表情が緊張しているような気がする。


「私も感じていました」


「何か大きな変化が近づいているのかもしれませんね」


二人は顔を見合わせた。不安な予感が心をよぎる。


その時、図書館に慌ただしい足音が響いた。ミカエルが急いで駆け込んできた。その表情は明らかに動揺していて、何か緊急の事態が起こったことが分かった。


「お二人とも、すぐに来てください」


「ミカエル様、どうしたんですか?」


ルカが立ち上がった。


「緊急事態です。神殿の中央広場に、不思議な現象が起こっています」


ミカエルの報告に、二人は顔を見合わせた。やはり何かが起こったのだ。


「どのような現象ですか?」


玲奈が心配そうに聞いた。


「光の柱が立ち上がっています。おそらく、神界からのメッセージかもしれません」


「神界からのメッセージ?」


「はい。このような現象は、非常に稀なことです」


ミカエルの緊張した表情を見て、二人は事の重大さを理解した。


三人は急いで中央広場に向かった。廊下を歩きながら、ミカエルが詳しい状況を説明してくれた。


「光の柱は突然現れました。最初は小さな光点だったのですが、みるみるうちに大きくなって」


「神官たちの反応はいかがですか?」


ルカが聞いた。


「皆、恐れて近づこうとしません。このような現象を直接見るのは、私も初めてです」


「それほど珍しいことなんですね」


玲奈も緊張してきた。


中央広場に到着すると、そこには確かに、天に向かって伸びる金色の光の柱が立っていた。美しく、同時に神々しい光景だった。光の柱は空高くまで伸びていて、まるで天と地を繋ぐ架け橋のようだった。


