『感謝する国』ー3
「……何だ、この辛気臭え国は?」
酒場のマスターから教えてもらった国とやらに入国してみたが、男の第一印象は"辛気臭い"だった。
マスターの話じゃ、旅人や商人に対して非常に優しい国だという事だったが……国の通りを少し進んでみたところでおかしいと気付いた。
通りに人が全然居ないのだ。いや、まだそれだけならば偶然の一言で片付けられたかもしれない。
そうじゃない。通りの露店すら店員の姿が見えない。シャッターが閉まっている店すらある。活気を失った商店街のようだった。それに、住宅街の方。馬車で進む男はあらゆる方向からの視線を感じて身震い。その視線の出所を確かめようとしてー、男は戦慄した。洗濯物が干されていたり、観葉植物が置かれていたりする住宅街中のベランダ。そこら中から男を
「……ちっ、何だってんだよ」
男は舌打ちをし、怒り任せに
『その国、穏健な旅人や商人には歓迎ムードらしいですが少しでも悪そうな人間には冷たいらしいですよ。悪意に敏感みたいです』
あの馬鹿野郎 と心の中で毒づく男。見当違いな事を言ってくれやがった。俺は旅人や商人に優しい国だと聞いたからここまで来たんだぞ。この国なら金稼ぎがしやすいと思ったから。 だというのに。
「入った瞬間からこれかよ。もてなし精神がなってねえな ろくでもない国だ」
一方的な恨み節だった。御者台に置いていた酒瓶を乱暴に片手で掴んだ男はその中身を"ぐびっ"と一気に飲み干した。飲み干して、空になった酒瓶をどこか適当な方向に投げ飛ばしてー、
「うわあああああっ!?」
投げ飛ばした方向に偶然誰かが居たのか、悲鳴が聞こえた。小さい男の子の声だった。
「あ?何だよ?」
"うるせぇな" と苛ついた男がそちらへ顔を向ければ、今しがた自分で投げ飛ばして割れた酒瓶が地面に転がっていて、その近くで座り込んで泣く男の子と、男の子に"大丈夫!?"と声を掛ける女性。
「……目障りだな、オイ」
男が原因なのは明らかだったが、見ていると無償に腹が立った。ただ酒瓶が飛んできただけでぎゃーぎゃーうるさいガキだ。
男は手綱を振って馬を停止させると、御者台から降りた。そして舌打ちをしながらズカズカと小さい男の子と女性のもとまで進んでいき。
周囲から声が聞こえてきた。住宅街の窓やベランダから何事かと住人達が顔を覗かせ始めたのだ。彼ら彼女らは何やらかなり怒り狂っているらしい男を見て分かりやすく嫌悪感を
「おいコラ!黙れよ!」
罵声を飛ばす男。小さい男の子と女性にがんを飛ばし、大声で怒鳴り始めた。
「ガキの教育くらいしっかりやっておけよ!俺は商人なんだよ、これから商売すんだよ!邪魔してんじゃねえ このクソ野郎!大体、この国はどうなってやがんだ?何で誰も歓迎しねえ?ここは旅人や商人に優しい国じゃねえのか!?ああ!?」
余りに身勝手で、自己中心で、理不尽な
「なぁ……誰だあいつ?」
「商人らしいが、かなり乱暴だな」
「あの可愛い旅人さんと比べる価値も無い外道だぜ、ありゃ」
「あんな酒浸り、もてなしたく無いな」
「大声出したら近所迷惑になる事くらい
「出ていけ」「そうだ出ていけ」「この国はお前なんか歓迎しない」
顔を覗かせ、何事かと事態を傍観していた住人達の嫌悪感が段々と色濃くなる。強く睨み付ける者、自衛の為に武器代わりの包丁を取り出す者、男を止めようと自ら現場へ飛び出していく者。
周囲が騒然としていく中、しかし渦中の男がそれらを気にする素振りは見られず。
「この野郎、聞いてんのか!?無視してんじゃねえ!」
男は自分が悪いなどとは微塵も思っていない。
酒瓶を投げ捨てた自分に非は無い。本気でそう思っているから、男は女性に詰め寄って
「謝れよ!」 と怒鳴った。
女性はその理不尽な
「……………すよ」
「ーあ?」
