『AI裁判: -JUDGE-β』

KAORUwithAI

第1話灰色の正義

午前9時、東京高等裁判所第7法廷。


深い静寂の中、開廷の合図が無機質に鳴り響く。

女性型AI音声それは、裁判支援システム「JUDGE-β」の声だった。

「起立。原告および被告、着席を許可します。」

人々は規則正しく着席する。その中に、わずかに遅れて姿を現した男がいた。

灰色のスーツ、緩んだネクタイ、くたびれた鞄を抱える姿。

彼の名は、法条 律(ほうじょう りつ)。

人呼んで、“最後の人間弁護士”。

「……遅れて申し訳ありません。AIナビに逆らった結果、えらく遠回りしました」

軽口を叩きながらも、その瞳には鋭い観察の光が宿っている。

彼が隣に腰を下ろすと、

被告人**三島 智也(みしま ともや)**は、

不安げに顔を上げた。


罪状は強盗殺人。


深夜2時、コンビニに押し入った犯人が現金を奪い、店長・稲村を刃物で刺殺。

監視カメラの映像、現場に残されたDNA、

そして何より智也自身の自白

それらが重なり、AI裁判の予測は「有罪確率99.999%」とされていた。

だが、事件の本当の経緯は、こうだった。

事件当夜。

智也は近くの大学でレポートを終え、いつものようにコンビニに立ち寄った。

扉を開けようとしたその瞬間、フードを深くかぶった人物が店から飛び出してくる。

顔は見えなかった。ただ、その人物は明らかに

何かから逃げるような動きだった。

智也が店内に入ると、カウンターの内側で店長・稲村が血まみれで倒れていた。

驚愕と混乱のなか、彼は思わず駆け寄り、稲村を抱き起こした。

そのタイミングで、アルバイトの女子学生が店に出勤してきた。

彼女が見たのは、智也が血塗れの店長を抱きかかえる姿。

すぐに110番通報。

到着した警官により、智也はその場で“現行犯逮捕”された。

それが、この事件の「真相」だった。

しかし警察とAIは、映像・証言・DNAという「確実な材料」だけで、

事件の全体像を機械的に組み立てた。

智也の記憶には一部空白があり、取り調べで

「やったかもしれない」と語ったことも、

「自白」としてデータに記録された。

だが法条律は、これまでに何度も

“そのような人間”を見てきた。

無実であるにも関わらず、追いつめられて自分を責める人々を。

彼は弁護人席から立ち上がると、法廷を見渡し、JUDGE-βに向かって言った。

「JUDGE-β様。本件の証拠AI解析には重大なバイアスと時系列の誤認が存在すると判断し、異議を申し立てます」

「異議内容確認中……異議、認定。審理継続」

法廷内に微かなざわめきが走る。

“99.999%の有罪”に、ただひとり抗おうとする男。

人間の弁護士、それは時代錯誤の象徴と

されていた。

だが、法条律は知っている。

証拠とは、事実の一部にすぎない。

真実とは、人間の中にだけ潜んでいる“理由”や“弱さ”の奥にあるものだ。

そして彼は確信していた。

三島智也は、犯人ではない。

この裁判は、ただの弁護ではない。

AIには裁けない、“人間の闇”を暴く戦いなのだ

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