第13話 冒険者が青春するな
勝利の祝砲という事でファマにハイタッチを求める。
「……? あっ」
最初は戸惑ったファマだったが、気づいたようにタッチを交わしてくれた。
「こ、これ、やってみたかったやつ、です……」
「それなら良かった。次勝ったらまたやろう」
職員さん達が新しい机を用意し、次の試合が始まった。
「続きして、新人パーティー「アオイハル」と「ヒジリツ」のパーティーです。前へお願いします」
黒髪の青年と獣人族の男が身を出してきた。どう見たって獣人族の男が勝つだろう、そう思ってしまう程青年は至って普通の青年でしかなかった。
「この腕相撲って、魔法とか使うのありですよね?」
黒髪の青年がそういった。
「はい、相手への妨害とならないならば魔法の使用は禁止しておりません」
「よっしゃ。みんな頼む」
彼のパーティーらしき人間が3人やってきた。全員若い。男子二人に女子二人のパーティーだ。アオハルってやつです、か。これから彼らを合コンパーティーと呼ぶことにしよう。決して嫉妬などしてはいない。
「身体強化(ブースト)」
黒髪の少年がそう唱えるとパーティーメンバーと思わしき女性も唱え始めた。
「身体強化補助(ブースト・エイド)」
うむ。何が起こっているのかさっぱりわからん。
ただ、腕相撲に勝つために魔法を使ったのかな? それでもあんな非力そうな青年が獣人族に勝てると思えないが。
「それでは両者、肘をつけて腕を組んで下さい」
両者素直に腕を組んでにらみ合った。バチバチだ。
「開始ッ!」
職員さんの合図と共に、二人の腕の筋肉が一気に盛り上がり、停止する。つまり、均衡状態となった。
「どりゃあああああッ!」
叫びながら必死に押す青年。だが、どうやら相手の獣人族も同じ魔法を使っているようでジリジリと青年が押され始めた。
「へへっ。まだ若いねぇ」
獣人族は恐ろしく低い声で牙を見せながらそう言うと、徐々に青年の手の甲が机に落ち始めた。
「うわあああああああッ! プリム!」
「分かってるわよ! 風弾(ウィンドウ・バレット)!」
プリムと言われた女の子が唱えた直後、青年の腕が何かによって少し押され獣人族の腕が後退する。青年の手の甲には痣ができていた。おそらく魔法を手の甲に撃ち込んだんだろう。
そこまでして勝ちたいのかこの青年。
「もっとだぁ! 俺はどうなってもいいッ!」
ダメだろ。依頼の前に体壊すなよ。
止まらない魔法がどんどん青年を優位な状態に押していく。同時に手がボロボロになっていった。
獣人族の人も表情から余裕が消えている。
「おりゃあああああああああッ!」
青年の気合が大気を揺らし、空間に伝播し、俺達にまで響き始めた。
観衆は青年をいつの間にか応援し始めていた。
「いけぇ! 兄ちゃん!」「勝てやああああああッ!」「いけええぇぇぇぇッ!!」
「うりゃああああああああああッ!」
青年もそれに呼応するように力をこめる。だがもう開始して30秒。
青年の気力は果てしなくても、腕が限界を迎え始めた。
「おあああああああッ! マイン!」
限界に悶える青年。
それでも青年は対策を考えているらしい。もう一人の名前を呼んだ。
「任せろ! 電撃(ボルテージ)!」
杖のようなものから雷が生み出され青年に走った。
「うびびびびびびびびびびッ!!」
青年に浴びせられた電撃。これにより腕が疲労しても関係なく筋収縮が続く。
青年は電撃により体を大きく揺らし白目をむき始めた。完全に意識を手放しそうになっている。
それでもなお、腕を前に押すのを止めていない。もはや気力だけ。
完全にイカれてやがる! 青年を見て俺はゾクゾクしてしまった。
「うびびっ! シーフェル……!!」
意識を失う寸前のような声を出した青年は、最後の一人の名前を呼んだ。
「任せて下さい! 水弾(ウォーターバレット!)
ドッジボールくらいの水球が出現し、優位に傾いていた青年の手の甲に乗るよう撃ちだされた。
そして水球は青年の手を押し、獣人族の男の手の甲が机につく、それどころか勢い止まらずそのまま机をぶっ壊した。
「ッ! 勝者「アオイハル」ッ!!!」
「うぉおおおおおおおおおッ!!」
青年は立ち上がって叫びながらボロボロの腕を天に掲げた。それに呼応して観衆が大歓声を上げる。
なんか感動した。手に汗握らされた気分だった。
どれほどこの依頼をやりたいって言うんだ。それともこれが冒険者という奴なのか?
「す、凄い。凄い、です……!」
ファマも感動してるよ。
確かに凄いけど、これが正しい事なのかよく分からなくて俺の感情はぐちゃぐちゃだ。この依頼って大銅貨5枚だよな? あの手の治療は大銅貨5枚以上だよな?
