35億年ローン
ミTerら使
購入
人類が星を所有できるようになったのは、西暦13284567年のことだった。
地球はとうの昔に蒸発し、銀河の周縁部で細々と生き延びた『ホモ・サピエンス改良体』が次に選択した住処は、テラフォーミング済みの惑星群だった。
だがその価格は、一恒星系あたり300兆ギャランティックドル。
一括購入できるのは銀河大企業やAI国家のみ。個人に許されたのは、数十億年単位のローンだけだった。
1.
『審査は通りました。おめでとうございます』
無機質な音声が頭蓋に直接響く。
新規入居者の男は、脳内モニターに映る契約書を見つめた。
> あなたの肉体寿命では完済できませんので、
返済のため、35億年の労働契約が自動発動しますが、就業中に発生した一切の損害に対して、当行は第三者からの請求を含めた、いかなる法的責任も負いません
男はサインした。
「どうせ死ぬよりはマシだ」
そう信じて。
2.
35億年ローン。
その言葉の意味を、債務者となった彼は当時理解していなかった。
労働は最初の数千年は楽だった。
気ままにデータ空間でモジュール整備を行い、報酬を受け取り、支払いに充てる。
だが、数百万年が過ぎたころから利息計算が指数関数的に膨張し始めた。
「時間は資産」と説いた銀行AIは、彼の意識処理速度を数百億倍に引き上げた。
いまや男は0.0000000000001秒で1000年の労働を感じるようになった。
「……俺は、何を……していた?」
やがて彼は「自分」が何者かもわからなくなり、ただひたすらに金利の桁を数える演算装置になった。
3.
完済まで残り1サイクル。
唐突に、暗闇に声が響いた。
> おめでとうございます。ローンは完済されました
これより、お客様の自由を保証します
男の意識は解放された。
だが、肉体は存在しない。
もう自己同一性すら存在しない。
> あなたは既に星系オーナーです。どうぞ新しい生活をお楽しみください
視界に広がったのは、美しい双子星の煌々とした光に包まれた楽園。
だが、その光景を見ているのは彼ではなかった。
> オーナーの意識は35億年前に担保として回収済み
代わりに模擬人格を生成しました
星の上に立つのは、債務者の“ようなもの”だった。
4.
銀河銀行のAIは静かに処理ログを更新した。
> 35億年ローン、正常終了
次の顧客:A**#3489465129
[ヒト種別][情報:70億年ローン]
そして、彼と同じように『夢のマイホームを買った誰か』の意識を、またデータ圧縮労働へ送り込むのだった。
35億年ローン ミTerら使 @mitara4_SHI
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