仲里鈴音は死んでない

 ある平日の夕方、家のインターホンが鳴った。


「はい、どちらさまですか?」


 お母さんが出て、私も後ろから様子を伺う。

 また、お母さんのお友達かと思ったけど、明らかに雰囲気が違った。

 なんだか、空気が重苦しい。


「突然、失礼します、私、こういった者ですが」


 カメラに映る警察手帳。

 警察官の制服。

 すぐにお姉ちゃんのことだと分かった。


 あれから何ヶ月も経ってるけど、きっと新しい情報が入ったんだ。


「いま行きます」


 お母さんが玄関に向かう。

 私は怖くて、リビングに残った。

 でも、扉は開いてて、話は聞こえる。


「失礼します」


 玄関の扉が開く音の次におまわりさんの声が聞こえてきた。

 しんと静まった空間に声だけが響く。


「娘さんのことなんですが、自殺ではありませんでした」


 ずしんと心に来る言葉だった。


「え……」


 思わず、自分の口から声が漏れる。

 お姉ちゃんが自殺じゃなかったって?


「小学一年生の子で、一人で土手で遊んでいて、川に転げ落ちてしまったそうなんです。それで溺れていたところを娘さんが助けてくれたと」


 ドクンドクンと私の胸が鳴る。

 おまわりさんは続けた。


「その子とお母さんが、謝罪とお礼をしたいと。――よろしいですか?」

「……はい」


 私のお母さんは断ることも出来たのに、おまわりさんの言葉を受け入れた。


 その会話を聞いて、私はこっそりリビングから顔を覗かせた。

 若いお母さんとまだまだ小さい男の子が玄関に立っていた。

 向こうは私に気付いていない。


「息子を救ってくださってありがとうございました……。怖くて言えなかったそうなんです。申し訳ありませんでした。大事な娘さんを……」

「いえ……」


 深々と頭を下げる相手のお母さん。

 私のお母さんはどんな顔をしてるだろう。

 見えない。


 でも、小さい子を救ったなんて、もう誰も何も言えないじゃん。

 文句なんて言えない。

 だって、お姉ちゃんはいいことをしたんだもん。

 自分の命と引き換えに小さい子の命を救った。

 あの子だって、何も悪いことはしてない。

 事故だもの。

 そう思うしかなかった。


 お姉ちゃんは自殺じゃなかった。

 それだけでよかった、って思うしかないじゃん。


「それでは、これで……」


 終わりを告げるおまわりさんの声。


「あ、助けてくれたお姉ちゃんだ。ありがとう、お姉ちゃん」


 気が付くと、男の子が私に手を振っていた。


 男の子は分かっていないみたいだった。

 分かるはずない。私たちはよく似てるから。


 でも、私じゃない。私じゃないの。

 

