第23話:真実の追求

翌朝、玲奈は決意を固めてルカを探した。昨夜からずっと考え続けて、やはり真実を確かめる必要があると結論づけたのだ。愛し合っているなら、隠し事があってはいけない。


ルカはいつものように図書館にいた。朝の光が差し込む窓際で、古い書物を読んでいる。その横顔は穏やかで、いつもの優しいルカそのものだった。


「おはようございます」


玲奈が声をかけると、ルカは顔を上げて微笑んだ。


「おはようございます。体調はいかがですか?昨日は心配しました」


「もう大丈夫です」


玲奈はルカの隣に座った。心臓がドキドキしているのが分かる。


「ルカさん、少しお話があります」


「何でしょうか?」


ルカは本を閉じて、玲奈の方を向いた。その瞳にはいつもと変わらない愛情が込められている。


玲奈は深呼吸をした。


「あなたの正体について...知っています」


ルカの表情が一瞬で変わった。驚き、困惑、そして何か複雑な感情が入り交じっている。


「正体...?」


「あなたが創世神アリエル様の分身だということです」


玲奈の言葉に、ルカは言葉を失った。しばらく沈黙が続いた後、彼はゆっくりと口を開いた。


「誰から聞いたのですか?」


「セバスチャンから」


ルカの表情が曇った。


「そうですか...」


「本当なんですね?」


玲奈の問いかけに、ルカは苦しそうな表情を見せた。


「はい...本当です」


その言葉を聞いた瞬間、玲奈の心は複雑な感情に包まれた。やはり本当だったのだ。


「いつから知っていたんですか?」


「一週間ほど前です」


ルカの答えに、玲奈の心は沈んだ。一週間も隠していたのだ。


「どうして教えてくれなかったんですか?」


玲奈の声は震えていた。


「それは...」


ルカは答えに詰まった。


「言えない理由があったんですか?」


「怖かったんです」


ルカが正直な気持ちを口にした。


「君が僕から離れていってしまうのが」


「離れていく?」


「はい。神だと知ったら、君は僕を人間として愛することができなくなるかもしれない」


ルカの説明に、玲奈は困惑した。


「でも、隠し続けるのは間違っています」


「分かっています」


ルカは頭を下げた。


「でも、どう話せばいいのか分からなくて...」


玲奈は複雑な気持ちだった。ルカの気持ちも分からなくはない。でも、隠されていたことは事実だ。


「他に隠していることはありませんか?」


「あります」


ルカは素直に答えた。


「まだ話していないことがあります」


玲奈の心がまた沈んだ。


「どのようなことですか?」


「僕は...いずれ神として昇華しなければならないかもしれません」


「昇華?」


「人間としての存在を終えて、完全な神になることです」


玲奈は息を呑んだ。セバスチャンの言っていたことは本当だったのだ。


「それは...あなたがいなくなるということですか?」


「そうなる可能性があります」


ルカの言葉に、玲奈の目から涙があふれ出た。


「いつですか?」


「分かりません。でも、いつかは...」


玲奈は立ち上がった。あまりの衝撃で、座っていることができなかった。


「ひどいです」


「玲奈...」


「どうして最初から教えてくれなかったんですか?」


玲奈の声は怒りと悲しみで震えていた。


「愛し合っているのに、どうして隠し事なんて...」


「君を傷つけたくなかったんです」


ルカも立ち上がって、玲奈に近づこうとした。


「でも、結果的に傷つけることになりました」


玲奈は後ずさりした。


「今は...一人にしてください」


「玲奈、お願いします。話を聞いてください」


「今は無理です」


玲奈は図書館から出て行った。ルカは追いかけようとしたが、諦めて椅子に座り込んだ。


玲奈は庭園に向かった。金色の花が美しく咲いているが、今の彼女にはその美しさも心に響かない。


ベンチに座って、混乱した気持ちを整理しようとした。


ルカが神の分身だったこと、いずれ昇華してしまう可能性があること、そして何より、それを隠していたこと。すべてが衝撃的すぎて、どう受け止めていいのか分からない。


「大変そうね」


後ろからリリスの声がした。


「リリスさん...」


「聞いたのね、真実を」


「はい」


玲奈は涙を拭いた。


「ルカさんは神だったんですね」


「そうよ。でも、それが問題じゃないでしょう?」


「問題じゃない?」


玲奈は信じられないという表情を見せた。


「愛している人が神で、いずれいなくなってしまうかもしれないのに?」


「愛に神も人間も関係ないわ」


リリスは断言した。


「大切なのは、お互いの気持ちよ」


「でも、隠していたことは事実です」


「確かにそうね」


リリスは頷いた。


「でも、なぜ隠したのか、理由を考えたことはある?」


「怖かったからだと言っていました」


「そうね。彼も人間なのよ」


「人間?でも神なんでしょう?」


「体は神でも、心は人間よ」


リリスが説明した。


「あなたと出会って、愛することを覚えた。その時から、彼は人間の心を持つようになったの」


「人間の心...」


「そう。だから怖がったり、迷ったり、間違いを犯したりする」


リリスの言葉に、玲奈は少し理解できたような気がした。


「でも、隠し事はいけないことですよね?」


「もちろんよ。でも、完璧な人間なんていないわ」


「完璧じゃない...」


「彼も間違いを犯した。でも、大切なのはそこから学ぶことよ」


リリスは玲奈の隣に座った。


「あなたは彼を許すことができる?」


玲奈は長い間考えた。確かに、ルカの気持ちも分からなくはない。神だと知られることの恐怖、愛する人を失うことの不安。


