七夕を蹴散らせ

@Intriguing-Corridor

夕陽

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いィィィイイアアアアアァァァアアアアアアアアッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 もてな伊太郎いたろうは激怒した。

 必ずや、かのリア充の織姫と彦星をぶち殺さねばならぬと決意した。


 もてなには恋愛がわからぬ。もてなは、非リアである。彼女は出来ず、一人で遊んで暮して来た。けれども恋愛に対しては、人一倍に敏感であった。


 きょう未明もてなは家を出発し、野を越え山越え、十里はなれたこの天の川にやって来た。もてなには父も、母も無い。女房も無い。十六の、スマホから出てこないほど内気な妹と二人暮しだ。


 と、織姫と彦星を見つけた。


「死ィィイイねェェエエエッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 俺は、リア充に報いを与えなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! もてな

 路行く人を押しのけ、跳ねとばし、饗は黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、0.001倍も早く走った。一団の旅人とっとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、織姫と彦星も、逢瀬をしているよ。」ああ、そのリア充、そのリア充のために俺は、いまこんなに走っているのだ。そのリア充を死なせなくてはならない。急げ、もてな。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。もてなは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、織姫と彦星が見える。織姫と彦星は、夕陽を受けてきらきら光っている。

 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、もてなは走った。もてなの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、もてなは疾風の如く逢瀬に突入した。

「クソリア充。」もてなは眼に涙を浮べて言った。「君を殴る。ちから一ぱいに君を殴る。」

 もてなは腕にうなりをつけて織姫と彦星の頬を殴った。

 もてなは、残虐な気持で、そっと北叟笑ほくそえんだ。

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