第四章:神の影 ― 世界の危機が迫る
第10話:異変の兆し
リリスとの出会いから数日が過ぎた。玲奈とルカの関係はますます深まり、二人は毎日を大切に過ごしていた。しかし、エテルナ世界には少しずつ、だが確実に変化が現れ始めていた。
朝、玲奈が庭園を散歩していると、いつもと違うことに気づいた。昨日まで美しく咲いていたアクアローズの花びらが、わずかに色褪せているのだ。
「あれ?」
玲奈は近づいて花をよく見た。確かに、以前のような深い青色ではなく、少し薄くなっている。
「気のせいかな...」
そう思いながらも、心のどこかで不安がよぎった。エルシアの記憶によると、世界に異変が起こる時、最初に現れるのは花の色の変化だった。
「玲奈さん、おはようございます」
背後からルカの声がした。振り返ると、彼がいつものように穏やかな表情で立っている。
「おはようございます。ルカさん、この花を見てください」
「どうかしましたか?」
ルカは玲奈が指差すアクアローズを見た。一瞬、彼の表情が曇った。
「確かに、少し色が薄くなっているようですね」
「やっぱりそうですよね。昨日まではもっと濃い青色だったのに」
玲奈の声に不安が混じった。
「でも、季節の変化かもしれません」
ルカは玲奈を安心させようとしたが、彼自身も心配していることが表情から読み取れた。
「そうですね。きっと、そうですよね」
玲奈は無理に明るく答えたが、胸の奥の不安は消えなかった。
その日の午後、二人は図書館で過ごしていた。ルカが古い書物の整理をしている傍らで、玲奈は世界の歴史について書かれた本を読んでいる。
「ルカさん」
「はい」
「この本に、世界の異変について書かれているんです」
玲奈が本を見せると、ルカも作業の手を止めて彼女の隣に座った。
「どのようなことが書かれているのですか?」
「神様の心の状態によって、世界にも変化が現れるということです」
玲奈は該当するページを開いた。
「『創世神の悲しみが深まると、まず花々の色が薄くなり、次に鳥たちの歌声が変わり、やがて空の色も暗くなっていく』と書かれています」
ルカの表情が真剣になった。
「それは...」
「もしかして、神様がまた悲しんでいらっしゃるのでしょうか?」
玲奈の不安そうな声に、ルカは優しく答えた。
「分からない。でも、僕たちがここにいて、愛し合っているのに、なぜ神様が悲しまれるのでしょう」
「私たちの愛が、まだ足りないのかもしれません」
玲奈は自分を責めるように言った。
「そんなことはありません」
ルカは玲奈の手を握った。
「君の愛は純粋で美しい。僕はそれを毎日感じています」
「でも...」
「きっと他に理由があるはずです」
その時、図書館の扉が開いて、ミカエルが入ってきた。彼の表情は普段よりも深刻で、何か重要な知らせを持ってきたことが分かった。
「お二人とも、お疲れ様です」
「ミカエル様、おはようございます」
玲奈とルカが挨拶をすると、ミカエルは重々しく頷いた。
「実は、お話ししたいことがあります」
「何でしょうか?」
ルカが聞くと、ミカエルは少し躊躇してから口を開いた。
「各地から報告が上がってきています。世界各地で、小さな異変が起こっているようです」
玲奈の心臓が早鐘を打った。やはり、朝に見た花の変化は気のせいではなかった。
「どのような異変ですか?」
「花の色が薄くなり、動物たちの様子が変わり、川の流れが弱くなっています」
ミカエルの報告は、玲奈が読んだ本の内容と一致していた。
「それは、世界の崩壊が再び始まったということですか?」
玲奈の声は震えていた。
「まだ断定はできません。しかし、注意深く見守る必要があります」
ミカエルは二人を見つめた。
「お二人の愛によって、世界は安定していたはずなのですが...」
「私たちの愛に問題があるのでしょうか?」
ルカが不安そうに聞いた。
「いえ、お二人の愛に問題はありません。むしろ、とても美しい愛だと思います」
ミカエルは首を振った。
「問題は別のところにあるのかもしれません」
「別のところ?」
「まだ仮説の段階ですが...」
ミカエルは言いにくそうに続けた。
「お二人の愛が本物になったことで、当初の計画とは違う展開になっているのかもしれません」
玲奈とルカは顔を見合わせた。リリスも同じようなことを言っていた。
「つまり、私たちが本当に愛し合ったことが、逆に問題を引き起こしているということですか?」
玲奈の声に困惑が混じった。
「可能性としては、あります」
ミカエルの答えは重かった。
「でも、それでは私たちはどうすれば...」
「今はまだ様子を見ましょう」
ミカエルは二人を慰めるように言った。
「お二人にできることは、今まで通り愛し合うことです。それ以外に方法はありません」
その夜、玲奈とルカは神殿の屋上にいた。いつものように星空を見上げているが、今夜は二人とも沈黙がちだった。
「ルカさん」
「はい」
「私たち、間違ったことをしているのでしょうか?」
玲奈の声には深い悩みが込められていた。
「間違ったこと?」
「本当に愛し合ってしまったこと」
ルカは玲奈を見つめた。
「君は、僕を愛していることを後悔しているのですか?」
「いえ、そうではありません」
玲奈は慌てて首を振った。
「後悔なんてしていません。ただ...」
「ただ?」
「私たちの愛が、世界に迷惑をかけているのかもしれないと思うと、複雑な気持ちになります」