その光景に思わず腕を振り上げた男だったが、女性が発したか細い声に目を見張った。
「何だと?」
「………が、当たりますよ」
「おい!ちゃんと喋れよ!」
下を俯きながら何やら呟く女性。男が
「っ!?」 男は背筋に冷たいものを感じる。女性は態度が豹変したかのように小さい男の子を守るように立ち上がり、男を至近距離から睨んだ。そして、言った。
「ー
その時、男は初めて気付いた。周りを見回す。見回して、あまりの不気味さに鳥肌が立ち怖気が襲って。
「ー何やってるんですか?」
大通りの方から聞こえてきた場違いも場違いー若い少女の声が、男の
▼▼▼▼
大通りの方角からやって来たのは、奇妙な少女だった。まず、明らかに国の人間ではないだろうと男は思った。商人でもなさそうだった。でも、だからといって、旅人というにもその
格好は白いワンピース……に、左右に三角形が付いた奇妙で独特な形のフードを被っている。ただ、目深には被っていないので顔が見えないという事は無く、むしろ、黄色い髪に若草色の瞳、幼さを残した童顔が"愛らしい"という印象を抱かせる少女で。
「おおーっ!旅人さんだ!」
「また君に
「最高に可愛いぞーっ!」
国の人々の明らかな変わりように、男は
「待って下さい」
男を、少女の声が呼び止めた。驚いて振り返る。
奇妙な風体をした恐らく旅人だろう少女。男よりもこの国では人気者だったのだろうその少女は、若草色の瞳に
「ーあの子に謝って下さい」 と。
そして、その瞬間、男は少女に何を言われたのか、本気で理解出来なかった。
「……何でだ?」
「貴方があの男の子を泣かせたんですよね」
少女は実際の現場は目撃していないはずだが、妙に勘が働くようだった。そして、それは事実だ。男が適当にぶん投げた酒瓶が小さい男の子の間近に落下、破損。
だが、男にとってはそれまでだった。瓶を投げた方向に偶然居た男の子が悪い。そしてさらに言えば、恐らく男の子の母親であろう女性。彼女の監督不行き届きでもある。我が子から目を離しているからこうなるのだ。だから、俺は間違ってない。この少女の目も
「残念ですけど、周りの人達が証人だと思います。気付かないんですか?」
少女は静かにそう言って。
直後、こう続けた。
「旅をしてるとたまに居るんです。貴方みたいに自分のした事全てが正当化されると思っている人」 と。
気付けば、男は少女に向かって大股で近付き、太く毛むくじゃらの腕を思い切り振り上げていた。
思えば、いつもこうだった。小さな頃、暴力的な父親が家庭を支配していて、母も自分も一切逆らえなかった。父親=暴力という構図が幼いながらに組み上げられた。そして、そんな父親を見て育ったから、男は商人になってからも大抵の事は暴力で解決するようになった。気に入らない事があればとにかく人を殴りまくった。それを悪い事と認識せず、暴力で強引に日銭を稼いでいった。物が売れれば何でも良い、俺は悪くない。殴られる方が悪い。だから、これからこの少女にも同じ事をするだけ。暴力で言う事を聞かせれば良いのだ。
ーが、しかし。
「そこまでです。暴力禁止ですよー」
男が腕を振り降ろした瞬間、少女からそんな声がした。いや、違った。
正確には少女の声ではない。少女の声よりもさらに幼く、間延びしたような、とても落ち着いた声だった。そして、それを認識した直後。
"ブワァッ"とどこからともなく吹いた突風が男を正面から殴りつけ、吹き飛ばしていた。
△▼△▼
「中々良い国だったよね」
とは、我が御主人のティゼル様のセリフ。
相棒で精霊な私、リルは"そうでしたねー"とのんびり返します。
今現在私とティゼル様は国を出国し、次の国へ行く為に元の旅路へと戻っていました。国を出て
「えへへ、旅の資金増えちゃった」と嬉しげに。
肩に
とはいえ。