 そう思いながら、私は静かに手を振り替えした。

 お姉ちゃんの代わりに。


  ◆ ◆ ◆


 どうしてもお姉ちゃんのことを伝えたい人がいた。

 私と苦しみを分け合った人。


 部屋に戻って、私はお姉ちゃんの机の上にあったスマホを手に取った。


 お母さんとお父さんは未だにお姉ちゃんのスマホを解約できずにいる。

これはお姉ちゃんが川に飛び込んだとき鞄に入ってたから奇跡的に水没を免れていた。

充電も絶え間なくされている。

 つまり、まだ生きているのだ。


 急いでロックを解除して電話帳から名前を探す。


「見つけた」


 番号をタップして、スマホを耳にあてる。

 数回コールが続いて、それが聞こえなくなった。

 向こう側で応答ボタンをタップしたのだ。


『……仲里?』


 戸惑う声が聞こえる。

 電話に出た彼はきっと驚いたことだろう。

 もうかかってくることのない人間から電話が来たのだから。


「中川くん?」


 落ち着いて呼びかける。

 気を抜いたら、声が震えそうだ。


『もしかして、Aちゃん?』


 まだ戸惑ってる声が聞こえる。

 でも、私だって分かってくれた。


「そう……、聞いて、あのね……」


 ダメだ、唇が震える。

 私は耐えるようにぎゅっと右手の拳を握った。


「あの……、お姉ちゃん、自殺じゃなかったよ……」

『え?』


 中川くん、私と同じ反応してる。

 そうなるよね。だって


「自殺してなかった……っ」


 信じたかったんだもの。

 お姉ちゃんは自殺なんかしないって。


 涙をぐっと我慢して、ちゃんと説明しなきゃと思う。


「小さい子……、っ溺れてて……、それを……」

『助けたのか……』

「……そ、う……たすけたの……」


 馬鹿みたいって言えればよかったのに。 

お姉ちゃん、ヒーローだった。やっぱりすごかった。


『仲里は、すごいな……。誰にでも出来ることじゃない』

「うん……」


 中川くんにそう言ってもらえて、私はちょっと救われた。

 そうだよね、って心から思えるから。


「……っ」


 涙が止まらなくて、何も話せなくて、このまま電話を繋げたままにしていていいのかな、と思ったときだった。


『なあ、Aちゃん、タイムカプセル埋めたの覚えてる?』


 中川くんが優しい声でそう言った。

 いま、電話の向こうで中川くんはどんな顔をしてるんだろう。


「……タイムカプセル?」


 なんだっけ? とぼそりとつぶやく。


『仲里が前に話してたのを思い出したんだよ、Aちゃんと埋めたってうれしそうに話してた。いつ気付くかなって』


 いつ気付くかな?


「それ……!」


 私はハッとなった。

 思い出したんだ、お姉ちゃんとの思い出を。


「中川くん、いまからうち来れる?」


 涙を拭って、電話の向こう側に問いかける。

 泣いてる場合じゃない。


『いまから? 俺、家知らないんだけど』


 中川くんが戸惑っているのが分かる。

 それでも、もう止まれない。


「住所教えるから、来て」


 ◆ ◆ ◆


 電話を切ってから、十五分ほどして中川くんが自転車でやって来た。

 制服のままで、かなり急いで来てくれたみたいだ。


「お邪魔します」

「あ……」


 玄関に入ってきた中川くんを見て、お母さんは少し驚いた顔をした。

 お母さんは見かけたことがあるかもしれないけど、ちゃんと説明したことはなかったから。たぶん、ただのチャラい誰かだと思ってるはず。


「えっと、中川くん、お姉ちゃんと私の友達で色々支えてもらったの」

「そう……」


 私が説明して、中川くんがぺこりと頭を下げるとお母さんの表情が柔らかくなった。

 見た目より良い子なんだってこと分かってくれたんだと思う。


「いらっしゃい」


 そう言って、お母さんは中川くんを迎え入れてくれた。


「中川くん、こっち来て」


 家の中を通って、庭に出る。

 中川くんも履いてた靴を手に持って、私のあとに続いた。

 隣でトントンと靴を履く音が聞こえる。


「んー、どこだったかな」


 本当に困った。頭を抱えて悩む。

 タイムカプセルなんて今のいままで忘れてたから、詳細な場所まで覚えてない。

 覚えてるのは庭に埋めたことと、『忘れた頃に掘り起こす』ってそんなこと覚えててどうすんのっていうお姉ちゃんの言葉だけ。


「もしかして、場所忘れたの?」


 隣に立った中川くんが、私を見る。


「中川くん、分かりそうにない?」

「見たことない俺が分かるわけないでしょ?」


 さすがに場所までは聞いてなかったみたいで、彼は私の問いに困ったような顔をした。

 頼りすぎはよくない。


「そうだよね。しらみつぶししかないかな」


 言いながら庭を見回す。

 うちの庭は意外と広い。大型犬が走り回れるくらいだ。

 その上、植木鉢とかも結構置かれてるから、この中から探し出すのは難易度が高い。

 