神官たちは皆、遠巻きにその光を見つめていた。誰も近づこうとはしない。その神秘的な光景に、全員が圧倒されている。


「これは一体...」


玲奈がつぶやくと、光の柱がゆらめき始めた。そして、その中から声が聞こえてきた。


『ルカ』


低く、威厳のある声が広場に響く。それは間違いなく、創世神アリエルの声だった。


「神様の声ですね」


ミカエルが緊張した表情で言った。


『長い間、沈黙していましたが、ついに話すべき時が来ました』


神の声は、広場にいる全員の心に直接響いてくるようだった。


「神様...」


ルカが光の柱に向かって呟いた。


『あなたの苦悩、そして愛の深まりを、ずっと見守っていました』


神の声には、深い慈愛が込められていた。


『そして、玲奈。あなたの純粋な愛にも感動しています』


今度は玲奈の名前が呼ばれた。彼女は驚いて身を震わせた。


『お二人の愛は、私が期待していた以上に美しく成長しました』


神の言葉に、二人は胸が熱くなった。


『しかし』


神の声が厳粛になった。


『近く、重大な選択を迫ることになるでしょう』


「選択?」


ルカが光に向かって聞いた。


『それは時が来れば分かります。ただし、その選択は軽いものではありません』


神の声は重々しかった。


『愛するものを失う覚悟、すべてを捨てる覚悟が必要になるかもしれません』


玲奈の心は不安で満たされた。愛するものを失う覚悟?そんなことを言われても、受け入れることなどできない。


『あなたたちの愛が本物であるかどうか、最終的な試練が待っています』


「試練...」


玲奈の声は震えていた。


『しかし、恐れることはありません』


神の声が優しくなった。


『真の愛があれば、道は必ず開けるでしょう』


『玲奈』


今度は玲奈の名前がはっきりと呼ばれた。


「はい」


玲奈は震え声で答えた。


『あなたもまた、重大な選択を迫られることになります』


「私も?」


『はい。あなたの決断が、この世界の未来を左右することになるでしょう』


神の言葉は重かった。まるで世界の運命が、自分の肩にかかっているかのような重圧を感じる。


『でも、心配はいりません』


神の声が再び優しくなった。


『あなたには、強い愛の力があります。その力を信じてください』


『ルカ』


再びルカの名前が呼ばれた。


「はい」


『あなたもまた、自分の愛を信じてください』


『お二人とも、愛を信じ続けてください。それが唯一の希望です』


神の言葉には、深い愛情と期待が込められていた。


光の柱がゆっくりと薄くなっていく。


『時が来るまで、今の愛を大切に育んでください』


『そして、どんな困難があっても、お互いを信じることを忘れずに』


『愛こそが、すべてを乗り越える力なのです』


そう言い残して、光は完全に消えた。


残された人々は、しばらく呆然としていた。神からの直接のメッセージを受けるなど、滅多にあることではない。広場には静寂が戻ったが、その静寂は緊張に満ちていた。


「重大な選択...」


ルカがつぶやいた。


「一体何のことでしょうか」


「分かりません」


ミカエルも困惑していた。


「しかし、神様が直接メッセージを送られるということは、よほど重要なことなのでしょう」


玲奈は不安に襲われていた。愛するものを失う覚悟?そんなことを言われても、受け入れることなどできない。ルカを失うなんて、考えただけで胸が張り裂けそうになる。


「玲奈さん、大丈夫ですか?」


ミカエルが心配そうに声をかけた。


「はい...少し動揺しているだけです」


「当然のことです。私たちも同じ気持ちです」


ミカエルは二人を慰めるように言った。


「でも、神様は最後に希望的なことも言われました」


「希望的なこと?」


「愛があれば道は開けると」


確かに、神は絶望的なことばかり言ったわけではない。愛の力を信じろと言ってくれた。


その日の夕方、玲奈とルカは東屋で向き合っていた。神からのメッセージについて話し合うためだった。二人とも表情は深刻で、重い空気が流れている。


「怖いですね」


玲奈が正直な気持ちを口にした。


「重大な選択って、一体何なのでしょう」


「分かりません」


ルカも同じように不安だった。


「でも、神様の声を聞いて、一つ分かったことがあります」


「何ですか?」


「僕の悩みの答えが、その選択の中にあるのかもしれません」


ルカの言葉に、玲奈は不安になった。


「どういう意味ですか?」


「僕が神の分身として生きるか、人間として生きるか。その選択を迫られるのかもしれません」


玲奈の血の気が引いた。そんな選択があるなんて考えたくない。


「でも、どんな選択を迫られても、君への愛だけは変わりません」


ルカの確信に満ちた言葉に、玲奈は少し安心した。


「私もです」


玲奈はルカの手を握った。


「あなたを失うなんて、考えられません」


「僕もです」


ルカも同じ気持ちだった。


「君がいない人生なんて意味がありません」


二人は見つめ合った。隠し事によって生まれた溝は、まだ完全には埋まっていない。しかし、お互いへの愛は確実にある。


「ルカさん」


「はい」


「もう一度、最初からやり直しませんか?」


玲奈の提案に、ルカは驚いた。


「最初から?」


「はい。隠し事も疑いもない、純粋な関係として」


玲奈の真剣な表情を見て、ルカは深く感動した。


「君は本当に優しい人ですね」


「優しいのではありません」


玲奈は首を振った。


「愛しているからです」


「どんな困難が待っていても、一緒に乗り越えたいんです」


玲奈の言葉には、強い意志が込められていた。


「僕も君を愛しています」


ルカは玲奈の手を両手で包んだ。


「これからは、絶対に隠し事はしません」


「私もです」


「何があっても、一緒に向き合いましょう」


「はい」


二人は抱き合った。東屋の中で、夕日の光を浴びながら、新しい関係の始まりを確認し合う。


「約束してください」


玲奈がルカの胸に顔を埋めながら言った。


「何を?」


「どんな選択を迫られても、私と一緒に考えてください」


「約束します」


ルカは玲奈の髪を優しく撫でた。


「君なしでは、何も決められません」


「でも、神様の言葉が気になります」


玲奈が不安そうにつぶやいた。


「重大な選択って、私たちの関係に関することなのでしょうか」


「可能性はありますね」


ルカも同じ不安を抱えていた。


「でも、その時は一緒に考えましょう」


「はい」


玲奈は安心した。


「一人で抱え込まずに、二人で決めましょう」


「約束します」


ルカの優しい声に、玲奈の心は温かくなった。


「それに、神様は言いました」


「何を?」


「愛があれば道は開けると」


玲奈の前向きな言葉に、ルカも希望を感じた。


「そうですね。僕たちの愛を信じましょう」


「はい」


夜が更けて、二人は神殿の屋上で星空を見上げていた。昼間の神からのメッセージのことを考えながら、静かな時間を過ごしている。


今夜の星空は特別に美しく、まるで二人の愛を祝福するように輝いている。でも、心の中には不安の影がある。


「星がきれいですね」


玲奈がつぶやくと、ルカは頷いた。


「でも、今夜は少し不安です」


「神様の言葉のことですか?」


「はい。愛するものを失う覚悟って、一体何のことなのでしょう」


ルカの不安そうな声に、玲奈は彼の手を握った。


「でも、神様は最後に言いました」


「何を?」


「真の愛があれば、道は必ず開けると」


玲奈の言葉に、ルカは少し希望を感じた。


「そうですね。僕たちの愛を信じましょう」


「はい」


二人は寄り添いながら、星空を見上げていた。


「ルカさん」


「はい」


「どんな選択を迫られても、私はあなたと一緒にいたいです」


玲奈の率直な気持ちに、ルカの心は温かくなった。


「僕もです」


ルカは玲奈を抱き寄せた。


「どんなことがあっても、君を離しません」


「約束ですよ」


「約束します」


二人は長い間、星空を見つめていた。明日からどんな試練が始まるか分からないが、愛があれば乗り越えられる。


「ルカさん」


「はい」


「今日、やり直すことを決めましたが、本当に良かったと思います」


「僕もです」


「これからは何があっても、二人で向き合いましょう」


「はい。必ず一緒に」


その夜、玲奈は日記を書いた。


『今日、神様から重大な選択について予告がありました。とても不安ですが、ルカさんと一緒なら乗り越えられると思います。


隠し事で生まれた溝も、少しずつ埋まってきています。もう一度、最初からやり直すことにしました。今度は、何も隠さずに。


どんな選択が待っていても、この愛だけは守り抜きたいです。神様も、真の愛があれば道は開けると言ってくださいました。


私たちの愛を信じて、明日からも頑張ります。どんな困難があっても、ルカさんと一緒なら大丈夫。


愛の力を信じています。』


窓の外では、エテルナの星空が美しく輝いている。その光に包まれて、玲奈の心は不安と希望が入り交じっていた。


重大な選択が迫っている。それが何なのかは分からない。でも、愛があれば必ず乗り越えられる。


そう信じて、玲奈は眠りについた。二人の前には、まだ見ぬ試練が待っているが、愛の力でそれを乗り越えていこう。


ルカもまた、同じ気持ちで眠りについていた。心の中では、神からの予告に対する不安がくすぶっている。しかし、玲奈への愛だけは確かだった。


どんな選択を迫られても、この愛だけは手放さない。そう心に誓って、ルカは明日への希望を抱いていた。


神殿の夜は静かに更けていく。金色の花だけが、月光に照らされて美しく輝いていた。まるで、二人の愛を見守るように。


明日から、新しい試練が始まるかもしれない。しかし、愛があれば何でも乗り越えられる。


二人はそれを信じて、平安な眠りについていた。愛の絆は、どんな試練にも負けない強さを持っているのだから。


そして、エテルナの夜空に輝く星々も、二人の愛を静かに見守り続けていた。

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