「その資金は国の方々からご厚意で頂いた物なんですから、私利私欲に使うのは許しません」
「えーリルのケチ」
「それ最近にも言われた気がしますね……」
「相棒なら、私のやる事くらい許容して欲しいなー」
「うわここで相棒を出してきますか、卑怯ですね」
「リルのケチ」
「せめてケチじゃなくて節約家と呼んで下さい」
2人でこんなふざけ合えるくらいには仲も良いのです。パートナーというものはお互いの信頼が無ければ成り立ちませんからね。あ、そうそう。信頼といえば。
「そういえば、リル。さっきはタイミング完璧だったね」
話の変わる空気を察したのか、ティゼル様は少しだけ笑ってそう言いました。私はあららと思います。私も話そうと思っていた事、先に言われちゃいました。
「ティゼル様に迫る危険は相棒である私が遠ざける!これは旅の鉄則ですっ」
「鉄則ではないけどね」
ティゼル様は私の返答に苦笑。そして、そのまま続けました。
「けど、びっくりしたよ。国を出る前にあんな騒ぎに出くわすなんてね」
「本当ですねー」
今しがた私とティゼル様が話している事は、つい数時間前、出国間際に起こったある騒ぎの事です。
私とティゼル様は国の方から話を聞いただけで実際の現場は目撃していませんでしたが新たに国へ入国したという商人らしき男性が小さな男の子へ暴力を振るったのだと。そして、出国間近だった私とティゼル様は運悪くそこに遭遇してしまったんですね。ティゼル様は混乱なさっていたので、私は言いました。"恐らく事件です" と。"詳しくは分かりませんが、あの男性止めた方が良いと思います" と。
そして、そうだねと頷いたティゼル様が男性に話し掛けたまでは良かったものの、男性は逆上し、ティゼル様に腕を振り上げやがりました。それを見た私は流石に我慢出来ず、ティゼル様の
「まさか、ティゼル様が魔法使いと勘違いされるとこまでは考えてませんでした……」
「リルも突発的だったもんね。仕方無いよ」
「でも、そのお陰で臨時収入ゲットしたんで、本当に頼むんで無駄使いしないで下さいね?」
「なるべく頑張るよ!」
「なるべくなんすね……」
御主人様の決意表明(適当、信用0)に嘆息する私。しかしここで、疑問が1つ浮かびました。私はそれをティゼル様に尋ねました。
「そういえば、ティゼル様。あの男性に最後何か言ってませんでした?直前の暴力なんて忘れたみたいに青ざめた顔で国を出ていってましたけど」
商人らしき男性は結局、正体不明の風に怯えてしまったようで尻もちを付いてお口を開けたり閉じたりを繰り返していました。中々見ていて
「う、うわあああ!」 男性は我に返り、青ざめて、ここまで来たのだろう馬車を慌てて走らせて国から出ていきました。気になっていたのです。一体、何を言ったんだろう? と。
「ああ、それね」
ティゼル様は笑いました。可笑しそうに。そして、言ったのです。中々、意地の悪い答えを。
「たった一言だよ。ー"この国の人達は私の味方ですよ"って」
私は思いました。確かにそれなら逃げる他ありませんよね と。御主人様のファインプレーと言っても過言ではないでしょう。
「感謝しないとね、あの国に」
「ティゼル様にも感謝する心あるんですねー」
「辛辣だー」
「こんな物言いを辞めて欲しいなら、節約しましょうね?」
「うん。嫌だ」
「即答……っ!」
「私は旅人だからね。自由が1番!」
「言い逃れされた気がしますけど気のせいですか?」
「さあねー?」
"タンッ" と。旅用ブーツを履いた脚が軽やかに道を進み始めました。私はそれに置いていかれないよう、ティゼル様と共に旅を続けます。
"荷物"の件、少しは感謝して下さいよとちょっとだけ毒づきながら。
『感謝する国』END
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