第6話 起爆剤という名の厄介事
お湯を沸かし、カップ麺のフィルムを剥がし、かやくを入れ、お湯を注ぎ、蓋をする。この一連の神聖な儀式は、本来、静寂の中で厳かに行われるべきものだ。しかし今日の僕の厨房(部屋の隅)には、かつてないほどのギャラリーがいた。壁から来た少女と宇宙から来た美女が、固唾をのんで僕の一挙手一投足を見守っているのだ。まるで時限爆弾の処理でも見物しているかのような、あの真剣な眼差しはやめてほしい。プレッシャーで麺が伸びる。
3分後、ようやくありついたシーフード味のスープは、僕の空っぽの胃袋にじんわりと染み渡った。うまい。ああ、生きている味がする。この一口のために、僕は今日、体を起こしたのだ。すべてが報われた瞬間だった。僕が最後の一滴までスープを飲み干し、至福のため息をついた、その時だ。
「素晴らしい行動力でした、夏彦様」
拍手と共に、エリスが僕の偉業を称えた。その声には、皮肉と本気がちょうど半々でブレンドされているように聞こえる。
「起床、他者との会話、そして調理と食事。レポートのAパート(前半)としては、まずまずの滑り出しと言えるでしょう」
テレビ番組みたいな区切り方はやめてくれないか。
「しかし」と彼女は続ける。「物語を本格的に動かすには、刺激が足りません。いわば、起爆剤が必要です」
そう言うと、エリスはどこからともなく、一本の万年筆を取り出した。それは、僕の部屋にあるどの物品とも不釣り合いなほど、重厚で、美しく、そして高価そうな代物だった。夜空を溶かしたような深い青色の軸に、銀色のクリップが星のようにきらめいている。
「これをあなたに。物語のフラグです」
有無を言わさず、僕の手にそれを握らせる。ひんやりとした金属の感触。昔、小説家になろうなんて青臭い夢を見ていた頃、文房具店のショーケースに飾られた高級万年筆に、喉から手が出るほど憧れたことがあったっけな……。一瞬だけ、忘れていたはずの記憶が脳裏をよぎり、僕は慌ててそれを振り払った。
「では、わたくしは一度、庁に戻り経過を報告します。次の展開、期待しておりますよ」
エリスは完璧な営業スマイルを残すと、次の瞬間、眩い光の粒子となってフッと消えた。SFXが派手だな、おい。後片付けくらいしていけ。
部屋には再び、僕とヴィオレッタ、そして僕の掌にぽつんと残された、厄介な輝きを放つ万年筆だけが残された。ヴィオレッタが「まあ、綺麗ですわ!」と目を輝かせてそれを覗き込んでくる。
僕は、ただ深いため息をついた。
どう考えても、これは面倒ごと以外の何物でもない。僕の平穏なニート生活は、この一本のペンによって、本格的に終わりを告げようとしていた。
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