第3話:エテルナ世界での目覚めと使命

意識がゆっくりと戻ってくる。まるで深い眠りから目覚めるように、玲奈の心は現実へと引き戻されていった。


最初に感じたのは、柔らかな光だった。瞼の向こうに温かく優しい光が差し込んでいる。それは地球で見慣れた太陽の光とは違う、もっと神秘的で美しい光だった。


次に感じたのは、肌に触れる上質な生地の感触だった。シーツは絹のようになめらかで、まるで雲の上に横たわっているような心地よさがある。


「ここ、どこ?」


玲奈はゆっくりと目を開けた。天井を見上げると、そこには息を呑むような美しさが広がっていた。


ドーム型の高い天井には、美しいフレスコ画が描かれている。天使たちが舞い踊る様子が表現されていて、その一つ一つが生きているかのような躍動感を持っている。金色と青色を基調とした色彩は、見る者の心を神聖な気持ちにさせる。


玲奈は体を起こして周りを見回した。そこは白い大理石でできた美しい部屋だった。壁面には精緻な彫刻が施されていて、古代の職人たちの技術の高さを物語っている。


部屋の東側には大きなステンドグラスの窓があり、そこから差し込む光が床に色とりどりの光の模様を作っている。赤、青、緑、黄色。様々な色の光が部屋の中を彩って、まるで宝石箱の中にいるような美しさだった。


「夢...じゃないんだ」


玲奈は自分の体を見下ろして驚いた。いつの間にか、白いドレスのような服を着ている。それは中世の貴族の服のような上品なデザインで、スカート部分は足首まであり、袖は長めになっている。


生地は絹のような質感で、胸元には美しい刺繍が施されている。細かい金糸で花の模様が描かれていて、光の角度によってきらきらと輝く。明らかに高級品で、手作りの温かみを感じさせる。


「本当に異世界に来たんだ...」


玲奈は立ち上がって、部屋の中を歩き回った。足音が大理石の床に響いて、その音さえも美しく聞こえる。


家具もすべてが美術品のように美しかった。ベッドは天蓋付きの豪華なもので、カーテンは薄い水色の絹でできている。机は古い木材で作られているが、細部まで丁寧に彫刻が施されている。


壁には古い絵画が飾られていて、その中には見たこともない風景や人物が描かれている。一つの絵画に、玲奈は特に心を奪われた。それは美しい庭園を描いた絵で、色とりどりの花々が咲き乱れている。


その庭園の中央には噴水があって、水が美しいアーチを描いて踊っている。そして、その庭園を歩く人影が描かれていた。その人影は優雅で美しく、まるで絵の中から今にも出てきそうなほどリアルだった。


「きっと、神様が愛された人なんだろうな」


玲奈はそう思いながら、絵をじっと見つめた。


窓に近づくと、外の景色が見えた。そこには、地球では見たことのない美しい世界が広がっていた。


まず目に飛び込んできたのは、広大な庭園だった。そこには見たこともない花々が咲いている。花の色や形も地球では見たことがないもので、まるで宝石のような輝きを放っている。青い花は空よりも深い青色で、赤い花は炎のような美しさを持っている。


庭園の中には小川が流れていて、その水は水晶のように透明だった。小川に架かる橋は白い石でできていて、まるで雲の上に架かっているかのような幻想的な美しさがある。


庭園の向こうには森が広がっていて、木々の緑は地球の森よりもはるかに深く美しい。そして、その森の向こうに小さな町が見える。建物の様式は明らかに現代日本とは違っていて、まるでヨーロッパの中世のような雰囲気だった。


でも、ヨーロッパの建物とも少し違う。もっと幻想的で、魔法的な美しさを持っている。塔の先端は金色に輝き、屋根は虹色の瓦でできているように見える。


空の色も地球とは違っていた。青い空なのは同じだが、もっと透明感があって、深い青色をしている。雲も、もっと美しい形をしていて、まるで絵画の中の雲のようだった。


そして、空には見たことのない鳥たちが飛んでいる。羽根が虹色に輝いていて、飛ぶ様子がとても優雅だった。その鳥たちの鳴き声も美しくて、まるで歌を歌っているかのようだった。


「すごい...本当に美しい世界」


玲奈は感動で声を震わせた。


その時、扉がノックされた。


「どうぞ」


玲奈は反射的に答えた。扉がゆっくりと開いて、現れたのは威厳のある中年の男性だった。


身長は180センチほどで、がっしりとした体格をしている。白髪交じりの髪は丁寧に整えられていて、深い緑の瞳が印象的だった。神官のような白い服を着ていて、その胸元には金色の十字架のような印がある。


