幽世 (かくりよ)の村の禁忌のルール
黒羽ユイ
プロローグ 12-A
―東京都内、あるワンルームアパート
シャワーを終えたばかりの私は、冷蔵庫からレモンサワーを取り出し、お気に入りのYouTubeチャンネル「VOID WALKERS」を再生する準備を整えていた。時刻は19時58分。ギリギリ間に合った――。
今夜20時から配信されるライブは、どうしてもリアルタイムで観たかった。普段はアーカイブで済ませることが多いが、今日は違う。
かねてより「VOID WALKERS」が追ってきた企画、“謎に満ちた消えた村”。その調査編はこれまで何度もアップされていたが、ついに村の場所が特定されたという。しかも、今夜の配信では、視聴者と共にその村をリアルタイムで探索するというのだ。
コメント欄では「20時って怪談チャンネルかよ」「都市伝説系なのにホラー始めたの?」と散々な言われようだったが、すでに待機人数は異常な数字を記録していた。
皆、怖がりながらも、こういうのが結局大好きなのだ。
そして、時計が20時ちょうどを指した――。
―同時刻 某県山中・旧〇〇村付近
「……くそ、やっぱやめときゃよかった……」
ライブ直前、飯村信二の全身は冷えきり、強張っていた。もう一人の相方、佐伯智也も同様に顔面蒼白で、カメラを持つ手が小刻みに震えている。
二人がこんな状態に陥っているのには、理由があった。
さかのぼること二週間前。彼らはある情報提供者から、消えた村の**“入り口”**について知らされた。
曰く――
《その村へ入るには、奇数月の奇数日、午後8時8分に、“橋”を渡る必要がある。》
《人の形に切り抜いた木片に「人無(ひとなく)や、亡き者無」と書き、自身の血痕を滲ませ、それを口にくわえながら橋を渡るのだ。》
《村に入った後は、話すのは構わないが、“何か”に出会ったら絶対に返事をしてはいけない。名を呼ばれても、決して答えてはならない。》
《そして――名前を知られてはならない。》
あまりにオカルトめいた話だったが、彼らは試すことにした。配信前に“予行演習”として、先週の奇数日に一度、その村へ入ったのだ。
夜の山道を進み、噂の橋を見つけた三人は、例の儀式を実行しながら渡った。橋の先には、確かにあった――さびれた村の姿が。
月明かりが差し込む中、壊れかけた家々の影が伸び、静寂が支配する村の中に――それは、いた。
空中に浮かぶようにして、触手のような無数の赤い“腕”を蠢かせる異形の何か。
その全体像は肉塊のようでもあり、液体を垂らしながらゆらゆらと揺れていた。生理的嫌悪を刺激するその姿に、信二は喉の奥が熱くなりかけるのを必死に抑えた。
右に立つ佐竹は目を見開いたまま硬直し、左にいた佐伯は両手で口を覆いながら後ずさっていた。
「撤退だ」
信二は視線と身振りで合図を送り、なんとか二人を促してその場を離れようとした。
そのとき――
黒い影が、木の陰からぬるりと姿を現した。
それを見た瞬間、佐伯は腰を抜かし、信二も後ずさった。
逃げなければ――。這うように地を這って離れようとしたその時、佐竹が一人、反射的に駆け出した。
「佐竹っ!」
佐伯が叫んだ、その一瞬後だった。
黒い影が、まるで音を立てずに消え、そして――佐竹の姿もまた、霧のように消えた。
信二と佐伯は震える足を引きずりながら、橋を渡って逃げ戻った。橋の袂には、佐竹の持っていた木片が真っ二つに割れて落ちていた。
その夜、二人は車の中で夜を明かした。
朝になってから再び村を探しに戻ったが、そこにあったのは、ただの森――あの村はどこにも存在しなかった。
今夜、20時08分。
ルール通りの手順で、彼らは再び“あの村”に挑もうとしている。
視聴者の前で。
全国にライブ配信される、その映像の向こうで――
何かが、待っている。
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