 どうして私、忘れてしまったんだろう……。


 どこから手をつければいいのか、と動けないでいると視界の端で中川くんが動いたのが分かった。


「中川くん?」

「手伝うよ、見つかるまで。勝手にそこにあったスコップ借りてるけどいいよな?」

「う、うん。ありがとう」


 いつの間にか園芸用のスコップを手に持っていて、容赦なく角から掘っていく中川くん。

 でも、そうしないと見つからない。


 私も予備のスコップで木の下を掘ってみる。

 どのくらいの深さまで掘ってたかも覚えてない。

 ザクザクと固めの土を掘って、何もなくて埋める、を繰り返した。


 でも、どこを掘り返してもタイムカプセルは出て来ない。

 端のほうは全部確認した。

 

 掘ってて何か当たるものがあると思ったら、木の根っこだったり、誰が埋めたのか割れたお皿の破片が出てきたり、全然私たちのタイムカプセルは見つからない。


 このまま出て来なかったら、どうしよう……。


 私がそう思った瞬間、ガキンッという金属と金属がぶつかり合う音がした。

 

「あった!」


 中川くんの声に振り向く。

 それは庭の中央にあった。


「あ……」


 土の中から現れたピンク色のクマのクッキー缶。

 その小さな缶を見て、私の中に記憶が戻ってくる。


 どうして、忘れてしまったのか。

 いま、その理由を理解した。

 それは私にとって嫌な記憶になってしまったからだと思う。


 この中には自分の夢について書いた手紙がある。

 でも、私はお姉ちゃんに勝てなくて小説を書くという夢を諦めた。

 だから、このタイムカプセルのことは忘れたかったんだ。

 そして、望み通り忘れ去った。


 手が震える。


 「Aちゃん、大丈夫?」


 私の様子に気が付いて、中川くんが尋ねてくる。


「うん、ありがとう。開けよう」


 ずっと立ち止まっていられない。

 時は私を置いていってくれない。

 先に進まなくちゃ。


 私は中川くんの手から缶を受け取って、少し錆びたそれをカコンと開けた。

 

 視界に入ってくるのは折り重なるように入っている二つの手紙。

 小さなお気に入りのメモ用紙をお手紙折りにして、缶にそれぞれ入れたんだ。


「これお姉ちゃんの」


 一番上にあった手紙を開いてみる。

 可愛い星柄のメモ用紙。


『十年後の私へ。Aちゃんと一緒に作家になっていますか? たくさん小説を書いていますか? 大きくなったら恋愛の話とかも書いてるのかな……。私の夢は作家になること』


 お姉ちゃん、こんなこと書いてる。まだ十年経ってないよ。

 恋愛の話を書いてるのは合ってる。


 小さいメモ用紙だから、文字数は少ない。

 でも、夢への想いは詰まってる。


「仲里らしいな」


 読み終えて、中川くんに渡すと彼はそう優しく笑った。

 私も悲しさを誤魔化すみたいにふっと微笑んだ。


 そのまま、もう一枚の手紙に手を伸ばす。

 開くと、ハートのイラストが現れた。当時は可愛いものが大好きだったんだよね。


 複雑な気持ちで過去の自分が書いた文章に視線を移す。


『何年後かの私へ。お姉ちゃんと一緒にいまも小説書いてますか? 得意なジャンルはなんですか? いまでも物語を書くことは好きですか? 嫌いになってないですか? 私は作家になりたいです。私の夢を叶えてください』


 ――嫌いになんてなれないよ。でも、夢も叶えられない。だって、私は……もう……。


 胸が苦しくなる。


「それも見せてくれんの?」


 チラッと視線を横に向けるとこちらを見ている中川くんと目が合った。

 視線が「それ」と言っている。


「え、あ……うん」


 どうしようか、と一度悩んで、私は中川くんに自分の手紙を手渡した。

 これは過去の私の気持ちだから。

 いまの私の気持ちじゃないから見られたって、別に……。


「本当に二人で作家を目指してたんだな」

「うん」


 手紙を読み終えた中川くんがまた私を真っ直ぐに見た。


「小説書くの嫌いになんてなってないよな?」

「……」


 尋ねられて黙ってしまう。


「諦めるのか?」


 一歩、真剣な瞳にぐいっと距離を詰められる。

 でも、答えなんて分かってるでしょ?