男性の顔には深い皺が刻まれているが、それは苦労の皺ではなく、長年の経験と知恵を表す皺だった。目元には優しさがあって、父親のような暖かさを感じさせる。


「お目覚めになりましたね」


男性は丁寧に頭を下げた。その仕草には品格があり、長年の修行を積んだ人特有の静けさがあった。声も深くて落ち着いていて、聞いているだけで心が安らぐような響きがある。


「あの、あなたは?」


玲奈は警戒しながらも、礼儀正しく聞いた。この人からは悪意を感じない。むしろ、深い慈愛を感じる。まるで、長い間玲奈のことを心配していてくれたかのような、そんな暖かさがある。


「私はミカエル。この神殿の司祭長を務めております」


男性は丁寧に自己紹介した。


「神殿?」


「はい。ここはエテルナ世界の聖なる神殿です」


「エテルナ世界...」


玲奈は神社で聞いた神様の言葉を思い出した。確かに、エテルナという世界に来ると言われていた。


「エテルナ...永遠という意味ですね」


「その通りです。あなたは賢い方ですね」


ミカエルが微笑む。その笑顔は本当に暖かくて、玲奈の緊張を和らげる。


「あの、私、確か神社で...」


「覚えておられますね。あなたは私どもが呼び寄せたのです」


ミカエルは部屋の中の椅子を指差した。


「どうぞ、お座りください。詳しく説明させていただきます」


玲奈は指示された椅子に座った。椅子も美しい作りで、座り心地が良い。クッションは柔らかくて、まるで雲の上に座っているような感覚だった。


ミカエルも向かいの椅子に座り、玲奈の目をまっすぐ見つめた。


「まず、この世界に来ていただいたことを、心からお礼申し上げます」


「いえ、私の方こそ...でも、まだ状況がよく分からなくて」


「当然です。順を追って説明いたします」


ミカエルは穏やかな声で話し始めた。


「玲奈さん、あなたには特別な使命があります」


「使命...」


「信じられないかもしれませんが、この世界は愛によって創られました」


ミカエルは厳粛な表情で続ける。


「創世神アリエル様が、愛する人のために創られた世界なのです」


「神様が、恋をしたの?」


玲奈の瞳が輝いた。神様の恋。なんてロマンチックな話だろう。昨日自分が言った「恋は世界を変える」という言葉が、まさに現実になっている。


「はい。アリエル様は深く、純粋に愛されました。その愛があまりにも美しく強かったため、愛する人のために一つの世界を創造されたのです」


ミカエルは窓の方を向いた。


「この美しい世界のすべてが、愛によって生まれたのです。花々、森、空、川、すべてが愛の産物なのです」


「素敵...」


玲奈は感動していた。愛によって創られた世界。自分が昨日言った言葉が、まさに現実になっている。


「しかし...」


ミカエルの表情が曇った。


「その愛する人は、既にこの世にはおられません」


「それって...」


玲奈の胸が痛んだ。愛する人を失うことの悲しみを、自分のことのように感じる。


「アリエル様は深い悲しみに沈まれました。愛する人がいない世界に、もはや意味を見出せなくなってしまわれたのです」


「そんな...神様がそんなに悲しまれるなんて」


「そして、その悲しみによって、この世界は崩壊し始めているのです」


ミカエルは重々しく告白した。


「崩壊?」


「神様の恋が終わったために、世界が終わろうとしているのです」


玲奈は息を呑んだ。


「本当だったんだ...恋が終わると世界が終わるって」


昨日自分が言った言葉が、まさか現実になるとは思わなかった。でも、今それが目の前の現実として提示されている。


「最初は小さな変化でした。花の色が少しずつ薄くなり、鳥たちの歌声が悲しげになり、人々の笑顔が少なくなっていきました」


ミカエルは悲しそうに続ける。


「そして今、崩壊は加速しています。このままでは、数ヶ月のうちにこの世界は完全に消失してしまうでしょう」


「そんなことが...でも、どうして私が?」


「あなたは昨日、神社で祈りをささげられましたね」


「はい」


玲奈は頷いた。


「『世界のどこかで恋が終わって困っている人がいたら、私がその恋を引き受けてもいいです』と」


「はい、確かに言いました」


玲奈は確信を持って答えた。心の底からの純粋な願いだった。


「その純粋な心を、アリエル様は受け取られました」


ミカエルは立ち上がって、玲奈の前に膝をついた。その姿勢は、心からの敬意を表していた。


「玲奈さん、あなたには特別な力があります。純粋で強い愛の心を持っている」


「私に?」


玲奈は自分を指差した。


「はい。あなたに、神様の代わりに恋をしていただきたいのです」


「代わりに?」


玲奈は理解に苦しんでいた。


「アリエル様が愛された人の記憶を継承していただき、その恋を再び紡いでもらいたいのです」


「記憶を継承?」