ルカは玲奈の肩を抱いた。
「僕も同じ気持ちです。でも、愛することをやめることはできません」
「私もです」
「それなら、僕たちにできることは、この愛を信じ続けることだけです」
二人は寄り添いながら、星空を見上げた。今夜の星は、いつもより少し暗いような気がした。
翌日、玲奈は一人で庭園を歩いていた。昨日よりもさらに多くの花が色褪せているのを発見して、心が沈んだ。
「やっぱり、どんどん悪くなっている」
そんな時、背後から声がした。
「心配そうね」
振り返ると、リリスが立っていた。相変わらず、音もなく現れる。
「リリスさん」
「花の色が変わってるのに気づいたのね」
リリスは色褪せた花を見つめた。
「はい。これは、世界の崩壊が始まったということですか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える」
リリスの曖昧な答えに、玲奈は困惑した。
「どういう意味ですか?」
「世界は確かに変化している。でも、それが崩壊なのか、それとも新しい形への変化なのかは分からない」
「新しい形?」
「あなたたちの愛が本物になったことで、世界も新しい形に変わろうとしているのかもしれない」
リリスは花びらを一枚摘み取った。
「最初の計画では、代役の恋によって世界を救うはずだった。でも、本物の恋になってしまった」
「それが問題なんですか?」
「問題というより、予想外の展開ね」
リリスは微笑んだ。
「でも、予想外の展開が、必ずしも悪いことだとは限らない」
「どういうことですか?」
「本物の愛は、代役の愛よりもずっと強い力を持っている。その力が、世界をどう変えるかは、まだ誰にも分からない」
玲奈は少し希望を感じた。
「つまり、私たちの愛が世界を救う可能性もあるということですか?」
「可能性はある。でも、試練も大きくなる」
リリスの表情が真剣になった。
「これから起こることは、今まで以上に困難なものになるかもしれない」
「どんな困難ですか?」
「それは言えない。でも、お互いを信じることを忘れないで。それが一番大切よ」
そう言うと、リリスは再び姿を消した。
その日の午後、神殿に緊急の知らせが届いた。遠くの村から、使者が息を切らして到着したのだ。
「大変です!」
使者は神殿の広間で報告した。玲奈、ルカ、ミカエル、そして他の神官たちが集まっている。
「村の井戸が枯れ始めました。そして、畑の作物も枯れ始めています」
「それは...」
ミカエルの表情が青ざめた。
「他にも、森の動物たちが姿を消し、鳥たちも歌わなくなりました」
使者の報告は深刻だった。
「分かりました。すぐに調査団を派遣します」
ミカエルが指示を出すと、使者は安堵の表情を見せた。
「ありがとうございます。村の皆が、神殿の力を信じています」
使者が去った後、広間には重い沈黙が流れた。
「状況は予想以上に深刻ですね」
ミカエルがため息をついた。
「私たちにできることはありませんか?」
玲奈が申し出ると、ミカエルは少し考えてから答えた。
「お二人には、今まで通り愛し合っていただくしかありません。それが世界を支える唯一の方法です」
「でも、それで本当に大丈夫なのでしょうか?」
ルカが不安そうに聞いた。
「正直に言うと、分かりません」
ミカエルは率直に答えた。
「これまでに経験したことのない事態です。でも、お二人の愛以外に頼れるものはありません」
その夜、玲奈とルカは部屋で向き合っていた。
「ルカさん」
「はい」
「怖いです」
玲奈の正直な気持ちが口から出た。
「私たちの愛が本当に世界を救えるのでしょうか?」
「分からない」
ルカも正直に答えた。
「でも、僕たちにできることは、愛し続けることだけです」
「もし、私たちの愛で世界を救えなかったら...」
「その時は、二人で責任を取りましょう」
ルカの真剣な言葉に、玲奈は驚いた。
「責任を?」
「はい。僕たちの愛が世界に混乱をもたらしたなら、僕たちが何とかします」
「でも、どうやって?」
「まだ分からない。でも、必ず方法を見つけます」
ルカの決意に満ちた表情を見て、玲奈も勇気が湧いてきた。
「私も一緒に責任を取ります」
「ありがとう」
「私たち、どんなことがあっても一緒ですから」
二人は手を握り合った。外では風が強くなり、窓を揺らしている。まるで世界全体が、大きな変化の時を迎えようとしているかのようだった。
「ルカさん」
「はい」
「明日から、もっと積極的に行動しませんか?」
「どのような?」
「困っている人たちを直接助けに行くんです」
玲奈の提案に、ルカは目を輝かせた。
「それは良い考えですね」
「私たちの愛が本物なら、きっと人々を救うこともできるはずです」
「はい。一緒に頑張りましょう」
窓の外では、エテルナの星空が広がっている。星々は以前より少し暗いが、それでも美しく輝いている。まるで、希望を失わないようにと励ましてくれているかのようだった。
玲奈とルカの前に、新しい困難が立ちはだかろうとしていた。しかし、二人の愛と決意は、どんな試練にも負けない強さを持っていた。
明日からの新しい挑戦に向けて、二人は静かに心の準備を整えていた。世界を救うために、そして愛を守るために。
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