第12話:深まる謎

翌朝、玲奈とルカは約束通り、愛の力をコントロールするための特別な修行を始めることになった。ミカエルが二人を神殿の地下深くにある特別な修行場へと案内した。


そこは玲奈が今まで見た神殿のどの部屋とも全く違う場所だった。石造りの厳格な空間で、壁には古代の文字と複雑な魔法陣が刻まれている。天井は高く、そこからは神秘的な光が差し込んでいるが、その光源は分からない。


「ここは愛の修行場です」


ミカエルが説明する。


「古来より、愛の力をコントロールするための修行が行われてきた神聖な場所です」


部屋の中央には大きな魔法陣が床に描かれていて、その周りに様々な古い道具が置かれている。水晶球、古い書物、そして見たこともない形の楽器のようなものまである。


「愛の力をコントロールするって、具体的にはどういうことなんですか?」


玲奈が不安そうに聞くと、ミカエルは深刻な表情で答えた。


「お二人の愛が強すぎることで、世界のバランスが崩れ始めています。その力を適切にコントロールし、世界に調和をもたらす方法を学んでいただきます」


「でも、愛の力って自然に湧き上がるものですよね?それをコントロールするなんて...」


ルカが困惑した表情を見せる。


「もちろん愛は自然な感情です。しかし、あまりにも強い愛は時として破壊的な力を持つことがあります」


ミカエルは魔法陣の前で立ち止まった。


「あなたたちの愛は、当初予想されていた代役の愛を遥かに超えて、本物の愛へと成長しました。それは素晴らしいことですが、同時に世界にとって予想外の事態でもあります」


玲奈とルカは顔を見合わせた。自分たちの愛が世界に混乱をもたらしているという事実は、受け入れ難いものだった。


「まず、瞑想から始めましょう」


ミカエルが指示を出す。


「魔法陣の中央に座って、お互いの手を握ってください」


二人は言われた通りに魔法陣の中央に座った。玲奈はルカの隣に座り、彼の手を握る。その瞬間、電気が走ったような感覚が全身を駆け抜けた。


「あ...」


玲奈は小さく声を上げた。ルカの手を握った瞬間、心の奥で何かが大きく動いたのを感じたのだ。それはエルシアの記憶でもない、玲奈自身の感情でもない、もっと深い何かだった。


「どうしましたか?」


ルカが心配そうに聞く。


「いえ、何でもありません」


玲奈は首を振ったが、心の奥の動揺は収まらない。


「では、目を閉じて、お互いへの愛を感じてください」


ミカエルの声に従って、二人は目を閉じた。するとすぐに、周囲の魔法陣が光り始めた。最初は微かな光だったが、だんだんと強くなっていく。


玲奈の心に、ルカへの愛情が溢れてくる。昨日まで感じていた愛情とは比べものにならないほど強く、深い感情だった。まるで魂の奥底から湧き上がってくるような、抑えることのできない愛。


同時に、ルカからも同じような感情が伝わってくる。手を握っているだけなのに、彼の心の中が手に取るように分かる。彼もまた、玲奈に対して深い愛情を抱いている。


「これは...」


ルカの声が震えていた。


「お互いの愛が共鳴しています」


ミカエルの声が響く。


「これが、あなたたちの愛の真の強さです」


魔法陣の光はさらに強くなり、部屋全体を照らし始めた。その光の中で、玲奈は不思議な映像を見た。


森の中で枯れかけていた木々が、突然緑を取り戻している。川の水が勢いよく流れ始め、空の色がより深い青色に変わっていく。まるで世界全体が息を吹き返したかのような映像だった。


