スリープクリーク

S.HAYA

プロローグ 『黒い星が落ちた日』

 空が、落ちた。

 夜の真ん中で、音もなく。

 誰も叫ばなかったし、誰もそれを見ていなかった。

 けれど、町の空気は、その瞬間から変わった。


 ウィドウズ・ヒルの向こうに、黒い火のようなものが落ちてきた。

 草木が焼けたわけじゃない。建物が崩れたわけでもない。

 けれど、何かが“触れた”感覚が、町のどこかに染みついた。


 その夜から、風の音が変わった。

 時計の針が、一瞬だけ止まるようになった。

 誰もいないはずの部屋で、ふいに床が鳴った。

 夢の中で、知らない名前を呼ばれる子供が増えた。


 町は黙っていた。

 大人たちはいつも通りだった。朝は来るし、牛乳は届くし、スクールバスは走っていた。


 でも、子供たちは気づいていた。

 ——何かが、町の奥で目を覚ましかけている。


 最初は夢だけだった。

 見知らぬ場所。重たく湿った空。名前のない生き物たち。

 やがてそれが、絵に現れ、声に混じり、目に映るようになった。


 まだ誰も死んでいない。叫び声も、悲鳴も、ない。


 ただ、確かに“何か”がはじまっていた。

 それは静かで、遅くて、でも止まらない。

 名前のないものが、ゆっくりと町の形を変えはじめる。


 その夜を、誰も覚えていない。

 でも、あの瞬間からウィロークリークは、夢を見る町になった。

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