「はい。特別な儀式によって、神様の愛された人の記憶と感情をあなたに移します。そして、あなたにはその人として、新たな恋を始めていただくのです」


玲奈は混乱していた。


「でも、それって演技ということですか?」


「最初はそうかもしれません。しかし、愛とは不思議なものです。演じているうちに、本物になることがあります」


ミカエルは優しく微笑んだ。


「そして、あなたには本物の愛を育む力があると、私たちは信じています」


「でも、私、普通の高校生ですよ?そんな大それたこと...」


「あなたなら大丈夫です。昨日の祈りを聞いて、確信いたしました」


ミカエルは真剣な眼差しで玲奈を見つめる。


「世界を救えるのは、あなただけなのです」


「世界を救う...」


玲奈は再び窓の外を見た。美しい景色が広がっている。緑豊かな森と、遠くに見える町。そこには人々の生活があり、きっと愛し合う人たちもいるだろう。家族、恋人、友人。様々な形の愛がそこにはある。


「この世界の人たちも、みんな私と同じように生きているんですよね」


「はい。そして、皆あなたの決断を待っています」


玲奈は振り返った。


「もし私がその使命を引き受けなかったら?」


「世界は崩壊し、すべてが終わってしまいます。愛し合う人たちも、家族も、すべてが失われてしまうのです」


ミカエルの声は重かった。


「どれほどの人々がこの世界で生きているのですか?」


「数百万の人々が暮らしています。そして、それぞれに愛する人がいて、大切な思い出があります」


玲奈は深く息を吸った。数百万の人々の命と幸せが、自分の決断にかかっている。これは重大な責任だった。でも、心の中では既に答えが出ている。


困っている人を放っておけない。それが玲奈の性格だった。目の前に助けを求めている人がいれば、必ず手を差し伸べる。たとえそれが自分にとって大変なことでも。


「分かりました」


「玲奈さん...」


「私、やります。その使命、引き受けます」


玲奈の瞳が決意に満ちていた。


「恋って、人を幸せにするものでしょ?だったら、世界だって幸せにできるはず。それに、困っている人を放っておけないんです」


ミカエルは安堵の表情を浮かべた。


「ありがとうございます。しかし、簡単な道のりではありません。神様の恋を代役として演じることの難しさ、そして...」


「そして?」


「あなた自身の心にも、大きな変化が起こるかもしれません。他人の記憶と感情を受け入れることで、あなたの心は複雑になるでしょう」


玲奈は少し不安になったが、すぐに微笑んだ。


「大丈夫です。私、人を幸せにするのが好きなんです。それに...」


玲奈は少し恥ずかしそうに続けた。


「もしかしたら私も、素敵な恋ができるかもしれないし」


「そうですね。きっと、あなたにとっても特別な体験になるでしょう」


ミカエルは暖かく微笑んだ。


「明日から、あなたの新しい生活が始まります」


「新しい生活...」


玲奈は胸が高鳴るのを感じた。不安もあるけれど、それよりも期待の方が大きかった。


「あの、一つだけ教えてください」


「何でしょうか」


「神様が愛された人って、どんな人だったんですか?」


ミカエルは少し悲しそうな表情を浮かべた。


「それは、記憶を継承された時に分かります。しかし、一つだけ言えることは...」


「はい」


「とても美しい魂を持った人でした。あなたのように」


玲奈は頬を赤らめた。


「私なんて、まだまだです」


「いえ、あなたには人を愛する力があります。それが何よりも大切なのです」


ミカエルは立ち上がった。


「明日、記憶継承の儀式を行います。そして、あなたは神様の愛された人として、新たな恋を始めることになるのです」


「相手の方は...どなたなんですか?」


玲奈は恥ずかしそうに聞いた。


「それも明日分かります。しかし、とても素晴らしい方です。あなたなら、きっと愛することができるでしょう」


ミカエルは意味深に微笑んだ。


「今日はゆっくりお休みください。明日からは、忙しくなりますから」


「はい、ありがとうございます」


ミカエルが部屋を出ていくと、玲奈は一人になった。窓の外を見ると、夕日がエテルナの空を美しく染めている。地球で見る夕日よりもはるかに美しく、まるで絵画のような美しさだった。


「明日から、新しい人生が始まるんだ」


玲奈は胸に手を当てた。心臓が高鳴っている。期待と不安が入り交じっているが、それよりも強いのは使命感だった。


「世界を救う...私にできるかな」


でも、やると決めたのだ。困っている人を助けるために、自分にできることをしよう。


そして、もしかしたら自分も素敵な恋ができるかもしれない。その期待も、玲奈の心を温かくしていた。


夜が更けて、エテルナの美しい星空が部屋を照らし始めた。玲奈の新しい物語が、いよいよ始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る