「続いての試合は「アオイハル」とマサトさんパーティーです。前へお願いします」
3個目となる机は早急に用意された。
俺が前に出ようとしたらなぜかブーイングが起こった。どうやらこの会場は「アオイハル」のホームになってしまったようだ。
「マサトさん、あなたはさっき子供を参戦させた。このような行為はギルドとして見過ごせません。よって、マサトさんの出場を禁止致します」
「そ、そんな!」
俺という無敵のカードがまさかこのような形で消えるとは。
急いでファマの元へと戻る。
「ファマ、お願いできるか?」
「あ、は、はい。でも、私……」
「大丈夫。依頼はおまけみたいなものだろう? 気にしなくていいさ」
実際依頼というのは明確な依頼主がいて多少割り増しになるだけで、同じ納品物をもっていってもギルドは買い取ってくれる。ならばそれほど固執するべきではない。
「わ、分かりました……!」
新しく用意された机に、青年とファマが座る。ファマは腕相撲以上に、人と手を組むのに非常に緊張していそうだった。ものすごくおどおどしている。
「それでは両者、肘をつけて腕を組んで下さい」
「身体強化(ブースト)」
青年は先ほどと同じように唱え、右腕の肘をついて腕を出す。
ボロボロだった右腕も魔法か何かで血は止まり、だいぶ腫れも引いていた。
ファマは恐る恐る手を組んだ。どうやらファマは同じ魔法が使える訳ではないらしいが、使えたとしても勝てる相手ではないだろう。
半分諦めつつ、勝てる方法はないかなと考えている時だった。ポケットの中にティッシュを入れている事を思い出した。急いで取り出して、ティッシュをくるくるさせる。こうして先が尖がった槍のようなティッシュが完成した。これをファマの手の甲に投げるという訳では勿論なく、ゼリカの鼻の中にぶち込む。
ゼリカの鼻の中でティッシュを暴れさせて一瞬。ゼリカがくしゃみを催した。なので角度を調整する。くしゃみの方向を予測して狙いを定めた。
「開始ッ!」
「くしゅんっ!」
開始の合図と共にゼリカのくしゃみが炸裂。暴風と化したくしゃみは斜め下から二人を襲う。風圧で一気にファマを勝利に導こうと思ったが拡散して上手くは行かなかった。しかし、前髪で顔が見えなかったファマの髪がめくれて顔の全貌が見えた。
大きくて丸い目に小さな鼻と輪郭。綺麗というよりも可愛い部類の顔だった。ファマは素顔が見られた事に慌て、左手で前髪を元に戻した。
それを見た青年は呆然とし、そして顔が赤く染まる。あれほど勝利に固執していたというのに、気狂い並みの固執だったというのに、青年の手の甲が机に向かって自由落下を始めた。つまり、ファマの力をそのまま受け入れた。
そう。まるで恋に落ちた心のように。これがアオイハルですか、ってね。なんちゃって。
「勝者マサトさんパーティーッ!」
観衆から拍手が起きた。ファマは恥ずかしそうにこちらへと戻ってくる。
「や、やりました」
俺は手を掲げると、ファマは戸惑うことなくハイタッチを交わしてくれた。
「凄いよファマ——
「あ、あの! 俺ルークって言います!」
おいおい、俺が喋ってる途中だろう? そりゃあ頂けねぇぜ。
「ファマさん。良かったら俺のパーティーに入りませんか?」
「へっ? い、いえ……マサトさんが、いますので……」
「っ! その男の事が好きなんですか?!」
「……え? あ、マ、マサトさんは、パーティーメンバー、です……」
「そんな……そんな子供を脚に抱き着かせてるロリコンのどこがいいんですか!」
あれ? 俺こいつに嫌われるようなことしたっけ?
「や、辞めて、ください。マサトさんは、良い人、です……」
「くっ! こんな平々凡々としたロリコン野郎に負けるなんてッ!」
こいつぶっ飛ばしていい?
今の俺は虎の威を借る狐どころか、魔王の威を借るカエルだぜ? この場合大事なのは右側じゃなくて左側の名詞の強さだぜ?
君なんてちょちょいのちょいよ? ゼリカが。
「まあまあ。落ち着きたまえよルークくん。新人同士仲良くやっていこうじゃないか」
とはいえ年下の、おそらくファマと同い年くらいの子にキレる訳も行かない。それに味方は増やしていった方が良い。ギルドは依頼の争奪戦で同じレベルの相手を知るという機会を作っているのかもしれないな、と思った。
「うるせぇロリコン野郎!」
後ろを向いてケツを突き出し、おしりぺんぺんして帰っていった。
もう一回やってくれれば、そのケツにゼリカの角を突き刺したというのに惜しい所だ。
「ひ、ひどい人、ですね……マサトさんは、優しくて、良い人、ですよ……!」
ファマは身振り手振りを使って、一生懸命伝えようとしてくれた。
「ありがとう。でも大丈夫、気にしてないよ」
嘘、結構効いた。
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