デートDay3 ごめんね、死神が探してる
「うん、よくなった。こう文章に繊細な感じが出てて、やっぱりAちゃん、物書きとしての才能あるんだな。続きが気になる」
夏休みを目前にしたある日の放課後、お姉ちゃんと私の書きかけの小説を読んだ颯馬くんが図書館の隅で言った。そう言ってもらえて嬉しくなる。でも、それだけじゃない。
「あとはフラれるところだけ」
言いたくなかったけど、本当にそこまで来たのだ。
残されたのはクライマックスだけ。
終わってしまうのだ。
その意味を考えるだけで怖い。
「帰ろうか」
颯馬くんは私の考えていることをくみ取ったのか、そう言った。
今日、このまま一緒にいたら、私がフラれることばかり考えると思ったんだと思う。
その通りだ。
「明日、デートね」
言葉の響きが、まるで遠くから聞こえてくるみたいだった。
「分かってる」
いつもの駅前で別れて、考えてしまう。
その時は、明日なのだろうか、と。
明日の私はどうするんだろう。
◆ ◆ ◆
次の日、私と颯馬くんは地元の駅から三つ隣の駅で待ち合わせをした。
これには理由があって、颯馬くんが貸してくれた『君だけが許してくれた僕』が映画化されたから、映画館に見に行こうということになったのだ。
「映像化されたら、どんな感じになってるんだろうな」
駅を出て、隣を歩く颯馬くんはいつもと変わらない。
同い年くらいの女の子たちにきゃーきゃー言われて、何度も振り返られて、目立ってた。
だからかもしれない。
「君、かっこいいね。芸能界とか興味ない?」
映画館はもう目前だというのに、颯馬くんが芸能事務所のスカウトに捕まった。
颯馬くんは断っていたけれど、名刺を渡されて、スカウトマンから離れたあとも暫くそれを見ていた。
「やってみたら?」
興味があるのだと思って、私は彼にそう言った。
颯馬くんだったら、きっと人気になれる。
私の言葉に颯馬くんは名刺を見下ろしたまま、ふっと鼻で笑った。
「いずれ消えるのに?」
颯馬くんは、消えるという言葉を躊躇わなくなってきた。
私に慣れさせようとしているんだと思う。
人間は慣れる。
慣れたくないのに。
「まあ、考えてみるよ」
私が何も言えなくなると、颯馬くんはそう言って名刺を無造作にシャツの胸ポケットに入れた。ぐしゃりという音が聞こえた気がした。
「映画はじまる。行こう」
急ぐように手を繋がれてドキリとする。
その手を離したくないという気持ちと、どうしてもこの瞬間をずっと引き伸ばしていたいという想いが、私を引き裂こうとしていた。
今日、私はフラれるのかもしれない。
◆ ◆ ◆
「Aちゃん、泣いてるの?」
映画を見終わって場内が明るくなったとき、颯馬くんが私にそう言った。
私は驚いたように顔を上げ、慌てて涙を拭ったけれど、隠せるわけもなかった。
現在進行形で涙が止まらない。
本を読んだときは人の感情なんて全然分からなかった。
ただ文字を目で追うだけだった。
でも、いまなら小説に出てくる登場人物の感情が分かる。
主人公の葛藤とか、恋心とか、怖さ、その他全部に私はただただ涙した。
「ごめん、行こ」
ハンカチで涙を拭きながら、私は椅子から立ち上がった。
あの小説を映像として見られたのは、とてもよかったと思う。
“消える側”の颯馬くんは、映画を見てどう思ったんだろう……。
そう思って、颯馬くんのほうを見ると、彼の目が少しだけ赤くなっている気がした。
――もしかして、泣いてた?
「Aちゃん、お昼何食べる?」
普通の顔して、颯馬くんが優しく笑う。
泣いてたの? なんて聞けなかった。
「オムライスかな」
なんとも思ってない感じで、私はハンカチをバッグに仕舞いながら言った。
いまの私はメイク崩れを気にしていればいいんだ。
深いことを考えたら、自分が苦しくなるだけ。
そう思っていたのに、嫌でも考えさせられることが起こった。
「こっち来て」
映画館から外に出ようとしたら、急に顔色を変えた颯馬くんが私の手を引っ張った。
そのままチケット売り場横にある柱の後ろに隠れる。
「どうしたの?」
私には何が起こっているのか全く分からなかった。
怖くなって小声で問いかける。
「死神が私のこと探してる」
颯馬くんのその表情は冗談を言っているようなものではなかった。
本当におびえている顔。
ちらっと柱の向こうを覗いて見ても、人間じゃないモノは見えなかった。
私には見えない何かにお姉ちゃんがおびえている。
「お姉ちゃん……」
急に怖くなってしまった。
私は柱に隠れたまま颯馬くんにすがりついた。
「このままだと未練を残して消えることになる。Aちゃん、小説を完成させて」
颯馬くんにそう言われて、ついにこの時が来てしまったのだと思う。
私の中で冷たい何かが広がっていった。
「でも、完成して、賞を獲ったら、お姉ちゃんは消えちゃうんでしょう? だったら、完成させたくないよ……」
フラれたくないよ、離れたくない。
「行かないでよ、消えないでよ……っ」
涙が止まらない。
「ごめんね、つらい思いさせて。でも、死神が私を探してる。もう消えるまで時間がないの。私のために完成させて、お願い、Aちゃん」
それは切実な願いの声だった。
日々、颯馬くんへの好きの気持ちが募っていく。
でも、この恋心を悟られてしまったらフラれてしまう。
「私、颯馬くんのこと好きじゃない」
涙を拭って、私は颯馬くんを見つめた。
「好きになって」
彼の儚い笑みに、また泣きそうになる。
小説を書ききって賞を獲る。これがお姉ちゃんのやり残したことで、無念に思って成仏できない理由であるのなら……私は成し遂げなければらない。
たとえ、二人が消えてしまうとしても、私は逃げてはならないんだ。
この夏が颯馬くんと過ごす最後になるかもしれない。
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