イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について(カドカワBOOKS10周年記念長編コンテスト中間選考突破)

のびろう。

プロローグ『君の声の代わりに』

 春の光が柔らかく差し込む午後。引っ越しを終えたばかりのワンルームの部屋に、ダンボールの山と俺――天城コウはいた。


 大学入学と同時に始まった一人暮らし。親元を離れた開放感と、どこか頼りない静けさが、交互に胸の奥をくすぐってくる。


「……さて、と。まずはWi-Fi繋がったし、冷蔵庫の中、空っぽじゃなかったら合格だな」


 なんて独り言をつぶやいて、冷蔵庫を開けた瞬間――中から大量のプリンが現れて、俺は絶句した。


「えっ、なんで……?」


 その直後、ピンポンとチャイムが鳴る。


 モニター越しに映ったのは、見間違えるはずもない――俺の義妹、天城ひよりだった。


「やっほー、お兄ちゃん。新生活、ちゃんとやれてる? 冷蔵庫、合格でしょ?」


 銀髪ショートにパーカー姿。昔と変わらない無邪気な笑顔。……でもその後ろに、なぜかスーツケースが見える。


「なぁ、ひより。もしかして……泊まる気?」


「うん! というか、今日からちょっと居候させてもらうからっ!」


 はあああああ!?!?


 困惑の嵐が脳内を吹き荒れる中、ひよりは部屋にずかずかと上がり込み、まるで自分の部屋のようにソファに座った。プリン片手に。


「……理由、聞いてもいいか?」


「うん。実はね――喉、潰れちゃったんだ」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 喉を潰した。つまり、声が出なくなった。普通の人間にとっても一大事だけど――


 ――彼女は人気Vtuber《ひよこまる♪》。フォロワー20万人超えの、業界でも注目株の配信者だ。


「病院で診てもらったけど、声帯に炎症があって。少なくとも数週間は、配信も通話もNGって」


「……それって、活動休止じゃないか」


「そう。でもね――それじゃ困るの。……次の配信、代わりに出てくれない?」


「……は?」


「お兄ちゃんの声、イケボじゃん。前にひよこまるの声、ふざけて真似してたでしょ? あれ、私より“可愛かった”ってコメントついてたんだから!」


「いやいやいや! それとこれとは――!」


「お願い、お兄ちゃん。お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」


 まるで、運命のセリフのようだった。


 そのときの俺には、Vtuber業界の裏事情も、配信者の演技力の大切さも、なにもわかってなかった。ただ――


 困ってる妹を、見捨てることなんてできなかったんだ。



 ──それがすべての始まりだった。


 初めての配信は、緊張と混乱の連続だった。


 だが、ひよりが用意してくれた台本をもとに、俺は《ひよこまる♪》として喋り始めた。声を変え、言葉を選び、彼女の代わりに笑った。


『あれ、ひよこまる……今日、なんか色っぽくない?』


『もしかして、中の人……彼氏できた?』


 コメント欄がざわつき始めた。なぜか“リアルな恋人気分”が出ていたらしく、予想外に大バズり。


 ……いや、演技じゃなかった。ただ、ひよりの言葉を想像して、彼女の気持ちを代弁しただけなんだ。


 そして気がつけば、俺とひよりはユニットを組むことになっていた。


 《ひよりとレイ》――妹系甘々ユニット、誕生。




 だが、それは同時に――


 甘いだけじゃない、声と心の物語の始まりだった。


 “誰かの代わり”として始まった俺の配信生活は、


 やがて“俺にしかできない声”を探す旅へと変わっていく。


 そして、妹・ひよりの中に眠っていた“想い”もまた、


 秘密の声を通じて、静かに芽吹いていくのだった。




 ――だから、これはただのラブコメじゃない。


 声でつながる、“本気の恋”と“嘘の関係”の話だ。

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