「これは...世界が回復している映像ですか?」


玲奈が驚いて聞くと、ミカエルは複雑な表情を見せた。


「はい。あなたたちの愛によって、世界は確実に影響を受けています。良い影響も、悪い影響も」


映像は続く。今度は、激しい嵐が吹き荒れている場面が映し出された。風は木々を根こそぎ倒し、雷は大地を激しく打ちつけている。


「これは?」


「愛の力が暴走した時の映像です」


ミカエルの声は重かった。


「制御されない愛の力は、時として破壊的な結果をもたらします」


玲奈とルカは恐怖を感じた。自分たちの愛が、そんな破壊をもたらす可能性があるなんて。


「でも大丈夫です」


ミカエルが二人を安心させるように言った。


「だからこそ、この修行があるのです。愛の力を適切にコントロールする方法を学べば、世界を救うことができます」


魔法陣の光がゆっくりと弱くなり、映像も消えていく。二人は目を開いて、お互いを見つめた。


「すごい体験でしたね」


玲奈がつぶやくと、ルカは頷いた。


「僕たちの愛が、こんなに強いものだったなんて」


「それだけお二人の絆が深いということです」


ミカエルが微笑む。


「しかし、これはまだ始まりです。本格的な修行は明日から始まります」


その時、修行場の扉が突然開いた。現れたのは、見慣れない人物だった。


黒い髪に紫の瞳を持つ若い男性で、身長はルカと同じくらい。しかし、その雰囲気はルカとは全く違っていた。どこか冷たく、計算高い印象を与える。服装も黒を基調としていて、神殿の他の住人とは明らかに異なっている。