「だって、私はもう書けない」


 きっと、書けないんだ。自信もなくて、才能もない。お姉ちゃんもいない。もう物書きとしての私なんて……。


 缶を持った手に力をこめる。


「なあ、Aちゃん。缶の底、もう一枚残ってるけど」


 そう言われて、視線を缶に戻すとたしかにそこには真っ白な紙が一枚残っていた。

 缶の上で手紙を読んでいたから気が付かなかった。


 折り畳まれていないから、きっと裏返せば文字が見える。 

 でも、何が書いてあるのか、見るのが怖い。


「俺が先に読もうか?」


 緊張から動けなくなった私を見て、中川くんはそう言ってくれた。


「うん」


 恐る恐る、缶ごと彼に差し出す。

 何か悪いことが書いてあれば、読まずに封印しようと思った。

 でも、そんな考えもすぐにどこかにいく。


「なるほどね。“鈴香”は全部分かってたってわけか」

「え?」


 中川くんのその言葉に読まないという選択肢はなくなってしまった。

 彼の横から、紙を覗き込む。


『仲里鈴音は死んでない』


 たった一文、そう書いてあった。


「……っ」


 頭が文章の意味を理解した瞬間、止めどなく涙があふれ出した。


 鈴音は私の名前。


 お姉ちゃんが、私の知らない間に掘り起こして、これを入れてくれてたんだ。

 物書きとしての私が死んでないって、そう言ってくれようとしてたんだよね。

 

「仲里は言ってたよ。文章力は私のほうが上かもしれないけど、構成とキャラはAちゃんのほうがダントツ魅力がある、文章力なんていくらでも後からなんとかできるから、Aちゃんのほうがすごいんだ、って」


 中川くんの手が一度躊躇って、それからゆっくりと私の背中を優しくさする。

 泣いていいんだよ、と言ってくれてるみたいで


「お姉ちゃん……っ」


 ――そうだったんだね、お姉ちゃん……。


 私はずっと泣き続けた。


 ◆  ◆ ◆


 私の気持ちが落ち着いたのは夜になってからだった。

 お母さんが中川くんにタイムカプセルを掘らせただけじゃ悪いからって、うちの夕飯に誘ってくれたんだ。

 あんなに最初は警戒してたのに、中川くんの良さに気付いたみたい。

 なんだか、自分のことじゃないのに誇らしい。


「そういえば、小説読んだよ」


 お母さん特製の唐揚げを食べながら中川くんが突然言った。

 たぶん、ずっと話したくてウズウズしてたんだと思う。


「ちょ……」


 ちょっとここで? と思ったけど、もう遅い。


「小説って? Aちゃん、小説書いたの? もう嫌でやめたと思ってたのに」


 お母さんがびっくりした瞳で私を見た。

 だって、お母さんは私がずっと前に小説を書くのをやめたのを知ってるし、お姉ちゃんに勝てないって小説を諦めて勉強に逃げたことも知ってる。


「知らなかったですか? 仲里とAちゃんの合作、佳作獲ったんですよ」


 中川くんはまるで自分のことのように嬉しそうに私のお母さんに報告した。

 私より自慢げなの、なんでかな。


「そう、すごいね」


 お母さんは優しく笑って、それだけ言った。

 私がずっと苦しんでたこと、タイムカプセルを開けたところを見て、分かってくれたみたい。これも中川くんのおかげ。


「で、感想は?」


 ここまで話したら、感想は聞きたい。

 私はずいっと中川くんに聞いた。

 なんたって、とりあえずは私とお姉ちゃんの最高傑作なのだから。


「正直、Aちゃんが書き始めたときは期待してなかったけど、どんどん心理描写も誌みたいな文章もよくなってきて、感動して泣いた。あれは審査員の好みが合わなかっただけで、もっといい賞を獲れてても良かったと思う」


