第3話消された記憶

「君の記憶が抜け落ちたのは、事件の“前後”どちらだい?」


取調室の一角で、法条律は静かに問いかけた。

対面するのは、被告人三島智也。

両手を膝に乗せたまま、彼は曇った目で答えた。


「……ちょうど、店に向かう途中からです。コンビニの灯りが見えたあたりまでは……覚えてるんです。でも、そこから急に……」


「断片的な夢みたいな記憶でもいい。何か変わったことはなかったかい?」


智也はしばらく目を閉じ、そして、ぽつりと呟いた。


「背中に……何か刺されたような感覚がありました。痛みというより、変な熱さみたいな……すぐに意識がぼやけて……」


法条の表情がわずかに動いた。

その証言は、彼が先ほど別ルートから得た**“とある情報”**と重なっていた。


近年、犯罪者や証言者の記憶を操作するために

用いられる“違法神経干渉デバイス”。

外科手術不要で、皮膚接触のみで短時間の記憶改変を起こせる非合法AI技術。

軍事転用の噂があり、闇市場では

“メモリーグリッチャー”と呼ばれていた。


「……君をはめた者は、ただ逃げただけじゃない。君に罪を着せる準備までしてたんだ」


智也の目が、怯えから驚愕に変わる。


「じゃあ……僕が見た“犯人”は……?」


法条はうなずいた。


「その記憶すら、本物かどうか分からない。

だが、君が“あの時刻にあの店へ向かった”ことだけは事実だ。

そして、犯人はそれを知っていた。君を待っていたんだよ、現場に」


智也の肩が小さく震える。


「僕は……どうすれば……」


「真実を思い出せ、じゃない。君を証明できる証拠を、僕が探す」


その言葉には揺るぎがなかった。


法条は立ち上がり、部屋を出る直前に振り返る。


「ところで君の大学、工学部だったね。記憶に関する研究室にいたことは?」


智也ははっとして答えた。


「……はい。脳波と夢の記録を解析する、睡眠データの研究に……少しだけ……」


「それだ」


法条の目が光る。


「君の“無意識の記録”が、証拠になるかもしれない」


それはAIでは予測不能な、人間だけが持つ微細な記憶の痕跡。

皮肉にも、智也自身の研究が、彼の無実を照らす光となる可能性があった。


この裁判はまだ始まったばかりだ。

だが、法条律の中には確信が芽生えつつあった。


これはただの冤罪ではない。

誰かが、意図的に、証拠を捏造し、記憶を

改ざんし、智也に罪を着せようとしている。


そしてその“誰か”は、AI司法の深部に繋がっている。

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