第3話「ナーハナ王国(2)」

さて、クルレは暇を持て余したので、家中をよく散策することにした。

この家は外面からは1階建てかのように見られたが、低めのいわゆる天井裏のような2階部があり、男の書斎がひっそりと存在した。

少しばかり忍びないようにも思えたが、彼は書斎を漁ってみた。

机の引き出しから、棚の奥から、様々なところから情報が探り出された。

この男の名はタッカリー。姓はない。町のはずれの小さな製鉄所で働くナキア教徒だそうだ。貴族が平民を支配する現在の支配体制に強く反発し、日記にその不満が書きためられていた。


一体この町の役人はどうなっているのか。都からやってきたと思えば、町に繰り出しては自分はいいとこ育ちなんだとかお前らの有り金ぜんぶあわせても自分に及ばないとか自慢を繰り返し…劣悪な環境で生きてきたことがバレバレじゃないか、とんだ阿呆だ。それでいて女遊びを繰り返し…これをなぜ我々は指をくわえて見ているだけしか出来ないのであろうか。民衆は役人を審査する権利を持つべきはずだ!


貯金で都に行ってきた。酷い有様だ。宮殿の周りには貴族が寄って集って集まり、平民には刃先を向けられる。少し離れるとすぐにスラムが出てくる。外出する貴族の馬車に襲いかかるように群がって物乞いや頼み事をする。それで切り捨てられて2、3人死ぬのはおかしい事でないようだ。死体はそこらへんに捨てられて、酷い匂いだった。民衆にまともに生きる権利はないのか!貴族と何が違うのだ。私の妻も子も、その格差のせいで…、私はこの国を許さない。


バーであんなこと聞いたのはまずかっただろうか。

クルレはこの町に着いてからの1日のことを思い返した。今彼が書斎を侵入していることに始まり、男には幾たびも迷惑をかけていて、なんともやるせない、自責の念に駆られた。そう感じるやいなや彼は置き手紙を書き始めた。


タッカリー様

この度は何度も私めを助けてくれて誠にありがとうございました。ご迷惑をおかけしましたから、これにて私はここを去り、また旅に出ようと思います。これまでのご恩は忘れません


名がタッカリーであると知っていることを相手は知らないわけだからこの書き出しはおかしいのではないかと思ったし、こういう文というのは普段書かないものだから無茶苦茶にも見えたが、それよりも早くここを出たい一心でこれを殴り書き、書斎に置いて玄関のドアを開けた。

「おお、奇遇ですね!」男とちょうど出会した。「昼食は取られましたか?」

「ええ、一応」

「そりゃ良かった、またお出かけで?」

「ええ、まあ、そんなところです」クルレは商売道具の大荷物を隠そうとした(もちろん、隠れきってなどいなかったが)。

「いやあ、危ないところでした。川の様子を見に行ったはいいものの…酷い荒れ具合でした。いつもより幅が10mほど広くなっているように伺えましたね。家々も流されて…見るに耐えませんでした」

「いや、タッカ…ゴホン、失礼、旧友の名前です、あなたが無事で良かった」

「川岸に住んでいた妻子はどうなったか安否を確認するために行ったのですがね、しっかりと川から離れたところに避難して匿ってもらっていましたよ、いやはや自分で考えて動ける賢い女で良かった」

「えっ」

「えっ」

「そういえば言ってませんでした、私には妻子がいるんです。ですが妻が私より低い階級なばかりに、あんなに危険な川岸に住まわされているんです。全くもって許せん制度ですよ」

「へ、へえ」

「なんだ、さっきから反応が冷たいじゃないですか」

「いやあ、そんなことないですよ」冷や汗をかいているのが肌から如実に伝わった。

「それではこれで…」クルレは足早に、ドアに体をねじ込んで家を出た。そして変に思われない程度に小走りで町を抜けた。


この町から去らんとする前に、買取商に立ち寄った。日の初めに買い物のため物品を幾つか換金したが、大して使うこともなかったので売ったものを返してもらうのだ。毛皮と銅器、ガラス細工のことだ。

「すみません、換金した物を買い戻したいんですが…」

「ああー、さっき来て毛皮やらなんやら売ってった人?一足遅かったね、ついさっきガラス細工は買い手が現れちまってね」

「えっ!誰が買っていったんですか?」

「さあー誰かは知らねぇけど、カイゼル髭を伸ばしていたな。そんであんまり大きい声で言うもんじゃねえが…衣装は薄汚れてた、それと裾が濡れてもいたな」

嗚呼、なんてことだ、取り返しがつかない。買取価格がいくらなんでも安いと思っていた矢先に、大きな損失を被った。

「そうですか、ならそれ以外を買い戻させてください」

そうして店を出た。ここの貨幣を持っていても大して価値がないので折角ならこの町で使ってしまうことにした。何か土地ならではのものを…と思っていると、ワインの蔵に出会った。製造と同時に販売も行っているらしい。そういえばあれは美味かった、次の町までは離れてもいないしここで買ってむこうで売ってしまおう。

そうして小樽ひとつのワインを買って、腐る前にと先を急いで「此の町ナーハナ王国」の看板を通過した。

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クル旅 いももち @imomoci

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