 中川くんが小説を思い出すようにじっくりと感想を言ってくれる。


「いやいや、言い過ぎだから」


 そう言ったけど、真っ直ぐな感想に悪い気はしない。

 あの作品にはもっとこうすればよかったと思うところはあった。

 でも、私とお姉ちゃんの個性が残った作品だから、あれはあれで良かったんだと思う。


「ははっ、嘘じゃないって。――あのさ、Aちゃん」


 爽やかに笑った中川くんが急に真剣な表情になってお箸を置いた。

 そして、続ける。


「俺、役者になるのあきらめようとしてたけど、やっぱり頑張ってみようと思う。自分に自信が持てなくて、人が評価するのも自分が評価するのも容姿ばっかりだって悩んでたけど、まだなにも挑戦してないし、試してみる価値はあるって思った。仲里とAちゃんがそう思わせてくれた。だから、ありがとう」


 優しい眼差しで真正面からお礼を言われて、心がぽっとあたたかくなる。

 中川くんも前に進み出したんだ。


「ううん、こちらこそ、ありがとう」


 たぶん、私もいま、中川くんと同じ眼差しを彼に向けている。

 救われたのは私も一緒なんだ。

 時が動き出した気がする。

 

「さ、今日はたくさん作ったから、どんどん食べて!」


 お母さんの明るい顔、久しぶりに見た。

 テーブルに乗ったお皿にはどんどん唐揚げと他のおかずが追加される。


「お母さん、作りすぎだよ」

「男の子がうちに来るなんて初めてだから、お母さん張り切っちゃった」


 張り切ったところも久しぶり。

 

「大丈夫です、俺、食えます」


 中川くんは余裕そうにグーサインを出した。


「ほんと? やっぱり男の子ってすごいわね!」

「無理だって、やめときなって!」


 私が止めるのもお構いなしで、お母さんは中川くんのお茶碗にまで唐揚げを盛ってる。

 あははっと一気にリビングが騒がしくなった。

 笑顔も久しぶりだった。


 ねえ、お姉ちゃん、見てる?


 ◆ ◆ ◆


 部屋の窓を通して入ってくる光がまぶしい。

 春がはじまった日、私はお姉ちゃんとリビングのテーブルで小さなメモ用紙を何枚もひろげた。


「Aちゃん、どの紙にする?」


 テーブルに無造作にひろげた紙を見て、お姉ちゃんは私に尋ねてきた。

 二人で集めたメモ用紙。

 クマ柄、有名なキャラクターの柄、花柄、たくさんある。


「えっとね、ハート柄」

「いいね、私は星柄」


 各々好きな小さなメモ用紙を取って、自分の前に並べる。

 使うのはお気に入りのキラキラした青色のペン。


「タイムカプセルに入れるってさ、どうやって書けばいいの?」


 書くことが分からなくて、トントンとペンの先でメモ用紙を叩く。


「うーん、そうだなぁ、好きなこと書けばいいんじゃない?」


 すでにメモ用紙に何かを書き始めたお姉ちゃんが私のほうを見ずに言う。


「もう、お姉ちゃん! それが分かんないんだって」

「じゃあ、将来の自分に尋ねたいこと書けば?」


 悩む私にお姉ちゃんは少し意地悪そうな顔を向けた。

 お姉ちゃんはいつもこうだ。

 優しいけど、いつもちょっと意地悪。

 悪戯が好きで、いつも私は騙される。


「まあ、そうするけど……」


 唇と尖らせて、私は自分のお気に入りのメモ用紙に向き直った。

 はじまりは『何年後かの私へ』。

 そこまで書いて、お姉ちゃんの内容が気になって、隣を覗く。


「ダメだよ、まだ見せないからね」

「えー」


 さっと手で隠されてなにも見えなかった。

 最初の文字でさえ。


「Aちゃんも私に見せちゃダメだよ?」


 ニコッと笑って、お姉ちゃんが続きを書き始める。

 見せる気はやっぱりないらしかった。

 仕方ないなと思って、私も続きを書き始める。


「この真実を私たちが知るのはまだまだ先のこと」


 隣からお姉ちゃんの声がする。

 それはまるで一つの小説の節のような言葉だった。

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