「でも、信頼が傷ついてしまいました」


「信頼は修復できるわ」


リリスが優しく言った。


「お互いが努力すれば」


「どうやって?」


「まず、彼と向き合うことよ。逃げていては何も解決しない」


その日の午後、玲奈は自分の部屋で一人過ごした。ルカが何度も扉をノックしたが、まだ会う気になれなかった。


夕方になって、ミカエルが部屋を訪れた。


「玲奈さん、お話しできますか?」


「ミカエル様...」


玲奈は扉を開けた。


「ルカの件でお悩みのようですね」


「ご存知なんですか?」


「はい。彼の正体については、私も知っていました」


ミカエルの告白に、玲奈は驚いた。


「ミカエル様も隠していたんですか?」


「申し訳ありません」


ミカエルは頭を下げた。


「しかし、彼が自分で気づき、自分で話すべきだと思っていました」


「でも、結果的に隠し事になってしまいました」


「はい。我々の判断が間違っていたのかもしれません」


ミカエルは玲奈に向かい合った。


「しかし、一つだけ言わせてください」


「何でしょうか?」


「ルカの愛は本物です」


ミカエルの確信に満ちた言葉に、玲奈は心を動かされた。


「本物...?」


「はい。彼がどれほどあなたを愛しているか、私には分かります」


「でも、隠していたのに...」


「それは愛があるからです」


ミカエルが説明した。


「あなたを失いたくない一心で、間違った選択をしてしまったのです」


「間違った選択...」


「はい。でも、動機は純粋な愛でした」


ミカエルの言葉に、玲奈は涙が浮かんだ。


「彼も苦しんでいるのです」


「苦しんでいる?」


「自分の正体に混乱し、あなたを失う恐怖に怯え、そして嘘をついてしまった罪悪感に苛まれています」


ミカエルの説明に、玲奈は胸が痛んだ。


「あなたが彼を避けていることで、さらに苦しんでいます」


「私も苦しいんです」


玲奈が正直な気持ちを口にした。


「愛している人に裏切られたような気持ちで」


「その気持ちは当然です」


ミカエルが頷いた。


「しかし、彼を愛している気持ちに嘘はありませんよね?」


「それは...」


玲奈は心の奥を見つめた。確かに、ルカへの愛は変わっていない。


「変わりません」


「それなら、もう一度向き合ってみませんか?」


ミカエルの提案に、玲奈は迷った。


「でも、また傷つくかもしれません」


「かもしれません」


ミカエルは率直に答えた。


「しかし、愛とはリスクを伴うものです」


「リスク...」


「傷つく可能性を受け入れてこそ、真の愛を育むことができるのです」


その夜、玲奈は長い間考えた。ミカエルの言葉、リリスの言葉、そして自分の心の声。


すべてが同じことを告げていた。ルカと向き合うべきだと。


翌朝、玲奈はルカを探した。彼は庭園の奥で一人座っていた。その表情は深い悲しみに満ちていて、一晩中眠れなかったことが分かる。


「ルカさん」


玲奈の声に、ルカは顔を上げた。希望と不安が入り交じった表情を見せる。


「玲奈...」


「お話ししませんか?」


「はい、ぜひ」


二人は東屋に向かった。思い出の場所で、真剣な話し合いを始めた。


「まず、謝らせてください」


ルカが頭を下げた。


「隠していたことを、心から謝ります」


「どうして隠したんですか?正直に教えてください」


「怖かったからです」


ルカは正直に答えた。


「神だと知ったら、君が僕を違う目で見るかもしれない。距離を置かれるかもしれない」


「でも、愛し合っているなら、一緒に考えるべきでした」


「その通りです」


ルカは深く反省していた。


「僕は間違っていました。君を信頼するべきでした」


玲奈は彼の真摯な態度を見て、少し心が和らいだ。


「他に隠していることはありませんか?」


「もうありません」


ルカは確信を持って答えた。


「すべてお話しします」


そして、ルカは自分の記憶が蘇った経緯、神としての使命、そして昇華の可能性について詳しく説明した。


「つまり、いずれあなたはいなくなってしまうかもしれないということですね」


「可能性としてはあります」


ルカの答えに、玲奈の心は痛んだ。


「でも、僕は抗いたいと思っています」


「抗う?」


「はい。人間として、君と一緒に生きていきたい」


ルカの決意に、玲奈は驚いた。


「神としての使命を放棄するということですか?」


「それも覚悟しています」


ルカの真剣な眼差しに、玲奈は心を動かされた。


「でも、それで良いんですか?」


「君を失うよりは、ずっと良いです」


二人は長い間見つめ合った。隠し事はなくなり、すべてが明らかになった。


「私、まだ少し傷ついています」


玲奈が正直な気持ちを口にした。


「当然です」


ルカが頷いた。


「でも、時間をかけて信頼を取り戻していけませんか?」


「時間...」


「はい。急がなくても良いです。ゆっくりと、もう一度関係を築いていきましょう」


ルカの提案に、玲奈は考えた。確かに、急いで結論を出す必要はない。


「分かりました」


玲奈が答えた。


「でも、もう隠し事はしないでください」


「約束します」


ルカは真剣に答えた。


「二度と君を裏切ることはしません」


その日から、二人は関係を修復していくことになった。すぐに元の関係に戻ることはできなかったが、少しずつ信頼を取り戻していく。


真実を知ったことで、玲奈とルカの愛はより深く、より真実なものになろうとしていた。


隠し事のない、純粋な愛へと。

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