第11話 我が城に帰るまでが遠足です
海からの帰り道は、僕のHP(ヒットポイント)とMP(メンタルポイント)を容赦なく削っていった。まず、服についた砂がチクチクして不快指数が高い。次に、心地よかったはずの潮風が、乾くと髪をベタベタにするという裏切りを見せた。そして何より、エリスが残していった「強制介入モードのレベルアップ」という不穏な予告が、鉛のように僕の心にのしかかっていた。
せっかく、ほんの少しだけ、世界も悪くないかもしれない、なんて思えたのに。あの宇宙人は、僕がポジティブになりかけると即座にそれを叩き落とすよう、プログラムでもされているのだろうか。
隣を歩くヴィオレッタは、拾った綺麗な貝殻を耳に当て、「波の音がしますわ」なんて言って無邪気に笑っている。その能天気さが、今は少しだけ羨ましかった。いや、こいつがいるなら、明日から何が起きても、まあ、一人よりはマシか…? いやいや、面倒が二人分になるだけか…? 僕の脳内は、ネガティブとポジティブのシーソーゲームで忙しかった。
やっとの思いでたどり着いた、僕の城。ドアを開けると、そこには見慣れた薄暗闇と、そして、見慣れない「整頓された空間」が広がっていた。ヴィオレッタのテラフォーミングによって、僕の歴史の地層(ゴミ)は綺麗に片付けられ、床には謎の爽やかな芳香剤まで置かれている。落ち着くような、落ち着かないような、複雑な気分だ。
窓の外を見上げれば、そこにはいつも通り、銀色のUFOが静かに浮かんでいる。ただいま、UFOさん。君がいると、なんだかホッとするよ。
僕はソファ(という名のマットレス)に倒れ込み、今日一日の疲労を吐き出すように、長いため息をついた。一息つこうと、何気なくテレビの電源を入れる。いつもなら砂嵐か、通販番組しか映らない、僕の心の友だ。
ザッ……というノイズの後、画面に映し出されたのは、見覚えのある天井だった。
……ん? いや、見覚えがありすぎる。あれは、僕の親友、シミちゃんだ。カメラがゆっくりとパンすると、そこにはマットレスの上でだらしなく寝そべる僕自身の姿が映っていた。ご丁寧に、画面の右上には『密着!地球ニート24時 〜彼の人生は、宇宙を救えるか〜』という、悪趣味なテロップまで表示されている。
「なっ……!?」
チャンネルを変えても、変えても、どの局もこのクソみたいなドキュメンタリー番組を放送している! しかも、ご丁寧に副音声では、シリウス星人だか何だか知らない宇宙人たちの解説まで入っている始末だ。
《「ここで彼は寝返りを打ちましたね」「おお、これは貴重な映像だ」》
うるさい! 僕の寝返りに価値を見出すな!
「まあ! 夏彦、テレビデビューですわ! スターですね!」
ヴィオレッタが背後でパチパチと手を叩いている。違う、そうじゃない。これはデビューじゃなくて、プライバシーの公開処刑だ。
僕はリモコンを放り投げ、天井を仰いだ。
エリスのやつ、レベルアップの方向性が斜め上すぎる。
僕の平穏なニートライフは、終わった。それも、全宇宙に生中継されながら、最も恥ずかしい形で、完全に。
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