「失礼します」


男性は丁寧に頭を下げたが、その仕草にはどこか演技めいたものがあった。


「セバスチャン、どうしたのですか?」


ミカエルが少し警戒するような声で聞いた。


「大変な知らせがあります」


セバスチャンと呼ばれた男性は、冷静な声で報告した。


「各地からの報告が相次いでいます。異変が加速しているようです」


「どのような?」


「村の井戸が次々と枯れ、森の動物たちが姿を消し、作物が枯れ始めています。そして...」


セバスチャンは玲奈とルカを見つめた。


「人々の間で、不安と恐怖が広まっています」


玲奈の心が沈んだ。自分たちの愛が世界を救うはずなのに、逆に状況が悪化しているなんて。


「それだけではありません」


セバスチャンが続ける。


「一部の地域では、愛し合っている恋人たちが突然別れ始めているという報告もあります」


「恋人たちが別れる?」


ルカが驚いて聞いた。


「はい。まるで愛することを恐れるようになったかのように」


セバスチャンの報告は続く。


「また、結婚式を控えていたカップルが婚約を破棄したり、長年連れ添った夫婦が離婚を考え始めたりしています」


玲奈は愕然とした。


「それって、私たちの愛が原因なんですか?」


「可能性はあります」


セバスチャンが冷たく答える。


「あなたたちの愛があまりにも強すぎるため、他の愛が色褪せて見えるようになっているのかもしれません」


「そんな...」


玲奈の目に涙が浮かんだ。


「さらに深刻な問題があります」


セバスチャンが続ける。


「神殿の結界にも異常が現れています。このままでは、結界が破綻する可能性があります」


「結界が破綻?」


ミカエルの表情が青ざめた。


「それは何を意味するのですか?」


玲奈が不安そうに聞くと、セバスチャンは深刻な表情で答えた。


「この神殿の結界は、世界全体の安定を保つ要となっています。もし破綻すれば、世界の崩壊は一気に加速するでしょう」


「そんなことが...」


ルカの声が震えていた。


「でも、まだ時間はあります」


セバスチャンが言った。


「しかし、対策を急がなければなりません」


ミカエルは深く考え込んでいた。


「分かりました。明日から修行の内容を変更します。より実践的な方法で、愛の力をコントロールする訓練を行いましょう」


「実践的な方法?」


玲奈が聞くと、ミカエルは真剣な表情で答えた。


「実際に困っている人々を助けながら、愛の力をコントロールする方法を学んでいただきます」


「それは危険ではありませんか?」


ルカが心配そうに聞く。


「確かに危険です。しかし、今の状況ではそれしか方法がありません」


ミカエルは立ち上がった。


「セバスチャン、詳細な報告書を用意してください」


「承知いたしました」


セバスチャンが去った後、修行場には重い沈黙が流れた。


「ルカさん」


玲奈が小さな声で呟いた。


「私たちの愛って、本当に世界を救えるんでしょうか?」


「分からない。でも、僕たちにできることは、諦めずに頑張り続けることだけです」


ルカが玲奈の手を握った。


「一緒に乗り越えましょう」


その夜、玲奈は一人で神殿の図書館にいた。愛の力について書かれた古い書物を読み返している。エルシアの記憶のおかげで、古代の文字も読むことができる。


そこには、愛の力の二面性について書かれていた。


『愛は創造の力であり、同時に破壊の力でもある。純粋で強い愛は世界を変える力を持つが、その力が制御されない時、想像を絶する混乱をもたらすことがある』


「やっぱり...」


玲奈は本を閉じた。自分たちの愛が、確実に世界に影響を与えている。でも、それが良い影響なのか悪い影響なのか、まだ分からない。


その時、図書館の奥から微かな光が漏れているのに気づいた。不思議に思って近づいてみると、そこには隠し扉があった。扉は少し開いていて、中から金色の光が差し込んでいる。


玲奈は恐る恐る扉を開けた。そこには小さな部屋があり、中央に美しい祭壇が置かれている。祭壇の上には、見覚えのある水晶球があった。記憶継承の時に見たものと同じような球体だ。


「これは...」


玲奈が近づくと、水晶球が光り始めた。そして、その中に映像が現れた。


映像の中には、創世神アリエルが映っている。神様は深い悲しみに暮れていて、その周りには暗い雲が立ち込めている。


『私の愛した人よ...』


神様の声が聞こえてくる。


『なぜあなたたちの愛は、こんなにも複雑になってしまったのでしょう』


玲奈は息を呑んだ。神様が自分たちのことを見ているのだ。


『代役として始まった愛が、本物になった。それは喜ばしいことのはずなのに、なぜ世界は混乱するのでしょう』


神様の悲しみが、玲奈の心にも伝わってくる。


『もしかして、私の計画が間違っていたのでしょうか』


「神様...」


玲奈は思わず声をかけた。すると、水晶球の中の神様がこちらを向いた。


『玲奈...あなたですか』


「はい。神様、私たちはどうすればいいんですか?」


『分からない...私にも分からないのです』


神様の答えは予想外だった。


『あなたたちの愛は、私が予想していたものを遥かに超えています。その強さ、その美しさ。でも、同時にその影響力も』


「私たちの愛が、間違っているんですか?」


『いえ、間違ってはいません。ただ、強すぎるのです』


神様の声に深い苦悩が込められている。


『愛には適切なバランスが必要です。しかし、あなたたちの愛は、そのバランスを超えてしまった』


「では、どうすれば...」


『それを見つけるのが、あなたたちの使命です』


神様の映像がゆっくりと薄くなっていく。


『答えは、あなたたち自身の中にあります。お互いを信じ続けてください』


映像が完全に消えると、部屋は再び静寂に包まれた。玲奈は一人で立ち尽くしていた。


神様でさえも答えを知らない。この状況を解決する方法は、本当に自分たちで見つけなければならない。


「でも、きっと大丈夫」


玲奈は自分に言い聞かせた。


「ルカさんと一緒なら、きっと答えを見つけられる」


図書館を出ると、廊下でルカに出会った。


「玲奈、こんな時間にどうしたんですか?」


「ルカさんこそ」


「眠れなくて、少し歩いていました」


二人は向き合って立った。


「ルカさん、私たち、きっと大丈夫ですよね」


「はい。どんなに困難でも、一緒なら乗り越えられます」


「明日から、本格的な修行が始まりますね」


「はい。でも、怖くありません。あなたがいてくれるから」


二人は手を握り合った。その瞬間、神殿全体に温かい光が満ちた。それは優しく、希望に満ちた光だった。


「この光...」


「僕たちの愛の光でしょうか」


「きっとそうです。私たちの愛は、確実に世界に良い影響を与えることもできるんです」


その光は神殿全体を包み、遠く町の人々にも届いているようだった。困難な時代の中でも、希望の光として。


玲奈とルカの前には、まだ多くの試練が待っていた。しかし、二人の愛は確実に世界を変える力を持っている。それを信じて、明日からの新しい挑戦に立ち向かう決意を固めていた。


愛の力をコントロールすること。それは簡単ではないが、二人なら必ずできるはずだった。なぜなら、彼らの愛は本物だから。

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